第20話 ミーシャとレミリア③

 王の部屋に入った時、コルネー国王クンファ・コルネートは、剣を眺めていた。


 それを見て、コルネー国王に代々伝わるドゥカープと呼ばれる剣があったことを思い出す。柄のところに金の装飾が巧みに施され、三枚の盾を易々と切り裂くらしい名剣という話を。


(とはいっても、アダワル国王も持っていた剣だからなぁ。切れるけれど、呪いの剣とも言えるのかも)


「どうかしたのか?」


 側近達が三人ぞろぞろと入ってきて、おまけにレファールもくっついているのであるから、クンファがいかに鈍くても何かしら重大事があることは理解できるだろう。渋い表情で尋ねてくる。


「ハハッ、あの女が、縁談を進めた方が良いと申されまして」


 タルハン・ミュラゴの切り出し方に、レファールは思わず前につんのめりそうになった。


(情けない側近だなぁ……)


 考えなどあったものでもないらしい。レミリアが言うから、そのまま持ってきましたと言わんばかりで、苦笑するしかない。


「縁談だと?」


「はい。ナイヴァルで政変が起きまして、ミーシャ・サーディヤが亡命を求めているとか。この機にミーシャを王妃として迎えるのが良いのではないかということです」


 クンファはこれ以上ないほど不機嫌な顔になる。


「何故だ? 逃げてきたから結婚など、意味が分からない」


「いえ、意味はございます」


 そこから、先程レミリアが話していた内容を説明した。説明のよどみなさを聞いている限り、中身を理解してはいるらしい。


(単に責任を取りたくないだけか。国王の側近がこんなのだと、ミーシャも苦労するだろうなぁ)


 一方、クンファは話の要点でつかめていないようで、イライラしはじめる。


「メリスフェール・ファーロットとの話はどうなるのだ?」


「いえ、まあ、それは……」


 側近達が困惑した顔でお互い見合わせる。


 これでは話が永遠に進まない、レファールは仕方なく自ら説明することにした。


「メリスフェール・ファーロットは元々総主教ミーシャの妹という点に価値がありました。しかし、総主教が退位したことにより、彼女の立場はナイヴァル再興の実力者シェラビーの養女という立場に変わっています。彼女との結婚を強要した場合、コルネー国王がナイヴァルの最高権力者と姉弟関係を結ぶはずが、親子関係に変わることになってしまいます。これすなわち……」


 レファールはこれが一番効くだろうと考えた言葉を繰り出す。


「そうした結婚をするようであれば、コルネーの威信が低下し、前王アダワルの方が良かったのではないかという声が出てくる可能性がございます」


「うっ。前王だと……」


 クンファの表情が変わった。


 レファールも国王の内情を多少は知っている。前王アダワルがクンファの存在に焦ってワー・シプラスに出て戦死したことがあるように、クンファも前王アダワルのことを多少は意識しているはずだ。その予想はまんまと的中した。


「……お前達はどう思う?」


 それでもメリスフェールに対する未練か、レファールの意見について側近たちに尋ねたが、さすがに前王との比較を持ち出されては側近たちも「ミーシャ・サーディヤを選ぶ方が賢明でございます」という回答になる。


 これでクンファは観念したようで、「分かった」と認めることになった。



 クンファが観念したので、残りはミーシャのみとなる。


 レファールはまたしても毎日コレアルの港に出て、ミーシャとレビェーデの到着を待つ。付いてきているサラーヴィーが後頭部で両手を組みながら、半ば感心するように、半ば呆れるような顔をしている。


「いや~、しかし、一年ちょっとで事態がこんなに変わるとはなぁ。一年前、おまえは何をしていたんだっけ?」


「イルーゼン北部でフォクゼーレやアレウト族と話をしていたな。遥か昔のことに感じるが」


「フォクゼーレか。あいつらは今、どうなっているんだろうな?」


「レミリア王女が言うには、軍が一気に強くなっているらしい。ただ、その分、今までの政治家が弾圧されているとかで、こちらも内乱が起きるかもしれないということだ」


「フェルディスもゴタゴタしているしな。ひょっとして、一番安定しているのは俺達シェローナとソセロンってことになるのか? まあ、まだ物資も少ないし、争うものがないと言えるのかもしれないが。お、船が来た」


 サラーヴィーが目を凝らす。確かに水平線の彼方から船が見えてきた。ウニレイバからの船は潮流を受けるため、みるみるうちに大きくなる。


「お、先頭に無駄に突っ立っているのはレビェーデの奴だな。ということは、ミーシャもいるはずだ」


 サラーヴィーの言う通り、しばらくすると甲板にレビェーデとミーシャの姿が見える。


 と、同時にどう説明したものかということで頭が重くなってくるのを感じた。



「……」


 二時間後、コレアルの食堂でレファールが状況を説明した。


 当然というべきか、ミーシャもレビェーデも目を丸くしている。ややあって、ミーシャが溜息をついた。


「……まあ、確かに総主教じゃなくなったら、そういうことになるわよね。で、どこまで進んでいるわけ?」


「実はクンファ陛下をはじめ、コルネー王宮では完全に承認ということになっています」


「はぁ~」


 ミーシャが、再度大きな溜息をついた。


「メリスフェールをコレアルに誘って『行かない』って言われた時に思ったのよ。あ、これは、この子、もうコルネー王妃になることはないんじゃないかって。でも、まさか代わりにあたしがそうなる展開は予想しなかったわねぇ」


「不満ですか?」


「不満も何も、今のあたしは各地を放浪する羽目になっても仕方ないわけだし、そういう話があるだけで有難いと思わないといけないわよね」


 ミーシャはそう言って、自分の服を眺めた。総主教として着続けてきたものではないが、ナイヴァルの宗教儀式にも出られるような姿である。


「この手の服とも、もうお別れというわけね」



 翌日、レファール達はミーシャを連れて王宮に出頭した。


 既に話は決まっているので、ただ確認するだけで話が進んでいく。


 その中で明らかな変化があるのはクンファの態度であった。渋々了承していたというイメージがあったが、いざミーシャが来ると上機嫌に話をしている。ミーシャが諦観めいた顔をしているのとは対照的であった。


「実は総主教が好みだったとか……?」


 首を傾げるレファールに、レミリアが近づいてきた。


「陛下に、『結婚された以上、王妃様からご指導賜るべきで、私は今後教導役を辞退いたします』と申し上げましたので」


「それで上機嫌なわけですか」


 レミリアの苦言を聞かずに済むという動機には苦笑するしかない。しかし、クンファがミーシャを歓迎しているということ自体は有難いことだと思った。


「現実的にナイヴァルの統治をしていたミーシャ様と、理論で話す私とでは差もあります。クンファ陛下も今はまだ若いということで免除されていますが、今後本格的に統治に乗り出すことになるでしょうし、その際にはミーシャ様がついていた方がよろしいのではないかと思います」


「なるほど。とすると、レミリア王女は今後どうされるのですか?」


 教導役を降りるということは、今後はフェザートの側近として過ごすのであろうか。


「いいえ、私もまだまだ知りたいこともありますし、しばらくはホスフェに行きたいと思っております」


「ホスフェですか」


「はい。一応、民主政を敷いておりますので、私のような口の悪い者でも受け入れてもらえるはずではありますので」


 レミリアの話を聞いているそばで、クンファとミーシャの結婚式の段取りも次々と決まっていく。


「明日、正式に告知をしまして、年が明けるとともにコレアルで式を開催いたしましょう」


 話をするうえではアテにならないミュラゴであるが、決まったことを発表するだけとあって堂々としている。


 クンファも含めて、その変わりように可笑しさと一抹の不安が感じられた。

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