第12話 陰謀③
大聖堂の正門から二百メートルくらいの場所に五十名の兵士がいた。その中心にある馬車の中にルジアン・ベッドーの姿がある。87という高齢になり、足下はおぼつかず、馬車に座ったままであるが、その眼光には鋭さが残っている。
「マリヤムらからの返事はありません。失敗したと見て良さそうです」
副官の言葉に、ベッドーは「フン」と鼻を鳴らした。
「まあ良い。シェラビーとミーシャが大聖堂に集まることを告げてくれただけでもめっけものよ。抜け道の方は塞いであるか?」
「そちらは万全です。出口付近に油を撒いておりますので、出てきたら火をかけるように指示してあります」
「良かろう。正面は?」
「門のそばに800人の兵士を並べています。大聖堂内には100人前後の衛兵がいるでしょうが、これだけ差があれば十分でしょう」
「フッ、おまえは知らないだろうが、わしも若い時には異端討伐を何度も任された。五倍、六倍の相手に見事に立ち回ったものよ。シェラビーやらレファール如き、同数でも引けを取るものでもないわ」
「左様でございましたか」
副官の追従の言葉にベッドーは会心の笑みを浮かべる。
ルジアン・ベッドーが明確にミーシャやシェラビーに対する殺意を抱くようになったのはほぼ一年前、レファール・セグメントの枢機卿就任である。
「ナイヴァルの枢機卿は、ユマド神を信仰する全ての者の最終目標。それをユマド神の信仰もしっかり理解していないような外国人に渡してしまうとは」
長生きしているだけに、過去に一度もない事態に驚愕し、以降、ミーシャやシェラビーも含めてやることなすことに不満を募らせていくようになったのである。
とはいえ、長い期間を枢機卿として過ごしていたために勘のようなものは優れていた。アヒンジとミャグーの決起の時、動かなかったのは「こいつらと行動しても勝てない」という直感に従ったためだ。
幸いにして、直接的な行動を避けたことによって二人と比較すると警戒はやや緩んだ。その間に自分の手の者をバシアンに潜ませることに成功したのである。更に二人の自滅は結果的にシェラビーとミーシャが無防備なまま面会をするという、願ってもない機会を与えてくれることともなった。
大聖堂の包囲は順調に進んでいる。
「火の準備も進んでいますが、大丈夫ですかね?」
副官が不安そうな顔をする。
総主教に対して弓を引くというのも、普通の兵士にとってはかなりの心理的負担であるが、今回、ベッドーは大聖堂の放火まで考えている。バシアンの、いや、ナイヴァルのユマド神信仰の象徴ともいうべき大聖堂への放火は、発覚すれば一大事である。
もっとも、その点についてはベッドーにはぬかりはない。
「大丈夫だ。あの二人の責任にしてしまえばいいわけだからな」
アヒンジとミャグー、自分に好機を与えてくれたことには感謝しているが、さりとて、そのまま生かしておいては自分のライバルとなりかねない存在である。いや、年齢的な差もある。すぐに自分を追い落としにかかるであろう。
だから、救出した後に、大聖堂焼失の責任を押し付けて処刑するつもりでいた。
「女の総主教やら、拝金主義の枢機卿やら、外国の枢機卿の染みついた大聖堂など、焼失させて、わしの手で新たに再建させなければならないのだ」
ベッドーは大聖堂を見上げていた。その視線の先に、四角い大きな帽子がある。
「シェラビーめ。わしらが包囲していることも知らずにのんびり遊んでいるようじゃの。妻が死んで15の娘に入れあげるとはほとほと呆れ果てた話よ」
ベッドーは呪いに満ちた視線を帽子に送る。
もちろん、それで帽子が、さらに言えばシェラビーが砕け散るようなことはないのであるが。
三十分ほどしたが、大聖堂の中には動きがない。
「マリヤムが入ってかなりの時間が経つ。失敗したとしても、逆にマリヤムから聞きつけて中で逃げる動きをしていても不思議はないはずだが……」
ベッドーは首を傾げた。
「マリヤムの尋問に手間取っているとか?」
「捕まったら即座に話すように指示してある。両親を人質にしているゆえ、逆らうことはあるまい」
「左様でございますか。とすると、逃げ道を考えているのでしょう。早めに放火してしまってはどうでしょうか?」
「ダメだ。火を放つと混乱で二人を見失う可能性がある。アヒンジやミャグーは逃がしても構わんが、ミーシャとシェラビーはここで確実に仕留めなければならない」
サンウマにはシェラビーの兵力が手つかずで残っている。シェラビーを逃して、サンウマの兵力を敵に回すのは避けなければならない。また、ミーシャにしても各地で人気があるため、バシアンの外に逃げると匿われる危険性があった。最悪なのはコルネーにいるレファール・セグメントと合流することである。
「……よし、門の前まで兵士を詰めさせろ。15分して動きがなければ一斉に突入だ。女だろうと子供だろうと切り捨てていけ」
「分かりました。枢機卿……いえ、総主教様は?」
副官の言葉にベッドーはニヤリと笑った。
「まだ少し早いな。だが、いい響きだ。わしは少し休憩する。さすがに以前と比べると少し疲れやすくなったようだ」
「承知いたしました。15分後、起こしにまいります」
副官はそういうと、馬車の扉を閉めた。
一人になった中で、ベッドーは今後のことを考える。
(まず、セグメント枢機卿は異端宣告のうえで解任し、そのうえでソセロンのタスマッファに対して協調路線をとるようにしなければならないな。イスフィート・マウレティーが口出しをしてくると面倒だが、孫娘でも嫁がせて姻戚関係を結ぶとしようか……)
そう考えているうちに、意識が薄れてきた。
体感としては数分くらいか。
扉がドンドンと叩かれた。
「おっ、もう15分経ったのか?」
ベッドーは目を覚ますが、扉が再度ドンドンと叩かれる。
「そんなに叩かんでも起きておるわい」
不愉快気に扉を開き、苦言を呈するように言う。
その瞬間、ふっと暗くなった。副官が陽の光を遮ったらしい。扉のことといい、気の利かない行動である、と思った途端、声をかけられる。
「迎えに来たぜ。ベッドー枢機卿」
聞き覚えの無い声であった。
ベッドーはハッと見上げる。
長身の騎乗した男がにこやかな顔をしていた。その頭にフェルトの帽子が被っているが、ナイヴァルにフェルト製の帽子をかぶる男はいない。
「誰だ? タンシはどうした?」
男は「あん?」と気の抜けた声をあげた。
「タンシっていうのは、下で転がっている男のことか?」
長身の男の言葉に、ベッドーはギョッとなって、下を向いた。
男の言う通り、副官が泡を吹きながら地面に転がっていた。
「お、おまえは……まさか? 総主教の?」
ここに至ってようやくベッドーは、目の前の男が敵であることに気づく。
男はニッと口の端を釣り上げ、馬の鞍につけていた長剣を抜いた。
「おう。冥土の土産に覚えておけ。レビェーデ・ジェーナスという名前を、な」
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