第4話 猛者の帰還
ディンギア地方・シェローナ市。
レファールとミーシャの指示を受けて、セウレラ・カムナノッシはこの地にディオワール・フェルケンやレビェーデ・ジェーナスを訪ねていた。
「レファールも色々な知り合いがいるんだなぁ」
迎えに来た長身の二人、レビェーデとサラーヴィーがそんな会話をしながら歩いている。
「まるで私のような老人が知り合いにいるのが不思議と言わんばかりだな」
少し不愉快そうに言うと、レビェーデが苦笑した。
「あっ、気を悪くしたのならすまん。そういうつもりで言ったのではなくて、あいつって若い奴とか女の子がやたら周囲にいるから、ちょっと意外だなと思っただけだ」
「そうそう。爺さんとか偉そうな人というのはシェラビーの旦那とか、そっちについていそうな感があって」
隣にいるサラーヴィーも同意している。
(ま、この二人はレファールにとっては戦友ということになるのだから、同世代の者が多く知り合いにいるというイメージなのだろうな)
ひとまず納得しながら、セウレラは街を眺め渡した。
港の周囲はほぼ建設が完了していた。おかげで自分が来る際も全く支障はなかったと言える。その付近については建物も何軒か出来ていた。
(周りに木々のないところで、これだけの数の建物を建てるというのはたいしたものだ)
一時期、ディンギア北部に隠棲していたこともあるので、セウレラはこの地のことをある程度は知っている。ディンギアはフェルディスとの国境に近い山間部には山も多いので森林があるが、南部は平野が広がっており、木々を見ることはほとんどない。
それでいながら、これだけの建物が作られているのは脅威であった。
(かつて、シェラビーが安定した造船のためにコルネーとの国境地帯を占領したほど、木は重要だというのに、一体どこから運んできているのやら)
シェローナ市建設を目論んでいるアクルクアの王の決意と資金の程を見せつけられた。そういう思いを抱く。
港から、城というには随分と簡素な建物に入り、市長のディオワール・フェルケンと面会する。そこでレファールの親書を渡して、ナイヴァルの現状を説明した。
三人とも一様に驚きを隠さない。
「シェラビー・カルーグって飄々とした印象だったけれど、奥さんが死んでそこまでなるくらいナイーヴだったんだな」
「しかし、さすがにサリュフネーテとは歳の差があり過ぎるんじゃないか? メリスフェールずコルネー王妃になるとなると、レファールは両手に花状態から干からびることになってしまうぞ」
状況を分かっている二人はめいめい好きなことを言っている。分かっていないディオワールはあまり会話には興味がなさそうである。
「……ともあれ、シェラビーの勢力は非常に大きいし、今後も色々なものが利害を求めて集まってくることが考えられる。それに対して、総主教とレファールはナイヴァル内部においてはどうしても劣勢になるのが否めない」
セウレラの説明にレビェーデが頷く。
「確かに、金とか地位の約束だとシェラビーの方が上だろうな。それで俺達に協力してほしいと?」
「協力そのものが必要になることは少ないと思うが、協力をするという姿勢は見せてほしい」
今度はサラーヴィーと顔を見合わせて、ディオワールに話しかける。
「当面、軍事行動を行う状況でもないし、ちょっとばかしナイヴァルに行ってもいいか? ディオワールのおっさん」
「ふむ……、そうだなぁ」
ディオワールが考え込んでいる。
シェローナを取り巻く状況については、もちろんセウレラの知るところではないので、ここは判断を待つしかない。
「サンウマのシェラビーとはいずれ対立する可能性があるから、それはそれでありだろう」
「む? シェラビーと対立?」
ディオワールが何気なく漏らした言葉にセウレラが反応した。ディンギアは辛うじて隣接しているホスフェ以外とは他国と関係をもっていないというイメージがあり、ディオワールがシェラビーと対立する可能性があるということは予想外の話であった。
「うむ。お互いの組んでいる者同士が対立していてな」
「組んでいる者同士?」
一体、何のことなのか。セウレラには見当がつかない。
「私をはじめ、ここシェローナで建設にあたっている者の過半はアクルクアのホヴァルトから来た。一方、サンウマのシェラビーはここ数年間に渡ってハルメリカと交易をしている」
「ホヴァルトとハルメリカが対立している、と?」
「左様。現時点では直接的に対立しているわけではないから、お互いの船を沈没させあうというようなことはないが、そうなる可能性もゼロとはいえない。である以上、バシアンの総主教及びレファールと協調するというのは我々にとって悪い話ではないと考えている」
ディオワールの言葉は、セウレラにとっては渡りに船であった。何かしら条件やら見返りを提示されることも覚悟していたところに、向こうから対立関係を持ち出してくれたのであるから。
「当面の間は争いごとがないだろうし、別のところで戦闘に参加してくるというのも悪いことではなさそうだ。行ってもらっても構わないぞ」
ディオワールの了承に、レビェーデとサラーヴィーは「よっしゃ」と拳をもう片方の手に打ち付けるのであった。
かくして、翌日にはセウレラの姿は再度、海上にあった。
「しかし、シェローナはディンギアで勢力を拡大しているとも聞いていたのだが?」
「ああ。ただ、食料の問題が多少ある。現在、シェローナの北東部では農場を作っているが、まだ労働力が足りない。だから、街づくりの面々も手伝うしかないということがあって、兵士を多数用意するにはおぼつかない状態だ」
「それでは周りから攻められたらどうするのだ?」
「もちろん、攻められれば守るしかないが、こちらからわざわざ攻めていくことはないってところだな。俺達がこの一年で三回くらい周囲を叩きのめしているし、周りの連中もわざわざ攻めてくることはないだろう」
「なるほど」
「ところで、ナイヴァルで戦闘が発生する可能性はどのくらいあるんだ?」
尋ねてくる二人の表情を見ると、むしろ期待のようなものが見受けられた。戦闘が起こってそこに参加したい、そういう意欲がうかがえてくる。
となると、可能性が低いとは言いづらいが。
「……何とも言えん。バシアンにいる我々は勢力的には劣勢であるが、何せ本拠地であり、総主教という、守らなければならないものを擁しているから、安易に打って出るわけにもいかない。相手次第の面が強いな」
「ということは、サンウマの港で何かしら問題が起きるということも?」
「……それはゾッとしない話だな」
本気で楽しみにしている二人を見て、頼もしいというよりも危険さを感じ、セウレラは首をすくめた。
幸い、三人が戻った頃には既にシェラビーらはバシアンに行っており、友好里に解決を図る方向に進んでいた。
「何だ、あまり面倒なことにはならないみたいだな」
レビェーデがあからさまにガッカリした様子を見せ、セウレラは苦笑する。
「レファールはそなたをかなり頼りにしているようだが、実際にはレファールとは随分違うようだな」
「あん? それは当然だろう。あいつはどちらかというと指揮官って感じだが、俺はどちらかというと戦士なんだから。良くも悪くもレファールは広い視野から物を見て、なるべく穏便な方向での解決を考える。俺はてっとりばやい解決策を求めるからな」
「ふむ。確かにそういうところはあるな。で、どうする? 現時点での対決は無さそうではあるが、将来的な火種がなくなったわけではない。一度、バシッとレファールとディンギアの面々という形でアピールしてほしいのであるが」
「そいつは分かっているよ。俺もサラーヴィーも、わざわざサンウマまでやってきて、そのまますごすごと帰りたいとは思っていないからな」
レビェーデはそう言って、頭をかいた。
「はあ、急ぎでないと分かっていれば、シュールガやワーヤン、ホーリャも連れてきてもよかったな」
「何だ、他にも連れてきたい者がいたのか?」
「そうだな。二年ぶりくらいになるからな」
レビェーデはそうは言うものの、「とはいえ、結果論だから仕方ないけどな」とすぐに考えを切り替えたようであった。
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