第9話 海賊貴族フィエス②
コルネー第二の街ウニレイバは、ミベルサでも最南端に位置しているが、沿岸部には東から西へ強い潮流が流れている。そのため、コレアルから向かう場合には船より馬の方が早い場所でもあった。
八日をかけてウニレイバにたどり着いた三人は、早速、フィエス・グライセフトについての情報を集めた。
その夜、宿屋に集結した三人が情報を交換しあう。
「ウニレイバ公ガイヤール・ハンケルのお気に入りであるのは確からしい。10年くらい前から、寵臣として活動している。今は31らしいが、ほっそりしていて見栄えもいいので女と間違えられることも多いらしい」
「ガイヤールの名前で色々資金を出させていて、その派遣した連中を襲撃して資金をまとめて強奪していたらしい」
と語るのはサラーヴィー。レファールが首を傾げる。
「何で、自分で要請した金を、自分で奪い取るんだ?」
「海賊に奪い取られたことにして、ガイヤールに責任を負わせないようにしたんだろう。で、巻き上げた金はというと、周辺の貧民にばらまいていたらしい」
メラザも「その通りだ」と頷いている。
「義賊気取りなのか? コレアルにしてみると、自分達が金を出したのに、奪い取られた挙句にガイヤール・ハンケルの名前で配られたりすると悲惨極まりないな」
「それはおまえ、コレアルとウニレイバは王家と第二王家の間柄だからな。裏では色々やり合っているんだろう」
「それは分かった。で、フィエスはどこにいるんだろう?」
「ウニレイバにいるということは間違いないらしいから、明日はおまえの名前で探せばいいんじゃないか?」
サラーヴィーがレファールを指さした。
「何せ、おまえさんは少し前までナイヴァル大使だったわけだし」
「それは構わないが、どういう名目でフィエスを探せばいい?」
「重大な嫌疑がある。コレアルに引き立てて場合によっては死刑も辞さぬ、くらいでいいんじゃないか?」
「いや……」
レファールが呆れた顔でサラーヴィーを見る。
「私はナイヴァルの人間だぞ。フィエスがナイヴァルに対して何かをしたというのなら分かるが、そうでないのに何で死刑にできるんだよ? コルネーの刑罰権を専横していることになるぞ」
「そんな細かいところまで気にする奴はいねえよ。ナイヴァルのお尋ね者だということで聞き取り調査をかければいいって。それとも、見た目が女みたいだから、レファール枢機卿がそういう意味でご執心だということにしようか」
サラーヴィーがハハハと笑う。
「……やめてくれ。ムーレイ・ミャグーのそういう話を聞いた時も蕁麻疹が出そうだったんだから」
そんな名目で探されるくらいなら、ナイヴァル人が強引に刑罰権を行使する形にした方がマシだろう。レファールは自分の名前で探すことを二人に対して了承した。
結果的に、そこまで気に病むほどのことにはならなかった。
翌日、改めて所在を確認すると。
「ガイヤール・ハンケル公爵のところにいるはずだぞ」
と、あっさりと居場所が判明する。
ただし、判明すれば、したで別の問題が生じる。
「ウニレイバ公爵のところに乗り込んでいって大丈夫か? コレアルとウニレイバの対立の呼び水とかなりたくはないぞ」
「大丈夫だろ」
不安が絶えないレファールに対して、サラーヴィーは気楽な様子で答える。
「俺達はナイヴァルから来たわけで、別に奴を摘発しに来たわけではないんだ。ちょっと協力してほしいと頼めば構わないだろ」
「……おまえ、昨日と言っていることが完全に逆になっていないか?」
とはいえ、サラーヴィーの言うことが正しいことも間違いない。
レファールはナイヴァル枢機卿兼ナイヴァル大使という肩書で、ガイヤール・ハンケルの屋敷へと向かうことにした。
ガイヤール・ハンケルの屋敷はコルネー第二の貴族の名前に違わず、派手な建物であった。下手をすると、コレアルにある王宮よりも広く派手かもしれない。
「大体、二番目の奴って一番目の奴より大きなものを作りたがるよな。一番目は余裕だが、二番目はどうしても一番目を意識するからな。分かるか、メラザ?」
教訓めいたことを恩着せがましく言うサラーヴィーに、メラザは不愉快そうな顔を隠さない。
「あんたの方がデカいだろ」
「いやいや、態度だよ。俺は一番だから、常に泰然自若としている。来る者は拒まず、相手が多少不愉快なことを言っても気にしない」
(……この前、フェザート大臣がシェローナを馬鹿にしていた時に、やり返していたように見えるのだが)
と考えたものの、波風を立てるつもりはないので口にはしない。
「与太話はさておいて、屋敷に行くぞ」
二人を制して、屋敷へと入った。
フィエスへの面会希望の旨を伝えると、これも思いのほかあっさりと通った。すぐに呼んでくるので待っていろという。
「名前を言っただけで、ロクに確認もせず連れてくるというのはかえって不安だな」
「大丈夫だろ。何か企んでいたとしても、ここには俺とメラザがいるんだぜ」
「……」
相手よりも同行者に不安を感じるが今更どうしようもない。しかし、幸い危惧したような事態にはならず、しばらくすると見るからに細い男が現れた。
(顔も確かに細い感じだなぁ。髭を無理にはやしているのは、女性と間違えられたくないからなんだろうな)
その細い男がキツイ口調で話しかけてくる。
「俺がフィエス・グライセフトだが、ナイヴァルの枢機卿が何の用なんだ?」
「ああ、別にコレアルの王に頼まれたとかそういうことじゃない。実はナイヴァルでは、というより、私がちょっとした海賊を探していてな。中々高名らしい貴殿に助けてもらえるのではないかと期待してやってきた」
「……海賊?」
「ああ」
レファールの返事に、フィエスは明らかに困惑した顔になる。
「そいつは参ったな……」
「参った?」
「確かに、以前から海賊活動をしていたということは言いふらしていたんだが、実のところ、海賊行為をしたことは一度もないんだ」
「どういうことだ?」
「つまり、だ。船は高いだろ? それに、コレアルからウニレイバに運んでくるときというのは船ではなくて陸から来るわけだから、それを仲間とともに陸から襲って奪い取っていたってわけ」
「つまり、あんたは海賊と言っていたけれど、実体としては盗賊だったというわけか?」
「そう、そう。その通り」
「……」
レファールは改めてフィエスを見た。それなりに度胸はありそうであるが、船には全く乗れないらしいし、戦場で活躍できそうなタイプにも見えない。
「……騒がせて悪かった」
どうやら相手を間違えてしまったらしい。諦めて帰ることにするが。
「待て、待て、待ってくれ!」
何故かフィエスの方が追ってきた。
「戦場とかそういうので使いたいというのなら、是非とも使ってくれ!」
「何故?」
「俺は、今でこそこせこせした盗賊活動がメインだが、本当は戦場で大活躍したとかそういう形で名前を残したいんだ。だから、どうか使ってくれ!」
「使ってくれ、と言われても……、海賊は必要だが、盗賊は必要ないからなぁ」
「いいじゃないか」
サラーヴィーが応じる。
「本人がやりたいって言うのなら、使ってみれば」
「そうだ。人は見かけによらないこともあるわけだからな」
メラザも応じる。
だったら、お前達が使えよ、とレファールは反論したくなったが、多数決で完全に負けてしまったので、結局は。
「それじゃあ、ちょっと話をしようか」
ということになってしまった。
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