第10話 レファール・スメドア会談②

 レファールはムーレイ・ミャグーとアヒンジ・アルマトの二人の枢機卿を連れてマタリへと向かう準備をしながら、スメドアの返事を待っていた。そこに単身バシアンに来るという報告が入り、出発を遅らせてミーシャらと待つことにする。


 サンウマの動向が気になるところでもあるが、ヨハンナを引き渡して処刑して以降は大きな動きはない。


「ルジアン・ベッドー枢機卿はサンウマに入っていた模様です」


 という報告も入る。ミーシャが頷いた。


「正直、高齢という以外目立つところもない人だったけれど、経験が豊富な分、シェラビーの怒りを制御させられたのかもしれないわね。おかげでミャグーとアヒンジも連合軍を結成できなかったし、彼の行動には助けられた感があるわ」


 そんな中で九月二十五日、スメドアがバシアンに着いた。



 翌日、大聖堂の一室で、レファールはスメドアを待つ。ミーシャとメリスフェールは隣室で待機している。


 昼過ぎに長身のスメドアが姿を現した。


「お互い大変なことになったな」


 スメドアの第一声。正面の席に視線を向けて「そこでいいのか?」という態度を示す。


「本当です。そちらでどうぞ」


 レファールは席を促して座る。


「一応整理させてもらうと、まず原因はどうあれ義姉が亡くなった。兄はそれを暗殺と捉えて息子娘を処刑し、前妻ヨハンナの引き渡しをネオーペ家に求めた。兄の豹変に驚愕したアヒンジとミャグーは同時に総主教を引きずり落して兄を懐柔しようとした。その二人をおまえが倒して現在身柄を確保している。さて、これから兄に対して、どうしようという理解で問題ないか?」


「問題ないですね」


「まずはっきりさせておきたいのは、兄に対して何を求めるのかということだ。例えば、総主教を廃して兄が就くということには俺も反対だ。もちろん、レファール、おまえもそうだろう?」


「はい」


「サンウマを出ていけということもない。間違いないな?」


「当然です。シェラビー様の地位について文句を言うつもりはありません」


「地位、ときたか……」


 スメドアはピンとくるものがあったらしい。


「つまり、噂になっているサリュフネーテとの再婚については反対ということだな」


「当然です」


「反対すること自体については俺も否定はしない。兄に働きかけてはみよう。ただ、その前提として確認したいのは、仮に兄が強行した場合、おまえはどうするのかということだ? ここに来るまでに総主教を連れてマタリに籠城するのではないかという噂も聞いた」


「準備はしていますね。あと、セウレラをシェローナに派遣しています」


 それだけでスメドアには分かったようである。


「そうか、レビェーデとサラーヴィーか。あの二人は確かにおまえにつくだろうし、あの二人に総主教がいるとなると、兄と互角に戦えるだけの可能性があるな。これはサリュフネーテのことに直結すると考えても構わないのか?」


「直結?」


「つまり、兄がサリュフネーテと再婚することを譲らない場合、おまえはその条件のみでマタリで抵抗をするということか?」


「……」


 そこは思案していたところでもある。


 コルネーでも話を聞いたことがある。貴族の間では都合が変われば婚姻相手が変わることは自然にあるし、むしろ逆らう方が大人げないという評価を受けるという。


 しかし。


「そう思ってもらって構いません」


「……」


「以前、亡きシルヴィアさんが私に対してこう言いました。私がシェラビー様の腹心として生きるつもりならサリュフネーテのような娘が合っている、と。逆にシェラビー様から独立して、自分のために戦うつもりならメリスフェールの方が合っている、と」


「……なるほど。従来通りか、独立か。自分で選ぶのではなく、兄という運命に選択させようということか」


「そういうことです」


「……承知した。伝えておこう」


 スメドアの了承。それはレファールを安堵させるが、一方で疑問も浮かぶ。


「この機に独立しようという気はないのですか?」


「うん、俺か?」


「はい。アンタープを通過してきたということは、ネオーペ枢機卿からシェラビー様からの独立を持ち掛けられたのでは?」


「よく分かるな。その通りだ。兵力もあるのだし、サンウマを落とすことは不可能ではないのではないか、とな」


「そういうつもりはないのですか?」


「さしあたり、賢明なことだとは思っていない。少し長話に付き合ってくれるか?」


「ええ、まあ」


 レファールが了承すると、スメドアが深くもたれて、話を始めた。



「付き合いの浅いおまえには多分分からないと思うが、実は七年前に亡くなった父には兄を排斥して、俺を枢機卿にしようという思いもあった」


「……えっ、以前から既に」


「兄は昔から優秀ではあったが、優秀ゆえに天狗になってしまっていたんで、な。遊び惚けてしまっていて、求められることもやらない、といった具合でな」


「信じられませんね」


「とはいえ、他の枢機卿も見てみろ。そういう自堕落な環境だったんだよ。昔は、な」


「なるほど……」


 確かに、ルベンス・ネオーベ、アヒンジ・アルマト、ムーレイ・ミャグーあたりを想像すると、元から地位が約束されていて、発展性のないような人間であった。


「それが変わったのだ。彼女と出会ってから」


「シルヴィアさんですか」


 スメドアは頷く。


「もちろん、俺も詳細までは知らないが、彼女は兄を『たいしたことがない男』と評したらしい。これは中々屈辱的なことだ、な」


「そうですね。シルヴィアさんなら容赦なく言いそうですけれど」


「そうだ。まあ、実際、彼女は当時の兄とは比較にならないような優れた男とも付き合っていたらしいし。ただ、兄も自堕落していたとはいえ元来は優秀な人だから」


「シルヴィアさんに認められるようになりたいと思ったというわけですか」


「そうだ。そのための一つの目標がミベルサの統一というものだったわけだからな。動機としては不純ではあるが、それで兄が変わったのも事実だ。ただ、そこまで変えた存在であったからこそ義姉の死がもたらす影響がまた想像できないものもある。一応、俺がナイヴァルに戻って以降は危険性の高い話は聞かないが、平静さを取り戻したのか、あるいはまた爆発するかもしれないのか、それは分からない。なので、どうしようもないと判断した時の保険として、さしあたりおまえにバシアンにいてほしい」


「分かりました」


「さて、ここまでは南の話。次は北の話だ」


 スメドアの声のトーンが変わる。どこか暗い様子にレファールは不吉なものを感じた。


「リュインフェアの手紙で急いで帰ってきた関係で、東の方が片付いていない。イルーゼン南部に関しては問題ないと思うが、ソセロンが入ってきた場合にややこしいことになっている可能性がある」


「ソセロンですか。確かに、中々油断のならない連中です」


「対峙したのか?」


「対峙はしていませんが、北東の国境に兵力は出していました。戦闘中のアクシデントで国境を超えた者に対して、矢の集中砲火をするなど、かなり神経質な面々という印象は受けましたね」


「そうか。ボーザ達を残してきている。中々連絡がないところを見ると交戦している可能性もあり、気になるところだ。こちらのことも、俺がサンウマに行っている間に進展が分かるかもしれない。俺のことに気を遣わず、ボーザやセルキーセ村の連中のプラスになるように動いてくれ」


「分かりました」


「それじゃ、一日休んでサンウマに向かうとするか。全く、忙しいことこのうえない」


 スメドアは溜息まじりに大きく背伸びをした。そこにミーシャが現れて「部屋を用意しようか」と提案する。


「そうですね。今日はそうしましょう」


 スメドアも素直に従った。

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