第5話 護衛役レビェーデ
ナイヴァルの動乱以降、憂鬱な思いを抱えることの多かったレファールにとって、レビェーデとサラーヴィーの到着は久々に気持ちのいい出来事だった。
「バシアンまで来てくれるとは、すまないな」
「ハッハッハ、いいってことよ。シェローナも多少頭打ちになって、俺達も外で暴れる時間も欲しかったし」
レビェーデはそう言って豪快に笑う。本当にその場で弓でも射放ちそうな様子にレファールは苦笑した。
「まあ、残念ながらすぐにそうなる必要はなくなったんだけどな」
「知っている。そういえばシルヴィアさんは気の毒な話だったな。まあ、処刑された二人の子供も可哀相だが……」
「ああ。悪いことが最悪のタイミングで起きるなんていう言葉を痛感したよ。それはさておき、だ」
レファールは大聖堂の小部屋に入った。二人が「おっ」という顔をする。
「応接室でなくて、この部屋ということは、何かしら都合の悪い話をするわけか」
「まあな。おおっぴらにはできないことを今後準備したいという話だから、な」
「聞こうじゃないの。悪い話とか、大好きだぜ」
二人は身を乗り出した。
「セウレラからは対立路線の話を聞いたと思うが、さしあたりはシェラビー枢機卿についていく方針は固めた。ただ、今後また同じようなことが起こらない保証もない。サリュフネーテが抑えるとは言っているが、シルヴィアさんと違って人生経験もないし、シェラビー枢機卿に対する知識も少ないだろうし」
「そうなったら、どうするんだ?」
「その場合は仕方ない。対シェラビー枢機卿で動くことになる。とはいっても、現状ではサンウマとバシアンの差は大きい。だから、あらかじめ布石を打つ必要がある」
レファールはミベルサの地図を開いた。
「レビェーデとサラーヴィーがシェローナにいて、私はバシアンにいるが、コルネー出身でもあるし、フェザート海軍大臣にも顔が効く」
そこまで言うと、二人も察しがついたのだろう。なるほどと頷いた。
「コルネーとシェローナとの間で封鎖できるという状況になれば、サンウマの強みであるアクルクアとの交易が封鎖されることになる。もちろん、今やるわけではないが、いざという時にはこれができる状況は整えておきたいとは思う」
「なるほどねぇ。しかし、サンウマの連中に勝てる船はコルネーにもシェローナにもないぞ。気合だけで勝てるほど、海戦は甘くない」
「分かっている。だから、準備が必要だということだ」
「なるほどね。まあ、シェローナも場所柄、交易していきたいところだから、いずれサンウマは商売敵ということになりそうだからな」
レビェーデが腕組みをする。「後は海賊でも居れば、味方につけておけば嫌がらせができるというのもあるがな」と付言した。
「海賊か……。海賊は会ったことがないな」
盗賊は移動していると、時々出会うことがあるが、幸か不幸か、ミベルサ南部の海域には海賊はいないので船で移動していても問題が起こることはない。
「となると、コルネーとも話をしなければいけないわけだな」
「ああ、もし、良かったらだが、どちらか、総主教の警護をしてくれないだろうか?」
「総主教の?」
二人が顔を見合わせた。
「フェザート大臣とは、私が直接話をする必要があるだろう。ただ、私がいないと総主教を狙う連中がいるかもしれないから危険だ」
「総主教を狙う連中か。シェラビーとは別口でということか?」
「別口かもしれないし、後ろで糸を引かれているかもしれない」
解任待ちのミャグーとアヒンジは別としても、ルジアン・ベッドーとルベンス・ネオーペが何かをする可能性はある。それはソセロンに触発されてかもしれないし、シェラビーの機嫌取りをまだ考えている可能性も否定できない。
自分がバシアンにいる以上、変なことはないだろうが、不在となると話は変わる。しかし、レビェーデやサラーヴィーがいるとなるとおいそれとは動かないだろう。こと戦闘に関してはレファールの上を行く二人である。
「なるほど。どうする? 当面、時間はありそうだが」
レビェーデがサラーヴィーの顔を見た。
「俺は多少時間があるならシェローナに返しの船を出して、ワーヤンとホーリャを連れてきたいっていうのはあるな」
「分かった。だったら、俺はレファールにくっついていくか」
「お、コルネーに行くのか?」
「さっき海賊がどうこうと言っていたが、プロクブルにいた時に、何かそんな話を聞いたことがあるんだよな。カタン出身の海賊がたまにウニレイバあたりに現れるみたいな話が」
「へえ」
レファールとレビェーデが同時に声をあげた。二人はそうした事情については初耳である。しかし、プロクブルでの海戦以前、コルネー海軍は老朽していたし警戒は弱かったとも言える。その頃には海賊が現れていたとしても不思議はない。
「ま、行ったから会えるわけでもないが、何か聞き込みでもしてみようと思って、な。もちろん、単純に一度くらいコレアルに行ってみたいというのはあるし」
「よし。それなら、俺がミーシャの嬢ちゃんを警護して、おまえはレファールのお守り兼海賊探しということで」
二人の考えが決まった。ということは、レファールもコルネー行きに向けてのスケジュールを素早く決めるしかない。
翌朝、レファールは大聖堂にレビェーデを連れていった。
いつものように朝から職務をしていたミーシャが、レビェーデを見て「おっ」と声をあげる。
「あら、レビェーデじゃない。また、随分と久しぶりね」
レビェーデがおどけたように頭を下げる。
「天の代理人でもあるナイヴァル総主教に覚えていただいていたとは恐悦至極にございます」
「それはまあ、貴方とスメドアの背丈はものすごく目立つからね。父親が背だけは高かったせいか、どうしても長身の人は覚えてしまうのよ。で、あたしに何か用?」
その質問にはレファールが代わりに答える。
「今後のことを考えて、一度コルネーに行きたいと思っております。その間」
「ああ、警護してくれるというわけ? 悪いわね」
「とんでもございません。天の代理人たる……」
「レビェーデ。貴方、天の代理人って言葉、好きなのね」
ミーシャが面白そうに答える。
レファールもシェラビーも総主教を指すのにおいて、そうした言葉は使わない。敢えて使うなら神の代理人である。天の代理人という言葉には、レビェーデなりの世界観が含まれているようにも思えた。
「神様という人間だけを助けてくれる存在が本当にいるのなら、誰も困らないはずですし、誰も争わんはずですからな」
「ごもっとも」
神の代理人に対して神を否定するような物言い。さすがにミーシャも苦笑する。
「そういうことを、ベッドー枢機卿やネオーペ枢機卿に言ったら大変なことになるから注意しておいてね」
「ご安心を。多少の喧嘩なら負けませんので」
「こら、待ちなさいよ」
ミーシャが本気で慌てた顔をする。
「大丈夫ですよ。しばらくは総主教の影としてくっついております。何か言えというまでは何もしゃべりませんし、言えと言われて喋った場合には総主教が悪いですので」
レビェーデがニヤリと笑う。ミーシャが「殴ってやろうか」とばかりに拳を振り上げたが、手をあげても頭が届かないことに気づいたのだろう。更に不機嫌になって腕を下ろした。
ともあれ、レビェーデをミーシャの護衛とし、レファールはサラーヴィーとともにメリスフェールを連れてコルネーへと向かった。
レファールと異なり、枢機卿という身分ではないが、戦闘力では折り紙つきである。そのレビェーデがいればナイヴァル内部の他の勢力は動くことはないだろう。
レファールはそう考えていた。
のであるが……
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