第10話 陰謀①

 時間は一か月ほど遡る。


 ナイヴァルの都バシアンのカルーグ邸。


 朝食時に、サリュフネーテがシェラビーに頼み事をしていた。


「久しぶりにメリスフェールに会いたい?」


 シェラビーは一瞬首を傾げる。


「はい。ここに来てから、まだ一度も会っていませんので、久しぶりに会いに行きたいのですが、いいでしょうか?」


「それは好きにすればいいのではないか? ああ、そういうことか」


 シェラビーは理由に思い当たる。


 一昨日、レファールがコルネーに行くと言ってサラーヴィーを連れて出て行っていた。厳しいことを言っていた後だけに、レファールのいるところに行くには抵抗があり、いなくなったから大聖堂に行きたいと思うようになったのだろう。


「そうだな。代わりの枢機卿のことを総主教に話しておきたいのもある。二人で共に行くとするか」


 シェラビーの言葉に、サリュフネーテは「ありがとうございます」と嬉しそうに頭を下げた。



 朝食が終わると、早速二人は大聖堂へと向かった。「枢機卿の件もあるので昼食を共にしながら話をしたい」とミーシャの侍女マリヤムに挨拶をする。


「分かりました。しばらくお待ちください」


 マリヤムが中に入り、しばらくすると戻ってくる。


「構わないということでした」


「それでは、昼食の頃に出向いて参ります」


 そう回答して一旦屋敷に戻った。現在の役職リストを眺めて「誰にしたものか」と考えているうちに時間はあっという間に過ぎ、昼が近くなった。



 昼前に再度大聖堂に赴くと、既に準備は整っていたらしく、すんなりと通された。唯一の違いは、出迎えにきた侍女が違うくらいである。


「マリヤムはどこに行ったのかしら?」


 食堂に通されてしばらくすると、ミーシャが首を傾げながら現れてきた。その後ろには長身の男レビェーデ・ジェーナスがついてきており、メリスフェールも共にいる。


(あいつ、13のはずなのに)


 メリスフェールは身長だけなら既にミーシャと遜色ない。隣にいるサリュフネーテともほとんど同じくらいだろう。シルヴィアも170を超える長身であったが、その遺伝子を一番引き継いでいるのはメリスフェールらしい。


 そのメリスフェール、シェラビーに対しては相当に含むところがあるらしいことは険しい表情を見れば分かる。


「お久しぶりです」


「ああ、この前は迷惑をかけた」


 シェラビーはそう言って頭を下げてチラッと様子を見た。メリスフェールは全く納得していない様子で思わず苦笑した。



 食堂に四人が座り、めいめい食事を始める。レビェーデは少し離れたところで自分の食事をとっていた。


「セウレラ大司教はいないのか?」


 シェラビーの問いかけに、ミーシャが「まさか」という顔をする。


「いるのはいるけど、呼んではないわよ」


「何故?」


 知恵袋として必要な存在ではないのかという問いかけに、ミーシャが笑う。


「いや、セウレラかイダリスを次の枢機卿に勧めてくるんじゃないかと思ったから。本人にとっては嫌でしょ?」


「……見透かされていたか。今回の問題が平和裏に片付いたのはレファールの活躍によるところが大きい。レファール派から一人選ばなければならないのはやむを得ないだろう」


 そうなると、イダリスかセウレラということになる。能力で考えても、活動実績で考えてもセウレラが有力候補になるだろう。


「あたしも異論はないのだけど、セウレラは本人が引退したがっているからねぇ。もう歳だからこれ以上面倒なことはしたくないって」


「だが、レファールが説得すれば何とかなるのではないか?」


「そう期待したいけどね。もう一人はどうするの? スメドア?」


「……過去、兄弟で枢機卿になった例はない」


「でも、正直、大司教クラスには他にこれというのはいないけど?」


「そこで提案なのだが、あの二人のいずれかを許すというのはどうだろう?」


 シェラビーの提案に、ミーシャが「本気なの?」と目を丸くした。ただ、怒っているという様子ではない。


「アヒンジ、ミャグーの両方とも解任してしまうと揃ってソセロンあたりに走るなんてことになるかもしれない。片方だけ許すということにして、恩を着せるとともに」


「両者を対立させたいというわけね」


 待遇を違えることで、異なる当事者が共同戦線を張ることを防ぐということはよくある作戦である。


「……なら、両方に一人だけ許すと提案するわけね。それで、どちらがよりあたし達の靴をしっかり舐めるかということを比較するわけね。性格悪いわねぇ」


「総主教が反対するのなら、別の者でも構わないが?」


「いや、それでいいんじゃない?」


 文句を言いつつも、むしろ楽しそうな様子でミーシャは了解した。



 その間、サリュフネーテとメリスフェールはお互いぽつぽつと話をしていた。サリュフネーテはともかく、メリスフェールは姉に対しても色々含むところがあるらしい。


 そんな中で、将来のことについてだけは反応を示す。


「メリスフェールは今後もしばらくバシアンにいるのよね?」


 という姉の言葉に、妹ははっきりと拒否の構えを見せる。


「ううん。適当なところで区切りをつけて、その後はエルミーズに行くわ」


「エルミーズ?」


「ええ。お母さん、エルミーズの経営にも熱心だったでしょ。シェラビー……様のことについて姉さんが母さんの遺志を継ぐというのなら、私はエルミーズのことについて遺志を継ぎたいと思うの」


「そうなるとコルネー王妃はどうなるの?」


「王妃になるまでまだ三年あるでしょ? 姉さんも二年延ばすみたいだから、私も二年延ばしても構わないし」


 メリスフェールの言葉にミーシャが仰天する。


「いや、十六未満で行くのはまずいけど、十六になったら行ってもらわないと。勝手に延期したら、コルネーとの関係が悪くなってしまうわ」


 そう説得するが、メリスフェールはあまり真剣には聞いていない。何年か前に「あの子は自由だから」と評していたシルヴィアの言葉が思い浮かんだ。



 昼食が終わり、シェラビーはサリュフネーテと共に居間で休憩していた。


「メリスフェールは本当に我儘なんだから……」


 本人の前ではさすがに言えなかったらしい。ブツブツと文句を繰り返している。そんな様子に笑みを浮かべながら、何の気なく外を見た。


「……何だ、あれは?」


 思わず声が出た。


 大聖堂から少し離れたところがキラキラと光っている。何で光っているのか、集まっている兵士の槍先が太陽の光を反射していたのであった。


 別の窓から外を見た。少し離れた通りに百人くらいの兵士がたたずんでいる。


「どうかしましたか?」


 ただならぬ気配に気づいたのであろう、サリュフネーテが不安げに問いかけてくる。


「サリュフネーテ。ひょっとすると我々は袋の鼠になってしまったのかもしれない」


 シェラビーは腕を組む。


 カルーグの私邸まではかなりの距離がある。しかし、距離以上に大聖堂の中で完全に包囲されているという状況が問題であった。私邸の者には「枢機卿の話で食事を共にする」とだけ伝えており、護衛の兵もついてきていない。


 あの兵士達が敵であった場合、二人共に逃げ切ることは不可能と思えた。

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