第7話 ソセロンとナイヴァル

 ソセロン南西部の国境地帯セシュルト。


 イルーゼン東部の戦いで降伏したボーザら二百名がこの地に連れられてきた。


 セシュルトは街ではあるが、石造りの建物はボロボロのものが多い。北側の高原地帯が砂丘のようになっていて風が吹く度に砂が吹きつけてきて、建物を傷めつけているようである。建物のほとんどは足首くらいの高さまで砂を被っているところがほとんどで、中には膝下くらいまで砂に覆われているところもあった。


「殺伐とした街だなぁ。まさに処刑場って雰囲気か」


 ボーザが隣にいるイーゼイに話しかける。イーゼイが答えた。


「できれば楽に死ねればいいけどなぁ。生きながらカタパルトで打ち上げられるとかは勘弁してほしいな」


「そういうことを言うなよ」


 想像してしまい、ボーザもげんなりとなる。



 一時間後、ボーザ達は広場の中にある大きな建物の中に入れられた。


「……?」


 武器となるようなものは全部没収されたが、想像していたような厳しい束縛は受けない。何故だか全員集められており、縄で縛られこそしているものの、その気になれば全員一致団結して脱走を計画できそうでもある。


「何だ? 建物に火でもかけて、まとめて焼き殺そうとでもしているのだろうか?」


 全員がいぶかしんでいると、黒装束をまとったソセロンの男が現れる。


「リーダーはいるか? 我が主がお呼びだ」


 一同、顔を見合わせる。リーダーとなると、もちろんボーザとなるが、一体何の用なのであろうか。


「話をしてくれるのだろうか?」


 処刑必須と思っていただけに予想外の展開であるが、期待をしすぎるのも禁物であろう。


 ボーザは無言で手をあげた。兵士が寄ってきて、縄をほどく。


「ついてこい」


 言われて、ボーザは従うことにした。


 街には石造りの建物が多いが、ソセロン軍の幹部達はテントの中にいるようである。ボーザはそのうちの最も豪華なテントに案内される。カラフルなテントのフェルトの上にはこれまた派手な羽のようなものが無数につけられていた。


 それだけなら、ソセロンの王は見た目と同じく派手好きなのだろうと思うが、テントの頂上に見覚えのあるものがあり、思わず「おっ」と声をあげた。


(あのテントの頂上にあるのはバシアンでもよく見たユマド神を称える像じゃねえか。何でソセロンの連中がそんなものを?)


「入れ」


 考えがまとまる前に棒のようなもので押されて、ボーザはテントの中に入った。



「教主。連れてきました」


 兵士の合図に中央にいた男が視線をあげる。


 その流麗な視線に、ボーザは思わずドキリとなる。


(俺はそんな趣味はねえっつうの。しかし、こいつは何だって、こんなに綺麗な顔をしてやがるんだ。何でこんなにカッコいい髭が生えているんだよ)


 悪魔というものが誘惑をする際の姿というものは、まさしくこういうものなのかもしれない。イスフィート・マウレティの整った顔立ちを見て、ボーザはそう思わずにはいられなかった。


「おまえがナイヴァル軍のリーダーか? 真か?」


「嘘だと思うんなら、何で会うんだよ?」


 ボーザの反論に、周りにいる者が色めき立つが、イスフィートが右手で遮る。


「いい根性だ。そうでなくてはならん」


「……なあ、ちょっと聞いていいか?」


 ボーザの言葉に、イスフィートが目を見開いた。どこか宗教画の天使か悪魔のように思えた美貌に初めて人間味が宿ったようにも伺える。


「あんた、歳はいくつなんだ?」


「……それを聞いて何とする?」


「いや、正直、あんたみたいな美人の男は見たことないんで、な。女の子なら将来的にはそうなりそうな子もいるにはいたが」


 イスフィートがフッと冷笑を浮かべた。


「18だ。納得したか?」


(マジかよ。会った時の大将と同い年か。こいつもヤバイ奴だなぁ)


「聞きたいことがあるなら、もう一つ、二つは答えてもいいぞ。神は機嫌がいいので、な」


 どこかで聞いたセリフである。


「俺達はどんな殺され方をするんだ?」


 現状で一番気になることを尋ねた。イスフィートは意外そうな顔をする。


「何だ。殺されると思っているのか?」


「殺さないのか?」


「……フン、他所にどう伝わっているかは知らんが、我々ソセロンはお前達ナイヴァル人に対して親近感を抱いているぞ。同じ神を信仰しているわけだからな」


「やはりテントのあれはユマド神……」


「だが、ナイヴァルには正さなければならないことが多くある。ユマド神に敬虔でない街が多数あると聞いているし、トップが女というのは度し難い話だ。とはいえ、貴様たちは少数にも関わらずよく戦った。ユマド神は勇者を称え給うだろう」


 イスフィートが頭蓋骨を象ったグラスを掲げた。


「ということは、結局俺達はどうなるんだ?」


「先程も言ったように、我々はナイヴァルに対して強い敵意はない」


(味方の死体をバンバン打ち込んできて言うことかよ……)


 ボーザは内心でそう思うが、もちろんわざわざ波風立てるようなことはしない。


「従って、ナイヴァルの出方いかんによってはお前達を国に帰すことも考えている」


「……何の条件なんだ?」


「イルーゼンを攻撃する際に、協力をしたいということだ」


「いや、ちょっと待ってくれよ。あんた達ソセロンは、イルーゼン側にいたじゃないか?」


 ボーザの反論に対して、イスフィートが掌を向け「待て」とジェスチャーする。


「今は、我がソセロンにはまだフェルディスに逆らうだけの力はない。10年。10年後には並ぶだけの力を得る。その場合にはイルーゼンを支配し、共にフェルディスを食らおうではないか」


「つまり、将来的な約束ということか?」


「そうだ。ま、もちろん、おまえ達は貴重な交渉材料でもある。相応の身代金はいただきたいところではあるが、な」


「いやいや、身代金を取りつつ、将来は協力しようというのはおかしいんじゃないのか?」


「ほう。ならばお前達は何としたい? 反対して死にたいと?」


「……そういうわけではないが」


 個人的にはこの美形の王にはかなり腹が立っている。こいつの言いなりになるくらいなら雄々しく死んだ方がマシだという思いもないではない。


 とはいえ、ボーザは今や二百人の仲間の命も背負っている。自分のせいで残りの者まで殺されるということはあってはならない。


「……あんた達の言うことが認められるかは分からんが、ミ……シェラビーの旦那に聞いてみればいいんじゃないか?」


 イスフィートは先程、ユマドの総主教が女であるとはとミーシャの存在について不快感を露にしていた。となれば、交渉する相手はミーシャではなく、シェラビーであり、その窓口としてスメドアということになるのだろうと考えた。


 もちろん、ナイヴァルで起きている状況について、ボーザは全く知らない。従って、ミーシャでないならシェラビーだろうという考えになるしかなかった。

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