第11話 陰謀②
シェラビーは窓を閉めて、一旦ソファに腰かけた。
サリュフネーテが不安そうに尋ねてくる。
「そ、総主教の手の者でしょうか?」
「分からん。そうだったとしても教えてくれるはずはないだろうからな」
シェラビーの直感は「ミーシャの手の者ではない」であった。とはいえ、それが絶対であるという保証はない。朝、ミーシャの侍女に来ることを伝えてからノコノコと護衛も連れずにやってきたのであるから、その気があったのならこれ以上の機会はない。もし、そうであるなら、ミーシャに状況を確認しに行くのは危険極まりない。
「レファールがいないことで安心していたのは、おまえだけではなかったということだ」
シェラビーはそう言って自嘲するように笑った。サリュフネーテが安心していたのは、彼と会って心苦しい思いをせずに済むということ。シェラビーにとっては、潜在的なライバルとしのぎを削る必要がないということ。今回、レファールがコルネーに出かけたという報告を聞いて、何人かの者をサンウマに帰してしまったのがその表れである。
しかし、レファールを大きく見てしまったことで、他の者を小さく見てしまった。
仕掛けたのがミーシャであるのか、その他の者であるかは別として、その油断が手痛い代償となった形である。
とはいえ、もちろん、「はい、そうですか」と諦めるつもりは毛頭ない。
「サリュフネーテ、俺達の状況は非常にまずい。誰が敵か分からない状況で、包囲されているという最悪の状態だ」
「は、はい……」
「危険だが、唯一これしかないという手が一つある。手伝ってくれるか?」
「当然です」
サリュフネーテは「何を馬鹿なことを聞くのだ?」と、ムッとした様子で答えた。
「いや、敵が総主教なら、おまえは目的ではないだろう。俺と一緒に行動すると共に倒れるかもしれない」
「私は、この一、二か月の間に、いかなる運命も共にすると決めました。私一人だけ助かっても無意味です」
「そうか。それなら、一緒にメリスフェールを探そう」
「メリスフェールを?」
「現時点で大聖堂の中で一番恐ろしいのはレビェーデ・ジェーナスだが、彼は総主教についているだろう。となると、メリスフェールとまず合流するのが手だ。総主教が敵ならばメリスフェールを人質にして交渉の余地が多少はある。総主教が敵でないなら、そのまま合流して善後策を練ればいい」
「しかし、メリスフェールも総主教とともにレビェーデと一緒にいるのではないでしょうか?」
「総主教とレビェーデはそう願うだろう。しかし、メリスフェールがいつまでも大人しくしていると思うか?」
サリュフネーテはなるほどと頷いた。メリスフェールは良く言えば好奇心旺盛、悪く言えば考えなく行動をすることがある。仮に総主教と共に行動をしていても、離れる瞬間が出てくる可能性が高い。
「まずはメリスフェールの部屋に行ってみよう。途中で敵兵士に会った場合は仕方がない。おまえは逃げろ」
シェラビーは枢機卿の帽子を窓からよく見える位置に後ろ向きに置いた。窓の外にいる者達に、自分がここにいるぞと示すためのものである。
部屋の外に出ると、廊下には誰もいない。
(監視が誰もいないということは、総主教ではない可能性が高いな……)
最悪、廊下での斬り合いも予想していただけにわずかながら安堵を覚える。
「総主教もメリスフェールも上の階か」
選択の余地はない。二人は階段を昇り、廊下を見渡した。こちらにも衛兵はいない。
「メリスフェールを呼んでくれ」
シェラビーの言葉に頷き、サリュフネーテが呼ぼうとしたところで礼拝堂の方から妙な音が聞こえた。
「待て。何か聞こえる」
耳を澄ませると、ドンと何かが壁にぶつかるような音が聞こえた。続いて、「ようやく片付いたか」という声がした。聞きなれているほどではないが、聞き覚えはある。
そう考える間に、礼拝堂の扉が中側から開いた。
「おっ、と。シェラビーの旦那じゃないか」
予想通り、レビェーデ・ジェーナスが出てきた。扉の向こうには三人ほどの倒れている男女の姿がある。
「まさかあんたまで敵ということはないよな?」
レビェーデの質問の声に、シェラビーは溜息をついた。
「ということは、大聖堂の周りの兵士達も総主教の手の者ではない、ということだな」
「当たり前でしょ」
大聖堂の中からミーシャが答えた。ミーシャはメリスフェールと共に倒れている女を縄でぐるぐる巻きにしている。そのそばに三人の男が倒れていて、ミーシャの護衛らしい兵士が二人については縛り付けている。残る一人はどうやら不運にも返り討ちにあってしまったらしい。
女の顔には見覚えがあった。朝、挨拶をしたミーシャの侍女長である。
礼拝堂に入ったシェラビーは、ミーシャ達から、昼食後間もなく、マリヤムと部下三人が現れて、不意をついて襲ってきたらしいと聞かされる。
「この件だけに限れば、レファールじゃなくてレビェーデが護衛でいてくれて良かったわ。一番キャリアの長い侍女が裏切るなんて展開は、あたしもびっくりだし、レファールもまんまと騙されたかもしれないからね」
「確かに」
レファールはバシアンにかなり長い期間滞在していたため、侍女のマリヤムのこともよく知っていたはずである。彼女が「大事な用があります」と言えば、席を外してしまっていた可能性もあった。
せいぜい顔見知り程度のレビェーデが相手となればそうはいかない。
「俺を超えて、総主教を狙うなら、せめてこの百倍は連れてこないとな」
レビェーデは「舐められたものだ」と拳を鳴らしている。
「マリヤムが目覚めたら尋問しようと思っていたんだけど、誰が手を引いていると思う?」
「そんなことは」
ミーシャでない以上、思いつく候補者は一人しかいない。
「あの老いぼれ以外ありえないだろう。総主教と俺をまとめて葬って、ミャグーとアヒンジに大きな恩を売れば87歳にして総主教だ。そんなことを考えているようには見えなかったが、な」
「どこかの枢機卿が総主教の権限を散々削ってくれたせいで、みんなが総主教弱いぜ、って思うようになったわけよ。全く……」
「苦言は受け止めるが、さしあたり、我々は大聖堂から脱出することを考えなければいけない。あの老いぼれはレファールが頑張っていた時には大人しくしていたが、もう少し奴の手の者について調べておくべきだった」
ルジアン・ベッドーはミャグーとアヒンジと共に兵を動員していたという情報はあった。ベッドーが早期に共闘を放棄し、バシアン入りしていたことでそれ以上の追及をしなかったが、逆にその間にバシアンに兵を集めていた可能性が高い。何かあった時に、一挙にまとめて葬り去る機会を狙って。
「もしも、レファールが指揮していたりしたら面白いんじゃない?」
ミーシャがニヤッと笑う。
「さすがにそれはないだろう」
「ないとは思うけど、万一そのくらいの野心家だったとしたら、あたし達は間違いなくここで終わりじゃないかしらね」
「……いずれはそうなるかもしれないが、今はまだ、そこまではしないだろう。レファールならともかく、ベッドーあたりに殺されたら俺はシルヴィアに馬鹿に、総主教はネイドに馬鹿にされるだろう」
「あぁー、それは最悪だわ。考えうる限り最悪の神の罰ってやつね」
ミーシャの嫌悪感を露にした口調に、シェラビーは思わず笑みを浮かべた。
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