第7話 模擬試合

 サラーヴィーは背丈に見合ったかなり長い木剣を、メラザは対照的に両手に短剣である。となると、当然、外の距離からサラーヴィーが打ち込む方が早い。


「おら!」


 と、鋭い突きを繰り出す。


 メラザが短剣を構えるが、それより早く命中した。


 一瞬、フェザートが「あちゃあ」という顔を、サラーヴィーがニヤリと笑う。


 しかし、メラザの突進は止まらない。


「うおおお、あああああっ!」


 左手で突き出された長剣を抱え込むと、そのまま突進する。


「おっ!? おっ!?」


 サラーヴィーは完全に面食らった様子で剣を突き付けたまま一歩、二歩後退を余儀なくされるが、後退速度よりメラザの突進速度の方が早い。形勢逆転、このままでは倒されそうなところで、サラーヴィーは慌てて手を離して身を翻した。メラザはかわしたサラーヴィーに打ち込むまでの器用さはないようで、そのまま突き抜けていく。十歩ほど余分に走り、そこで身を翻した。


 短い時間のめまぐるしい攻防に、見ている側から拍手が起こる。


 サラーヴィーは呆れたように笑った。


「おまえなぁ、木だから受け止められたのかもしれんが、普通の剣なら最初の一撃で死んでいるぞ?」


「普通の戦いなら、短剣じゃなくて盾を持つ」


「おっ、なるほど」


 サラーヴィーは納得したようにポンと手を打った。


 確かに盾なら受け止めるのは簡単である。盾ごと相手の剣を掴み、そのまま突き進むというのも、今のメラザの突進を見ている限り不可能なこととは思えない。


「……ということは、おまえさんは乱戦では中々厄介そうだ。ただ、一対一であれば、俺は闘牛士のように突進をかわしつづけていればいい、というわけだ」


 何も持っていないが、あたかもマントをヒラヒラと翻しているようなポーズをとる。


 メラザは無言で、長剣をサラーヴィーに向けた。


「おっと、いざとなったらそいつを投げつけたりするってことか。確かに武器をなくしたのは厄介だな」


 頭をかいているが、発言とは裏腹に表情には余裕が溢れている。


「行くぞ!」


 再度メラザが突っ込んできた。サラーヴィーが左側にかわそうとしたところで。


「ふんぬ!」


 長剣を振り回す。技量など全く無いに等しく、ただ振り回しているだけであるが膂力はすさまじいようで鋭く、早い。


「甘い!」


 しかし、サラーヴィーはそこまで予想していたようで、二歩ほど下がって剣をかわした後、「もらった!」と右足を振りぬく。


「うおおっ!?」


 またも戸惑いの声をあげたのはサラーヴィーであった。


 彼の蹴りはメラザの側頭部に正確にヒットしたが、そのまま突っ込む。さすがにそこまでは予想していなかったのであろう。サラーヴィーの両手を掴み、そのままレスリングのような構えになる。


(あの男には痛覚がないのか!?)


 レファールも呆気にとられるタフネスぶりであった。


「ちょ、どうなっているんだよ!? おまえ!」


 サラーヴィーは信じられないという様子である。


「どうも何もない。あんたの腕なら間違いなく俺の急所を捕らえるだろう。ただ、逆に言えば受けるところが決まっているからそこだけ少し外せばいい」


「あ~、俺が巧過ぎるからかえって良くないってわけか」


 サラーヴィーは半分おどけたような様子で納得していた。


 正確に打ち込む技術がある場合、逆説的に受けるタイミングが読みやすいということになる。タイミングが決まっているということは受ける覚悟があれば致命傷を避けうることは不可能ではない。


 こういう手合いにはむしろ雑な技術の持ち主の方が、予期せぬタイミングで受けてダメージが増すこともある。


「随分と喧嘩慣れしているな」


「チビなんでな。いつも馬鹿にされていた。だからまとめて薙ぎ払う戦い方を覚えた」


 メラザが再び突進しようとする。組み合った状態のサラーヴィーも踏みとどまろうとするが単純な馬力ではメラザが上だ。


「おらああああ!」


 両手を高々と組んだまま、メラザが数歩前進し、そのまま一気に突進しようとした途端に、サラーヴィーが斜め後ろに倒れながら、くるりと回転する。


「あぁぁ?」


 まさに突進しようとしていたメラザは、体を入れ替えられ、そのまま放り投げられるような形で前へとつんのめった。数歩先に足をついてからも勢いは止まらず、そのまま地面に頭から突っ込んでしまう。


「そこまでだ。両者とも、もういいだろう!」


 フェザートが止めに入った。どちらも反対する様子はない。


 痛み分けだ。



 メラザが悔しそうに地面を叩く。


「ちくしょう!」


 模擬試合としてはどちらも決定打はなかったが、攻撃を当てていたのはサラーヴィーである。最後の体の入れ替えのタイミングも見事であったし、優勢勝ちを認めるのならサラーヴィーということになるであろう。


 とはいえ、メラザの勢いは決して侮ることができないところを見せつけた。


「危なかったな」


 レファールはひっくり返っているサラーヴィーに近づいて声をかけた。


「……ああ、サンウマ・トリフタの時にたいした奴もいなかったし、甘く見ていた。つまずかなければ危なかった」


「つまずかなければ?」


 サラーヴィーが半身を起こして、体をひっくり返したあたりを指さす。


「途中であの石にひっかかって体勢が崩れた。その瞬間、思わず体が反応して、ああなった。あいつが悔しがっているのは、俺がそういうことをするとは思わなかったんだろうけれど、俺自身がそんなことを考えていなかったからな」


 メラザはひとしきり悔しがってすっきりしたのか、立ち上がってフェザートに頭を下げている。観戦していた野次馬からは「良くやったぞ!」という声がかけられていた。


 もちろん、サラーヴィーに対しても喝采が投げかけられていた。


 突然の模擬試合には驚かされたが、結果としてはこれで良かったのであろう。サラーヴィーの名前が上がり、シェローナ侮りがたしの空気がコルネーに生まれるからだ。


 サラーヴィーは深呼吸をすると、背中をさすりながら立ち上がり、メラザに呼びかけた。


「おーい、おまえって歳はいくつなんだ?」


「歳? 20だ。それが何だ?」


「俺より三つ年下か。今から五年、しっかり基礎技術をつけたら、ひょっとしたら七年後には俺を抜いているかもしれん。今のままでも戦場では役に立つが、サシの勝負で俺に勝つことはないだろうな。こいつには勝てるだろうが」


 不意に指さされて、レファールが「おいおい」と慌てる。


「私に勝っても自慢にはならんぞ」


「そうか? ナイヴァルだとおまえが一番強いんじゃないの?」


「シェラビー枢機卿の下にも、やたら怪力の奴がいるとボーザが言っていた」


「ボーザかぁ。あいつの言うことはちょっとアテにならんからな」


 サラーヴィーが呑気に言っている一方、レファールは危機感を覚える。ナイヴァルで一番個人の武芸が秀でているのが誰かは分からないが、コルネーのメラザにも勝てる者はいないかもしれない。


 もちろん、戦闘は個人の力だけで決まるものではないが、コルネーに対して有していた優位感がたいしたものではないのだ、ということは認識せざるを得なかった。

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