第17話 レファールとシェラビー②

 シェラビーは溜息をついた。


「サリュフネーテのことだが、正直に言うと、俺の中で彼女をどうこうというのはない。もちろん、シルヴィアがああなった後、ずっとサポートを受けてきたという事実については否定しようがないが、母親がいないから娘を、と短絡的に考えることはないつもりではいる。しかし」


「しかし?」


「例えばラミューレをはじめとして、ほぼ全員が現状、そう願っているのも事実だ。一方でおまえの要望もまたスメドアを通じて届いてきている。いい加減な奴だと思われるかもしれないが、俺自身、どうしたらいいか見当もつかない」


「しかし、世間は母親がいなくなったから娘を、と考えるのではないでしょうか」


「もっともだ。だから、本人と話をしてほしい」


 レファールの視線が険しくなる。いい歳をした大人が、娘のような年の離れた少女に任せているようであまり気分のいい話ではない。


「……分かりました」


 とはいえ、サリュフネーテに対して今まで何もしていない自分がいるのも確かである。その自分が唐突に「破談にしなければ敵対する」というのも無理がある。


(今まで、無意識に避けてきたこともあるからな……、その結果がこれだと考えるしかないか)


 レファールが承諾すると、シェラビーは頷いて部屋を出て行った。



 入れ替わるようにサリュフネーテが入ってきた。


 特に何かが変わるところはない。外見についてはこの二年ほどあまり変化がないようにも見える。あるいはメリスフェールの方が外見や雰囲気が大人びて見えるかもしれない。


「お久しぶりです。レファール」


「ああ、久しぶりだね、サリュフネーテ。早速だけど、シェラビー様と結婚するというのは本気なのか?」


「はい。本気です」


 サリュフネーテはあっさりと頷いた。表情を見る限り、無理をしている様子などは全く見られない。


「理由ですが打算面と、心情面と二つあります。まずは打算から申しましょうか。一部では母の後に娘が、というのはおかしいという話もあるようですが、私の認識は全く逆です。母が見込んだ人物がなすことを娘として見届けたいということに何かおかしなことがあるのでしょうか? 実の父親というわけでもありませんし」


「今回の件があったとしても、ミベルサで最大の実力者はシェラビー様である、ということか?」


 スメドアから、それをさせたのがシルヴィアであるということも聞いている。しかし、今の状況であれば仮に後妻が入ってミベルサ統一に関与してしまったら、シルヴィアの名前はほとんど残らないだろう。娘として、それが無念であるという理屈は分からないでもない。


「続いて心情面でございますが、シェラビー様はひとまず落ち着いてはいますが、完全に大丈夫というわけではありません。つまり誰かを必要としていますし、現状、私は必要とされています」


 そう言って、サリュフネーテが真っすぐ視線を向けてくる。


「翻って、貴方は私を必要としているのでしょうか? レファール・セグメント様」


「それは……」


「何となく好意を持っている。それは私も同じでした。しかし、それ以上のものはあるのでしょうか? これは責めているのではありません。私も、一時期、メリスフェールのように踏み込んでいけない自分を責めていました。結局のところ、お互い、本当に必要としてはいなかったのではないかと考えています」


 何かを言いたいが、何も言えない。サリュフネーテの言うことは確かにそうであった。少なくとも他の女性をサリュフネーテより上に持ってきたことは一度もない。とはいえ、絶対に必要だという状況は確かになかった。誰かの後押しをずっと待っていて、踏み込むことがなかったのは事実である。


「もし、シェラビー様が再度乱心なされば、ナイヴァルの無辜の人間が大勢死ぬかもしれません。それを食い止めることができるのでしょうか?」


「できない」


 疑うところのない話であった。


 レファールにできる対抗策といえば、ミーシャの信任を受けてシェラビーと対抗することくらいである。


「前々から薄々感じておりましたが、レファールにとって私である必要はどこにもなかったと思いますし、むしろ向いていないのではないでしょうか」


 そうは思わない。レファールはそう言おうとしたが、具体的に何が、と聞かれると答えられる自信がない。


「結局のところ、何となく繋がってしまって、後々禍根となるよりはこの結果の方がよかったのではないでしょうか」


 サリュフネーテが最後通牒とも言える言葉を口にした。認めたくはないが認めるしかないのか、そう思った瞬間に閃くものがあった。


「……そうだね。今は多分そうだ」


「今は? 今は、というのはどういう意味ですか?」


「……いずれ分かることだよ。君の意思は分かったし、ここに来て我儘を言ってナイヴァルをかき回すつもりはない。スメドアに言った件は取り下げることにしよう」


「そうですか。よく分からないですが、同意いただけたことには感謝します」


 サリュフネーテは不可解な顔をしていたが、真意を細かく聞いてくることはない。そのまま部屋を出て行った。



 入れ替わるようにシェラビーが入ってきた。サリュフネーテとは会話をしてはいないが。


「その様子だと、どうもうまく行かなかったみたいだな」


 様子で察したのであろう。どこか落胆したような様子を見せる。


「はい。こっぴどく振られてしまいました」


「……その割に、何だか晴れやかな顔をしているのはどういうことなんだろうな?」


 苦笑しながら問いかけてくるが、慌てることなく答える。


「サリュフネーテと話をしている時に気づいたんですよ。自分がこの件について心の奥底でどう考えていたのか、ということに」


「ほう? どう考えていたんだ?」


「それはシェラビー様相手にしてもお話はできませんよ。後でメリスフェールには言っておきますので、どうしてもというのなら彼女から聞いてください」


 突き放したような物言いに、シェラビーが慌てる。


「いや、待て。あいつは一番、俺に対して反発しているし、話すはずないだろう」


「それならそれで仕方ないんじゃないですか?」


「おまえはそうかもしれないが、俺にとっては都合が悪い。サリュフネーテの言い分が理解できないわけではないが、シルヴィアがいなくなったから、娘を、というのはやはり聞こえが悪いからな」


 シェラビーは自分に言い聞かせているようで、自分の言葉に「うん、うん」と二度頷いている。


「幸いにしてマリアージュの件があるから、二、三年は現状のままで行きたいと考えている。俺も自分の精神のことがよく分からないというのもあるから、多少様子見の時間も欲しいからな。何が分かったのかは知らないが、それまでの間に何とか理由を見つけて引き取ってくれ」


「引き取ってくれ、って物みたいに言ったら可哀想じゃないですか?」


 レファールは笑みを隠さない。今まで、自分のことも含めて分からなかったことが、今やはっきり見えていて、どうすればいいのかも見えてきた。主導権は今や自分の手の中にある。


 だから慌てることはない。シェラビーの言う、二、三年待つことも特に苦にはならない。


 解決のために必要なものは、時間だけなのであるから。

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