第8話 海賊貴族フィエス
その夜、レファールとサラーヴィーは王宮の食堂で歓待を受けていた。
「貴公らの対決、余も見たかったものだ」
国王クンファがそう言いながら、サラーヴィーとメラザにワインを注いでいる。サラーヴィーはともかく、メラザはそもそも少し前まで下級兵士だったらしくこのような経験は初めてらしい。先ほどまでの大胆な戦いが嘘であるかのように恐縮しきっており、小さな身体が余計小さく見える。
「あれ、レミリア殿は?」
先程の試合まではいたレミリアの姿がないことに気づき、フェザートに尋ねる。
「彼女は酒の類は得意ではないらしい。こういう場には姿を見せないことにしているそうだ」
「酒で更に気が大きくなって、更に厳しく言われたら生きていることすら辛くなりそうだからな」
クンファがブスッとした顔で言う。エルシスとグラエンが「確かにそうかも」というような納得したような笑みを浮かべている。
「ところで海軍大臣さんに聞きたいんだが」
サラーヴィーがフェザートに話しかける。
「六、七年くらい前に、コルネー沿岸で結構暴れていた海賊がいなかったっけ?」
「六、七年前?」
ピンと来ない様子で首を傾げている。
「俺は十五の頃からプロクブルにいたんだが、確か当時は結構海賊が暴れていたぞ」
「そういえば、クンテ・セライユからはしきりに海賊が暴れているので討伐のための資金を出してほしいという要求は来ていましたね」
グラエンが思い出したように言い、フェザートが呆れたように肩をすくめる。
「セライユ公に資金を出しても、ほとんど意味がないことは明らかではないか」
「サンウマ・トリフタの後、調査しましたけれど、結局毎回半分くらいは着服しているという話でしたね」
二人の話にレファールも頷く。
(プロクブルを襲撃した時も、まともに戦っていたのはレビェーデとサラーヴィー達くらいで、プロクブルの兵士は全く何もしようとしていなかったからな。そのおかげでナイヴァルがレビェーデとサラーヴィーを得ることができたというのはこちらにとっては大きかったが、コルネーにとっては勿体ないことになったな)
サラーヴィーが若い時からコルネーにいたという事実はレファールも知らなかった。クンテ・セライユが必要な手を打っていたのなら、今もなおコルネーにいたかもしれない。そうであればコルネー軍の強さも全く変わっていたであろう。
「これだけプロクブルのことが分かっていないのは由々しき問題だな。もっとしっかり調査するようにしておかなければ」
フェザートが不機嫌そうに漏らす。
「残念ながら、コレアルにはそうした情報は伝わっていないらしい」
「まあ、海賊って言うくらいだから、そういうどさくさ紛れの状況を利用しているというのはありそうだな。ということは、プロクブルに行って調べないと分からないかねぇ」
サラーヴィーはそう言って腕を組んだ。
「俺はウニレイバの生まれだが、ウニレイバでも海賊の話は聞いたぞ」
立ち上がったのはメラザであった。フェザートが更に不機嫌な顔になった。ウニレイバのこともコレアルに伝わっていないことが不満なのだろう。
「確かフィエス・グライセフトと言っていたかな」
「フィエス・グライセフトだと!?」
フェザート、グラエン、エルシスが同時に叫び声をあげた。
「フィエス・グライセフトといえば、ウニレイバ領主ガイヤール・ハンケル公の取次ぎをしていた男ではないか! そんな男が海賊だと!?」
三人の驚きように、メラザは少しトーンダウンするが、「でも、そういう名前でしたよ」と言う。サラーヴィーも「はっきり覚えていないが、そんな名前だったかもしれない」と答えた。三人がいよいよ渋い顔になった。
そこから先、三人はそのことだけが頭を占めていたらしい。酒にも食べ物にも反応しなくなっていた。
翌日。
サラーヴィーと共に海軍事務所に顔を出すと、グラエンとエルシスが目の下に隈を作って資料漁りをしていた。
「大丈夫なのか?」
心配して声をかけると、「あー」と何とも気の無い返事を返してくる。
「調べたぞ、レファール……」
と答えて、ふらついた足取りで資料を取ろうとし、バサバサと音を立てて倒してしまう。
「無理して今、話をしなくても……」
「いや、お蔭で大変なことが分かった。まあ、そこに座れ」
幽鬼のような表情で話しかけてくるエルシスを見て、仕方ないとばかりに指示通りに座った。エルシスがゆったりとした足取りで前に座った。
「昨日も話した通り、フィエス・グライセフトという男は子爵の位にあり、ウニレイバ公爵ガイヤール・ハンケルの取次役としてコレアルに滞在していた。で、十二年ほど前から色々な名目でコレアルに資金を要請していた。そこはプロクブルのセライユと変わりがないわけだが……」
別の資料をぽんと放り出す。
「昨年の陛下の即位式に際して、ウニレイバ公ガイヤール・ハンケルが『これまでコレアルに資金援助を求めたことはなかった』と答えていた資料が見つかった。すなわち、資金援助の要請はフィエスが勝手にしていた公算が高いことになる」
レファールはサラーヴィーの表情を確認した。合点がいかないという顔をしているのは、彼が知るフィエスは海賊らしい海賊だったということなのであろう。しかし、話だけを聞いていると実際のフィエスという男は海賊というより、横領貴族というような印象を受ける。
「フィエスはどこにいるんですか?」
「正確な居場所を知る者はいないが、土地勘ということを考えれば、おそらくウニレイバの近くにいるのではないかと思う。もし、君達が捕まえてくれるのならこれに越したことはない」
エルシスの言葉を受けて、サラーヴィーに「どうする?」と尋ねる。サラーヴィーは腕組みをしてしばらく考えていたが。
「せっかくコレアルまで来たんだ。海賊なのか横領貴族なのか確認してみたい」
「分かった」
サラーヴィーがその気である以上、レファールとしても断る理由はない。事情からすれば、捕まえることができればフェザート達に恩を売れそうな状況であるのも大きい。
「あいつも借りていいか?」
「あいつというのは?」
「決まっているだろ。あのチビだよ」
「ああ、メラザのことか。連れていってどうするんだ?」
「どうするって、フィエスが俺の記憶通りに海賊だったら、一戦交えることになるだろうが、そうでないんだったら捕まえて終わりだろ。それだと体がなまってしまうから、あいつと訓練でもしておこうというわけさ」
結構勝手な言い分である。レファールは内心で笑ってしまうが、エルシスとグラエンは特に不快に思うこともなかったらしい。
「分かった。メラザを呼んで来よう」
あっさり了承すると、人を派遣して呼びに行かせた。
メラザもすぐにやってきた。
「海賊討伐に行くんだって?」
「海賊なのか、悪徳貴族なのかは分からんが、な。悪徳貴族の逮捕ならつまらないが、おまえさんがいれば退屈はしないだろうと思った」
「討伐してどうするんだ?」
「本当に海賊として働ける存在なら、今後、サンウマ封鎖のための一つの駒として使える存在になるかもしれない。そうでないのなら、コレアルに連れてくることになるかな。似て食おうと焼いて食おうと俺の知ったところではない。それでいいだろ、レファール?」
「ああ、それでいいと思う」
勝手に決められてしまった感はあるが、サラーヴィーの目指す方向性は自分のものと同じである。レファールも断ることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます