第6話 サラーヴィーとコルネー
サンウマからコレアルまでは距離こそあるが、潮の流れが味方してくれるので時間としては、その逆向きと比較して全くといっていいほどかからない。
十一月一日、レファールとサラーヴィーはコルネー王国王都コレアルにたどりつき、早速、海軍事務所へと向かった。
途中のウニレイバで寝ずの使いを飛ばしているので、到着の情報は届いている。そのため、出迎えてきたフェザート一行はもちろん落ち着いた様子で迎えてきた。
「お久しぶりです」
フェザートに挨拶をする。グラエン、エルシスなど、以前ワー・シプラスで共に戦っていた顔なじみの者が多い。唯一、フェザートの横にいる女性だけは面識がなかったが、フェザートからカタン王女レミリアと紹介を受ける。
「しかし、まさかナイヴァルの枢機卿にまで上り詰めるとはねぇ」
大したものだ。フェザートは感慨深げに言い、同時に探るような視線を向ける。
「ただ、そこまでの地位まで上り詰めた猊下が、引き続き大使としての仕事で来た、ということではなさそうだが?」
「猊下はやめてくださいよ」
枢機卿に対する敬称にレファールが苦笑する。
「今回来たのは、今後の保険ですね」
「保険?」
「はい。現在、ナイヴァルとコルネーは同盟を締結していますが、ナイヴァルがそこまでの力を得たのは一重にシェラビー・カルーグの実力によるものです」
レファールの言葉に、一同「違いない」と頷いている。
「そのシェラビー・カルーグが妻の死で暴走しそうになった。そのことに関係しているわけか? その情報について、我々は正直よく知らないわけであるが」
「はい。後ほど説明しますが、とにかく、一度あったことがもう一度起きないとは限らないところに問題があるわけです」
「だからシェラビーではなく、自分と関係を強化してほしいということでしょうか?」
レミリアがけげんな顔で話しかけてくる。
「そういう準備もしておいてほしいということです。ここにいるのは、サラーヴィー・フォートラントと申しまして、サンウマ・トリフタで大活躍した主将の一人であると同時に、現在はシェローナ市の指揮官を務めています」
「シェローナ……ディンギアのことか」
以前説明をしたことがあるので、フェザートはさすがに知っていたが、グラエンやエルシスは「どこのことだろうか?」という顔をしている。
「はい。もちろん、この関係が重要視されることがないのが一番ですが、そうでない事態が生じた場合にはサンウマを海上封鎖できるようにしておきたいのです」
「なるほどなぁ」
フェザートは頷いて、レミリアの方を見た。その様子を見ると、フェザートはかなりこの少女に信頼を置いていることが伺える。
「……準備をすること自体には問題はないと思いますが」
半信半疑という様子である。もっとも、レファールとしてもそういう反応になることは予想している。
「ナイヴァルはホスフェにもイルーゼンにも首を突っ込んでいるので、そこで分裂したらどうなるかと危惧されることは分かっています。ただ、先程も言いました通り、ディンギアとの間で封鎖することは可能です」
「ただ、ディンギア……シェローナというのがどれだけの力を持っているのかが分からないからな」
フェザートがもっともなことを言う。
「確かに数では、負けているな」
サラーヴィーが答えた。一同を見渡して、不敵に笑う。
「シェローナで編成できる兵力は数千が目いっぱいだ。ただ、俺が前線にいて、レビェーデ・ジェーナスが指揮をとる限りにおいてコルネー軍に後れを取るとは思わないが、ね」
そこまで言った時、グラエンが「あっ!」と叫んで立ち上がった。
「おまえ、サンウマ・トリフタの時の……」
グラエンが指さして叫ぶのに対して、サラーヴィーは落ち着いた様子で眺めていながら。
「えっと……、誰だっけ?」
と真顔でとぼけた答えを返す。
「おまえ、トリフタからやってきたナイヴァル軍の隊長だった奴だろ!? 俺はあの時、コルネー側にいた指揮官だ!」
「そうだったのか。悪い、覚えてないわ」
本当に覚えていないらしく、割と真顔で頭を下げてから、一転して笑う。
「だったら、覚えているだろう? 俺達がそうそう簡単にコルネー軍のやり方に乗らないということと、コルネー軍の面々に後れを取らないということは」
サラーヴィーは再度ニヤリと笑った。
サラーヴィーの空気になりそうになったその瞬間、不意に後ろの方から声があがった。
「コルネー軍を小馬鹿にするような言葉には納得がいかない。例えば、この俺とサシで戦って勝てるのか!?」
そう言って立ち上がった男を見て、レファールは「おや」と首を傾げた。
確かにがっしりとした体つきをしているが、背丈としては165センチ程度である。190を超えるサラーヴィーと比較すると子供のようにすら見えた。
サラーヴィーは面白いといわんばかりに会心の笑みを浮かべる。
「もちろんだ。不満だと言うのであれば、直接試してみても構わない」
「おうとも! 不満で仕方がない。模擬試合を所望する」
「分かった!」
アッと言う間に二人は同意する。レファールはもちろん成り行きに驚くが、それはフェザートも同じようで、小走りに小男のところに駆けていく。
「メラザよ、相手は他国の要人ぞ。喧嘩などはならん」
「喧嘩ではない。正式な試合を申し込んでいるだけだ」
収まらないメラザの様子にフェザートが渋い顔をしている。それを他所にサラーヴィーは外に視線を向けた。
「あの広場でやろうではないか。とはいえ、殺し合いではないから、武器は木がいいかな」
(木製でも十分危険だと思うのだが……)
パッと見ではサラーヴィーの方が背丈の面で格上という印象であるが、メラザもがっしりしている。木製の武器でも簡単に致命傷になりそうである。
レファールは内心そう思ってしまうが、二人の様子を見ると引き下がりそうにない。
フェザートと視線が合った。やれやれという顔をしている。
「さすがにこんな展開は予想していませんでした」
「……すまないなぁ」
後方にいたということは、それほどの地位ではないのであろう。ひょっとしたら、かつての自分のような新米に近い立場かもしれない。サラーヴィーに対して喧嘩を売り、万一負傷でもさせてしまったとしたら。フェザートが気を揉んでいることはレファールにも容易に分かった。
(とはいえ……)
当のサラーヴィーが楽しそうに応じているのであるから、一概に相手を非難するというわけにもいかない。
(どちらも怪我などをしなければいいのだが……)
二人の出て行った方を追いながら、レファールは穏当な結果になることを願うばかりであった。
広場に出た二人の剣幕が気になったのであろう、取り囲むような人だかりが出来始めている。もっとも、中にいる二人は気にしない様子で、訓練用の木剣を物色していた。
「私はコルネー海軍所属のメラザ・カスルンドと言う。対戦要望を受けていただき、感謝しているが、だからといって手加減する余裕はないことを心得おかれよ」
「おう! 俺はサラーヴィー・フォートラント。遠慮なんていらないぞ。かかってこい!」
「言われなくとも。いざ!」
メラザが鋭い勢いで踏み込んだ。
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