第8話 バシアン攻防戦③
バシアンを包囲している二人の枢機卿、ムーレイ・ミャグーとアヒンジ・アラマトが渋い顔をして睨み合っていた。
二人の下には、全く違う経緯で二つの情報がもたらされている。
総主教ミーシャがバシアンを諦めて外に逃げるところまでは共通していたが、一人の下には南からコルネーを目指すというものであり、もう一人のところにはレファールの本拠地であるマタリに逃げるという情報が届いていた。
これまで一時間ほど互いに自分の情報が正しいとひとしきり主張していたが、平行線をたどったままお互いに疲れ果てて睨み合っている。
「バシアンにいる兵力は多くても千だ。我々が個別に戦っても何とかなるだろう。お互い、信じるところを行こうではないか」
アヒンジの主張に、ムーレイも頷く。
「では、そういうことにしよう」
「……ちょっと待った」
自分の部隊を引き連れて、南に行こうとしたミャグーをアヒンジが止める。
「仮に、だ。お互いの情報が間違っている可能性もあるではないか」
「それがどうした?」
「いや、その可能性はお互いあるではないか」
と冷静に言われると、ミャグーも絶対的な自信があるわけではない。
「……それが何なのだ?」
「今、ここで約束を交わしておこうではないか。仮に反対側だったとしても、お互いが二番目の手柄をシェラビーに認定してもらうよう働きかけると」
「むう……」
ミャグーにとって、もしミーシャが南に逃げてきた場合、これを捕らえれば勲功第一である。しかし、確かに北に逃げる可能性は存在している。その場合に、全てアヒンジの功績となり、自分がゼロとなるのは確かに不安である。
「……良かろう。別れる前に誓約書を交わしておこうではないか」
かくして、二人は「互いが手柄を立てた場合に、もう一方も二番目の手柄として推薦する」という誓約書を交わし合い、北と南に向かったのであった。
レファールがまず選んだのは南である。
「どっちかというとミャグーの方が強いと思うけど」
ミーシャはそう分析しているが、レファールは肯定しつつも方針は変えない。
「ムーレイ・ミャグーは、自分が私達を騙しているという意識があるはずです。その分、隙があります」
「……根拠があるのなら、あたし達としては従うのみね」
ミーシャはメリスフェールを見たが、もちろん彼女も異論はない。
「よし、行きましょう。総主教は馬に乗れますか?」
「一応は、ね。ただ、総主教用の馬車でいい? メリスフェールと二人で入っておくわ」
「……いや、総主教用の馬車は相手にとってもターゲットになります。そこに入るのはまずいですね。囮としては使えると思いますが」
「分かった。馬に乗っていくわ」
「馬車の中はどうするかな。爺さん、入ってくれるか?」
セウレラはバシアンの問題が解決し次第、シェローナに向かうことになっているが現時点では行動を共にしている。
「囮の中に老人を入れるのか? 矢でも一斉に打たれたらどうするのだ? 私にハリネズミになれと言うのか!?」
予想以上の文句である。レファールは苦笑した。
「分かったよ。馬車の中は空にしておこう」
話がまとまり、レファール一行は南へと出て行った。ミャグーの部隊が一キロほど先に布陣している様子が見える。
「交渉は私がやる。ミーシャとメリスフェールは目立たないように」
レファールは先頭を行き、相手の兵士達とコンタクトを取る。すぐにミャグーが前に出てきた。
「おぉ、セグメント枢機卿。総主教は無事か?」
「もちろん無事ですとも。一緒に逃げてくれるということで総主教も馬車でお待ちです」
「そうか。一目挨拶しよう」
ミャグーが馬車に気を取られたその一瞬、レファールが後ろからミャグーの襟元をつかみ、そのまま相手の馬上でひっくり返す。
「うわ! 何をする!?」
「何をする? アヒンジと連絡をとっていたあんたが、そんなことを言えた義理なのか?」
と言い、驚いているミャグー配下の兵士達に語り掛ける。
「さて、君達。この性癖が定かではない枢機卿とともに死ぬか、それとも、我々と協力をして総主教直属の待遇を受けるか、選んでもらおうか」
レファールの連れてきた兵士が一斉に臨戦の構えをとる。隊長であったミャグーが捕らわれてしまい、しかも相手はナイヴァルで最強との評価もあるレファール・セグメントである。
「お供いたします」
数十人が従い、全員顔を見合わせたうえで頷いた。
「結構。ミャグー枢機卿、貴殿はさしあたりあの馬車の中に入っていてもらおうかな」
「えっ……?」
「もちろん、馬車の中は貴殿のみだ。エルミーズで女性達と遊んでいたという話を聞いている以上、総主教やメリスフェールと同居させるのも危険だろうし、ね」
レファールの言葉に、ミャグーは心底仰天した顔をした。
「爺さん、縛り上げて馬車の中に入れておいてくれ。さて、と」
レファールはついてくるというミャグー旗下の兵士達を見た。
(お供するという以上、信用するしかないが、こちらより多い兵士がついてくるというのも不安では、あるわな……。こういう思いはトリフタでフォクゼーレ軍が大挙して降伏してきた時以来か……)
「大丈夫よ」
思案しているレファールにミーシャが小声で話しかけてきた。
「ここにはナイヴァル総主教のあたしもいるのよ。ミャグーはともかくとして、兵士達が言葉を違えて総主教を襲うことはないと思うわ。そんなことをしたら、一家揃って地獄行きと教えられているわけだからね」
「……確かにそうですね」
コルネー育ちのレファールであるが、バシアンやサンウマでの教育も散見している。そこではユマド神の代理である総主教の立場は絶対的なものであった。枢機卿や大司教のような邪念をもつ者は別として、普通の環境で育った素朴な兵士達には総主教に逆らうような意識はないだろう。
そう理解すると、途端に肩の荷が軽くなる。
(考えてみれば、連れているのは総主教に次期コルネー王妃だ。その二人に危害を加える度胸のある連中はまずいないだろうな。ミャグーも人質にしているわけだし)
「何ならあたしから、声でもかけようか?」
「そうですね。やってもらった方がいいかもしれません。皆の者、総主教からの挨拶だ」
レファールの言葉に続いて、ミーシャが兵士達に声をかける。
「皆の者がついてくること、この総主教、ユマド神に感謝するばかりです。これより、私はレファール枢機卿に従い、北へと向かいます。皆、私を助けてください」
ミーシャの言葉に兵士達が「おおー!」と喚声をあげる。
「フフフ、連れてきて良かったわね」
ミーシャが誇らしげに笑い、レファールも素直に頭を下げる。
「いえいえ、総主教様の徳と威光には大きな期待を寄せておりましたので」
「呆れた。レファール、貴方も見え透いた嘘を言えるようになるくらいに、ナイヴァル宮廷に染まってしまったわけね」
ミーシャは言葉通りに呆れたような笑いを浮かべた。
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