第9話 レファール・スメドア会談①
ムーレイ・ミャグーの兵力をほぼ取り入れたことで、北側にいるアヒンジ・アラマト部隊とは兵力差がなくなった。
そうなると、指揮官の優劣は圧倒的にレファールの側にあり、更には総主教ミーシャの存在もある。アヒンジの兵士達は薄々ミーシャを狙うらしいことは知ってはいたが、決して乗り気ではない。自分達が不利な状況にあるらしいと理解すると瞬く間に戦意を喪失した。
結局、戦闘らしい戦闘もないままアヒンジも捕虜として捕まえることになる。
「七千は多いな。少しはバシアンの治安維持に当たらせよう」
レファールは二千ほどの兵力をバシアンに残し、五千の兵で北西に移動した。自分の任地であるマタリに移動し、イルーゼン南部から戻ってくるスメドアに対して使者を派遣した。
そのスメドア・カルーグはというと。
ボーザと別れて、西に向かっていたスメドアは友好的な部族の支援を受けつつ、アンタープまで戻ってきた。
アンタープはルベンス・ネオーペの根拠地であるが、そのルベンスは憔悴しきった様子で出頭してきた。
「た、助けてくれ……。いや、助けてくだされ」
と頼まれても、スメドアとしても詳細な情報がない。「どうやらシェラビーと前妻ヨハンナの二人の子供ソフィーヤとミキエルによってシルヴィアが殺されたのではないか」という情報を得ていたものの。
「二人ともまだ10歳になっていないだろう? いくら何でもそこまでするのだろうか?」
と考えていた。従って、ルベンスに頭を下げられても。
「そうは言っても、貴公かヨハンナが二人をコントロールしていたのではないか?」
とまずは答えることになる。不満そうな顔をしつつもルベンスは頷いた。
「ああ、ヨハンナがやったのだと思う。ただ、ヨハンナは既にサンウマに送っているのだ。これ以上、私に文句を言われても私だってどうしようもないのだ。お願いだから、何とか助けてほしい」
「……」
恥も外聞もなく頭を下げるルベンスに、スメドアは渋い表情となる。
(そうかもしれないが、自分の娘だろう。もう少し、こう、父親らしい威厳とかはないものなのかね……)
そう呆れるのは事実だが、さりとてスメドアにはルベンスを断罪する意思まではない。
「……まあ、成人した娘の罪を両親が負わなければならないという法はない。一応、釈明はしたいと思うが、何分、兄の怒りが相当なものらしいからうまくいかなかったとしても恨まないでくれ」
「そのことなのだが……」
「……うん?」
ルベンスが揉み手をするかのようにすり寄ってくる。
「どうだろう? いっそ、スメドア殿がナイヴァルの主となってしまっては?」
「うん、俺が?」
「スメドア殿は一万数千の兵力を有しているし、ここアンタープにもまだ二千ほどの兵はいる。これだけの兵力があればサンウマとバシアンを落とすことも不可能ではないと思うのだが」
「俺に兄と総主教を倒せと?」
衝撃的な発言を聞いても、スメドアはそれほど慌てるところはない。リュインフェアの手紙にも似たようなことが書かれていたからである。
「そうだ。本来ならネイド・サーディヤの次の枢機卿にはレファール・セグメントではなく、貴殿が就くべきだったはずだ。それをシェラビーの弟ということで無役に甘んじてきていることは多くの者が知るところである。シェラビーが乱心してしまった今、貴殿は正当な評価を受けてしかるべきではないか?」
「ふうむ……」
スメドアは腕組みをした。迷っている、と判断したのであろう、ルベンスが更に熱い口調で話し始める。
「アヒンジ、ムーレイ、ベッドーはシェラビーに迎合してバシアンに向かっている。ただ、レファールは総主教の防衛に向かうらしいという話がある。両者が潰し合ってくれればチャンスが回ってくるのではないか?」
「潰し合ってくれれば、というのは希望的観測に過ぎるな。正直、その三人とあんたまでが束になったとしても、総主教についたレファールに勝つのは無理だと思うが」
スメドアのあっさりした発言に、ルベンスが渋い顔をする。
「いくらレファールとはいえ、数倍の兵力差を覆すのは難しいはずだ」
「……バシアンに籠城すれば多少の兵力差は気にならない。それに、枢機卿の方々が一致団結できるかという疑問もある。もちろん、政治的なことであればそれもできるだろうが、軍事的なことに関してはどうだろう? 個別行動を取った一人を倒して、その兵力を吸収すればもうハンデはないも同然ではないだろうか?」
「……」
「ああ、そこまで落胆しないでほしい。俺もまだどうするか決めたわけではない。兄とレファールがどういう状況なのかをもう少しきちんと確認しなければならない」
スメドアはルベンスにはそう言って、一旦屋敷を出た。
ナイヴァル軍は当面の間、アンタープの外で待機することになっていた。
スメドアはその休憩所に近づき、指揮官の一人メムリク・アルスムを呼び出した。
「物資などはどうだ?」
「幸い、兵力が減ったこともありまして、物資に関しては問題がありません」
「ボーザやスンニ、ジェカからの連絡はあるか?」
「ないですね」
「どうしたものか……」
サンウマとバシアンの状況も気にはなるが、それ以上にボーザ達の状況も気にかかる。
とはいえ、優先順位を決められる立場にはない。連絡がない以上は、残りの二つの状況を確認しなければならない。
(リュインフェアには返事を出してあるが、戻ってくるまでまだ時間がかかるだろう。やはり一番気になるのはバシアンにいるだろうレファールの状況か)
と、考えて、スメドアははたと気が付く。
(しかし、レファールが仮に三人の枢機卿を倒してバシアンの秩序を回復したとする。そこから彼はどうするだろうか? ミーシャを擁しての現状維持以上を求めるのだろうか?)
考えているところに、メムリクが現れる。
「スメドア様、バシアンからの伝令が来ております」
「バシアンから!?」
スメドアは思わず立ち上がる。すぐに連れてくるように指示を出した。
30分後、使者が入ってきた。知らない顔であることにスメドアは意外感を覚えた。
(レファールの使者というと、セルキーセ村の連中が相場だったが、今回は我々が使ってしまっているからな)
顔の知らない使者から手紙を受け取り、中身を開く。
「ほう、バシアンに向かっていたミャグーとアヒンジは捕まってしまったわけか。うん、ベッドーは何をしていたのだろう。高齢だから動きそびれたのだろうか」
読み進めていくにつれ、スメドアの口の端が歪む。
「なるほど。そういうことか」
最後まで読み終え、手紙を閉じる。
「俺がレファールに期待していることを、レファールは俺に期待しているということだ。何とも因果な話であるな。分かった。俺がバシアンに向かおう」
「スメドア殿が? それは危険では?」
「何が危険なのだ? 俺を闇討ちでもしようものなら、兄がもっと大変なことになり、ひいてはナイヴァルが更にまずいことになる。そんなことくらい分からんレファールではあるまい。それにボーザの状況も気になるから、軍やお前達は当面アンタープに待機しておけ。俺はすぐに向かうから、馬を用意してくれ」
スメドアの指示に「なるほど」とメムリクも従う。
その日のうちにスメドアは街道を西へと向かっていった。
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