第14話 ミャグーの事情

 バシアンにいるレファールの下にも様々な情報が届いていた。


 シェラビーがどうやら平静さを取り戻したらしいという情報には一安心したが、一方でボーザ達セルキーセ村の面々がソセロンの捕虜になっているという情報には眉を顰めざるを得ない。


「現在、ソセロンを支配している一派はユマド神信仰が強いという点ではあたし達の親族みたいなものではあるけれど……」


 ミーシャも不安そうに語る。


「親族だから仲がいいのかといえばそういうこともなくて、細かい教義で対立している部分もあるから、かえって厄介とも言えるのよね」


「どうして、そういう細かいところで対立するのでしょうか?」


 メリスフェールが不満げに口を尖らせる。


「それはまあ、『自分達がユマドの教義を一番知っているのだ』というところに面子があるからじゃないの? 神様の一番の弟子なら、全部を知っていないと恥ずかしいみたいな感じで」


「総主教様はどうなのですか?」


「あたしはそういうところ適当よ。でも、そんなものじゃない? 人間も昨日と今日で言っていることが違ったりすることが多いけど、神様だって似たようなものだし」


「本当に適当ですね……」


 メリスフェールが呆れた顔をしていて、離れたところで聞いている分には中々楽しい光景である。しかし、ミーシャの言うことももっともであるとは感じていた。


(何か適当なことを言ってしまっても、それが絶対神の言葉となると訂正できないわけだからな……)


 レファールは二人の会話を耳に置きながら、部屋の外へと出て行った。



 現在、バシアンで幽閉しているアヒンジ・アラマトとムーレイ・ミャグーの二人は、扱いに困る存在であった。おおっぴらに総主教に対して刃向かった以上は追放なり罷免で構わないのであるが、こんな二人でも支持する者は少なくない。できれば枢機卿会議で決定したいというミーシャの意向があった。


 情報を引き出したいのでレファールはミャグーに会いに行く。一時期、変な趣向があるらしいと脅されていたが、それが演技であったらしいことも分かったので苦手意識も払拭されていた。


「シェラビー様が程なくバシアンに来るということだ」


「……」


 ミャグーは仏頂面をしながらレファールの話を聞いていた。


「特別総主教をどうこうという話はないし、シェラビー様とベッドー、ネオーペ枢機卿が着いたら枢機卿会議であんた達の処遇が決まることになると思うが……」


 首を傾げながら話す。


「こう言ったら、あんた達には悪いかもしれないが、ちょっと早まったのではないのかね」


「……確かに読み違いをしていた」


 ミャグーが溜息をついた。


「といっても、カルーグ枢機卿のことではない。我々は、総主教に対する反感がもう少し強いのではないかと思っていた」


「総主教に対する反感?」


 レファールにとっては理解できない話であった。ミーシャや故人となったネイド・サーディヤのような存在がなければもっと殺伐とした政治状況になっているのではないか。


(とはいえ、マタリあたりの状況を見ると、ミーシャの曖昧な態度は嫌われる原因にもなるのかね)


 先程のメリスフェールとのやりとりを再度思い出す。


 ナイヴァルにはユマド神に頼ることで光明を見出したいという人間は少なくない。そういう者達にとっては、安易に神の救いを持ち出さないミーシャのスタイルは「自分達が何をしたらいいのか示してくれない」という不満の原因になるものなのかもしれない。


「思い当たる節があるようだな」


 ミャグーがニヤッと笑みを浮かべる。


「でも、シェラビー様にしても姿勢は変わらないと思うが」


 そもそも自分がナイヴァルに来た頃、シェラビーがもっとも神に反発的な枢機卿だという評価だったはずである。悪く言えばシェラビーがもっとも神の威光を恐れない不心得者であるはずで、それは今も変わりがない。今になってミーシャよりもシェラビーという考えになるのはおかしい。


 そのことを指摘すると、ミャグーはクククと笑う。


「確かにその通りだ。しかし、それはお前だから知っていることで、下の方にいる民衆がそこまで知っていると思うか?」


「……思わないな」


「しかも、だ。ソセロンの教主イスフィート・マウレティの存在がある」


「……ソセロンとナイヴァルの何が関係するんだ? 確かにイルーゼンで衝突して敗北はしたみたいだが、それとあんた達のしたこととは関係ないだろう」


 と言いつつも、レファールにはミャグー達の考えがある程度見えてきた。


(要はあれか。元々、宗教保守派でシェラビーと対立していたが、ソセロンというよりガチガチのところが出てきてしまった。このままだと看板に偽りありということになるから、何かスタイルを変えなければならないとなった時に、女総主教に対する反感という形にシフトしたということか。シェラビー様に対する言い訳も立つということで、彼らにはそうするしかなかったわけか。確かにシェラビー様がどうこうというだけではなく、自分達のことも考えていたのかもしれないが)


 考えの過程は分かったが、それを実行するための能力が決定的に足りなかったということらしい。しかも、そのために同性愛者のフリまでしていたとなると、憐みすらも感じてしまう。


 憐みのような視線には気づいたらしい。不愉快そうな視線を向けてきた。


「誤算だったのはベッドーの裏切りと、おまえの予想以上の強さだったというわけだ」


「私にとっては、自分が強いというよりもあんたがダメすぎたという印象の方が強いけどね……。政略はともかく戦闘ではベッドー枢機卿が揃うことを待っても良かったし、いないなら引き下がった方が良かったのではないか?」


「繰り返しになるが、私の路線からすると、引き下がるわけにはいかなかったのだ」


「で、その結果として枢機卿から罷免されかねない状況にあるわけだが?」


 レファールが首を傾げながら問いかける。


「いや、まあ、そういうことがあるんだろうな。私も気を付けるよ」


 嫌味などではない本心からの言葉であった。


 おそらく、ミャグーは「引き下がるわけにはいかない、負けるわけにはいかない」と強く考えているうちに勝利できると錯覚してきたのだろう。相手がレファールであること、その能力差がどの程度であるかということは、一切考えられなくなっていたに違いない。


(過去の話を見ても、時として、訳の分からない行動をとるものがあるが、恐らく本人はそれがうまくいくと思っているのだろうな。合理的な計算はともかくとして。思い込みというものは恐ろしいものだということを認識しておかないと)


 心底からそう思い、ミャグーの部屋を離れていった。

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