第16話 レファールとシェラビー①
十月十六日。
バシアンにシェラビーとスメドア、サリュフネーテらが到着した。
兄弟はまずミーシャに謁見を求めて、大聖堂へと現れる。
レファールはミーシャの要請を受けて、大聖堂で兄弟を待った。午後一時、兵士もつれずに二人が現れる。シェラビーの顔を見たレファールは、あまり変貌していないことにまずは安心した。
(敵対する、しないは別としても理性を失ったままだと大変なことになりそうだし、どうやら立ち直ったらしいのは良かった)
「総主教、この度はご迷惑をおかけいたしました」
シェラビーがミーシャに対して謝罪する。
「いいえ、私の方からも御悔やみを申します。シルヴィア・ファーロットは素晴らしい母であり、女性でありました」
「総主教の言葉を聞けば、シルヴィアも喜ぶと思います」
シェラビーはそこで少し言葉が詰まる。シルヴィアのことを考えているのであろう、ミーシャも敢えて急かしたりはしない。
およそ三十秒ほど、シェラビーは話題を変えることにしたらしい。
「また、ムーレイ・ミャグー枢機卿とアヒンジ・アラマト枢機卿が乱心してバシアンに攻め寄せたとの噂を聞きつつも、自分のことでバシアンを離れられなかったことについてもお詫び申し上げます」
「……その点についても謝罪には及びません。サンウマにいる貴方にバシアンのことまで任せるというのは到底無理でしょうから」
ミーシャはこの点でも気にした素振りはしない。
また、そうするしかないだろうということもある。今回の件ではシェラビーにかなり落ち度があるとはいえ、実力という点ではサンウマとバシアンとでは大きな差がある。ここでシェラビーを責め立てて、それで反ミーシャを鮮明にされれば自分が不利になるだけである。
とはいえ、ミーシャもただ不問というわけでもない。この場にレファールを置いておくという事実と「バシアンのことまで任せるのは到底無理」という言葉に、バシアンはレファールに任せているという意味を含ませている。鋭いシェラビーであれば当然そのことに気づくであろう。
聞いているレファールとしてみると、今後のことを考えて、頭が痛いところではある。もちろん、単独でバシアンを任せられていると公言されることは大きな名誉でもあるが。
「寛大なるお言葉、感謝いたします。今後更なる忠勤をもちまして、この恩に報いたいと思います」
「ところで、二人の枢機卿についてはどのような処分を下すのがよろしいでしょうと思いますか?」
「総主教に歯向かうというのは言語道断でございます。枢機卿を罷免しなければなりません。ただ、そこから先、個人として極刑に処するべきかというと、そこは結論を出せておりません。と申しますのも、現在、東部ソセロン地域でユマド神を信奉する過激派が勢威を得ております。今回、イルーゼン南部でボーザらの部隊を撃破したのもその過激派であります」
ソセロンという言葉に、ミーシャも不愉快そうな顔で頷く。
「女が総主教というだけで、神に対する冒涜であるとか言い出している連中だものね。そこにアヒンジやミャグーが連絡をとりあっている可能性がある。ひょっとしたら、ベッドーやネオーペもそうかもしれない。生かしておけば、彼らがソセロンの過激派に何かしら求めるかもしれないと言いたいわけね」
「そうです。ソセロン自体は貧困地域でありましょうし、たいしたことがないと思いますが、とかく過激なことを主張する連中がいると、まともな面々まで影響される可能性がございます。その一点においては面倒な連中です」
「それは同感」
どうやら、ソセロンの一派に対する嫌悪感という点では、ミーシャとシェラビーは同じ立場に立っているらしい。ユマド神の信仰派閥について詳しくないレファールであるが、両者が同じ立場にいられそうということには安心するし、「これはひょっとすると、ソセロン様様かもしれない」というようなことも思ったりする。
二人の話が平和裏に終わった後、レファールは一人でバシアンのカルーグ邸を訪ねた。
「久しぶりだな。イルーゼン北部の活躍や、バシアンでの二枢機卿とのやりとりについて聞いている。すっかりナイヴァル一の名将になってしまったな」
自身の乱心のこともあってか、シェラビーの言葉は絶賛であった。聞いていて恥ずかしくなるくらいである。
「たまたまですよ」
「フッ。相変わらず謙遜というか、自己評価を拒みたがる奴だな、おまえは。総主教を助けてくれたことについても感謝している」
「……本当ですか?」
「本当だ。あいつらが総主教を討ったとして、俺に何の得もないからな。奴ら二人の発言力があがるわ、俺が主犯みたいに扱われて更にイメージが悪くなるわ、ソセロンが喜ぶわで何一つ得するところがない。総主教との対立があるとしても、今やることではない」
「ソセロンについては、総主教ともどもかなり否定的ですね」
「当たり前だ。とはいっても、コルネー育ちのお前にはソセロンのことまでは分からなくても仕方ないか。おまえもマタリの任地についたことがあるだろうから、田舎の面々がどれだけ酷いかは知っているだろう。しかし、あれでもソセロンと比べたら天国のようなところだ。ソセロンの連中と来たら、元々ロクでもない土地に住んでいるせいか技術も認めない、ただひたすら気合と根性と精神だけを奉仕させるような連中だからな」
「それは酷いですね」
マタリでうんざりした経験のあるレファールである。「あれが天国」という言葉を聞いてしまっては、とてもソセロンを賞賛するつもりにはなれない。
「酷い。実際、さっきも言ったがたいしたこともない。しかし、あいつらは自分達がたいしたものであるかのように見せるのが得意だ。更にナイヴァル国内にも気合と根性と精神を好きな連中がいて、奴らをいいものと考える面々がいる」
「……ミャグーはそんな印象でした」
「ベッドーの爺いと、ネオーペの馬鹿も似たようなものだろうからな。おまえがイルーゼンでやってくれたアレウトとの同盟を通じて、フォクゼーレとも敵対を避けるという方針。恐らくは俺に対するあてつけとしてやってくれたのだろうが、結果としては非常にありがたいものになった。この同盟を利して、まずはイルーゼン南部を再度支配する。そのうえで、調子に乗っているソセロンを一度ギャフンと言わせる。国内のソセロン期待論をぶっ潰す必要があるからな。総主教と対立している場合ではない」
言動が流れるようであり、このあたりもシェラビーの立ち直りを感じさせる。ただ、一方で異様なまでのソセロンへの敵対心は気にかかる。
(ソセロンがロクなところでないのは間違いないのだろうけれど、シルヴィアさんが亡くなった後の失望やら虚脱をソセロンに対する憤怒に変えてしまっているのではないだろうか)
シェラビーとシルヴィアの関係も深くは知らなかったが、ひょっとするとソセロンに対してもかなり深い関係があるのかもしれない。
自分の予想が当たっていた場合、狙い通りにソセロンに勝利した場合、シェラビーがどうなるのか。一抹の不安が生まれてくる。
シェラビーはそうした様子には気づかないらしい。別の話題を切り出した。
「さて、おまえとの間ではもう一つ確認しておかなければならないことがあるな」
レファールは息を呑んだ。
自分との関係で確認しなければならないもう一つのこと。
もちろん、サリュフネーテ・ファーロットのことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます