第6話 バシアン攻防戦②

 バシアンの大聖堂に入ると、ミーシャとセウレラの姿があった。


「爺さん、誰かしら使者に出せるような奴はいないか?」


 レファールはセウレラにすぐに尋ねる。


「どこに出すのだ?」


「シェローナだ」


「……シェローナ? ああ、ディンギアの港町か。うーむ……」


 セウレラは考え込む。


「使者として出せる者は何人かいるが、サンウマからシェローナまで行ける者がいるかどうか。バシアンから来たとなると、疑われるかもしれないし」


「だったら爺さんが行ってくれ」


「何だと? そなた、私を幾つだと思っているのだ?」


「少し前にはイルーゼンにも行っていただろう。それにレビェーデやサラーヴィーを説き伏せることができるのも私か爺さんしかいない」


「むむむ」


 セウレラは不満げな顔をしているが……。


「全く、老人をこき使うとは、ロクな死に方をせんぞ」


 最終的には従うこととなった。



 セウレラにシェローナ行きを頼んだので、次はミーシャと向かい合う。


「さて、バシアンはこのままだと完全に包囲されることとなります」


「そうね……」


 ミーシャも否定はしない。


「私が考えるに、ここにいると選択肢は非常に限られてしまいます。総主教の立場として、バシアンを出たくないとは思いますが、戦略・戦術面を考えると、一旦抜け出るのが吉だろうと思います」


「異論はないわ。それで逃げる先は?」


「向かう候補は三つあります。まずは、一応、私が根拠地としているマタリです。ここならナイヴァルを出ないまましばらく時間稼ぎができるというメリットがあります。ただし、ナイヴァル国内であるため、他国の援軍は期待できず、打開策として不十分なデメリットがありますね。次に山を突っ切ってセルキーセからプロクブル方面に向かうルート、要はコルネーへの亡命ですね。この場合、メリスフェールを通じてクンファ王、私はフェザート大臣を通じて働きかけをしてみます」


「残る一つは?」


「セウレラの爺さんと一緒にシェローナに向かいます。新天地だから全ての役職を失うことになりますが、逆に完全な自由を手に入れることはできます」


 ミーシャは「うーん」と唸り、思案する。


「レファール的には最後から順番にお勧めしたいんだろう、とは思うわ。ただ、さすがに総主教の地位を18年務めてきて、『やばくなりました。さよならー』って言うのは無責任過ぎるとも思うのよね。だからナイヴァルをすぐに離れるというのは……」


「そうなりますね」


「我儘を言って悪いわね」


「いや、まあ、総主教としては仕方ないんだろうとは思いますよ。それではまずはマタリに逃げましょう」


 三人の意見がまとまった時、兵士が一人駆けこんできた。


「申し上げます。ムーレイ・ミャグー枢機卿からの密使がやってきておりますが」


 レファールはメリスフェールの顔を見た。


「多分、味方のふりをして入ってきて、頃合いを見て総主教を人質にとるとか、暗殺するとかするんだと思う」


「……だろうな」


 ミーシャも頷いたが、兵士には「とりあえず通しなさい」と答えた。



 15分後、細身のローブを着た男が入ってきた。


「ミャグー枢機卿からの密書でございます」


「ご苦労様」


 ミーシャは密書を手にして流し読みをする。


「……何と?」


「おおむね想像通りね。自分は総主教への忠誠を尽くすために来た。バシアンをレファールと共に防衛したいので、中に入れてほしい、と」


「何で私の名前が出てくるんだ」


 レファールは苦笑する。


「それはまあ、あたしには忠誠を尽くし、レファールには愛を見せるという恰好を示したいんじゃないの?」


「嫌な話だな……。とはいえ、サリュフネーテの話によるとそういうスタイルというのはあくまでモーションらしいし」


「どうする?」


「部隊まで入れられてしまいますと、他の枢機卿軍を連れ込まれるから問題外です。とはいえ、少数で入ってこいと言っても入ってこないでしょう」


「じゃあ、先に攻撃して忠誠を示すまで入れないとでも言っておく? それを言えば、向こうも適当な理由をつけるなりして待機しているだろうけれど。どうせバシアンから出るのなら、無理に相手をする必要はないとも言えるわね」


 いずれ抜け出すのであれば、無理に相手をする必要はなく放置しておく。ミーシャの発言は一見すると無難な路線ではある。


「あくまで安全だけを考えるならそうなります。ただ、我々は一方でスメドアと交渉する必要もあります。そのためには、殺伐とした話ですが、枢機卿の部隊を一つや二つは破壊しておく必要があります」


 バシアンからマタリにただ逃げた場合、イルーゼンから戻ってきたスメドアも「他の枢機卿と組んでマタリにいるレファールとミーシャを追い払おう」と考えるはずである。スメドアに対して「レファールは侮りがたい」という印象を与えないと、共同戦線の目は消えてしまう。


「どうするわけ?」


「ミャグーの遣いには『総主教はバシアンから南に逃げてコルネーに向かう予定なので、迎えに来てほしい』と伝えましょう」


「逃げる予定ではないのに?」


「はい。その一方で東にいるアヒンジには『総主教はレファールを頼ってマタリに逃げる』と伝えます」


「うん? 二人の枢機卿に違う方向に逃げると教えるわけね。そうすると、多分、二人ともそれぞれの情報を元に手柄を独り占めにしようとするわね」


 ミーシャが苦笑した。


「枢機卿の上に立つ総主教が、『枢機卿共が協力するわけがない』なんて断言するのもどうかとは思うけど」


 ミーシャの言葉を受けてメリスフェールが頷いた。


「南北に散らせて、北に直行しようというわけね?」


「いや、それじゃ面白くありません」


「面白く、ない?」


「相手を二つに分けた以上は、両方叩いて、敗残兵力も引き連れていきたいと思います。スメドアに圧力をかける要素はいくらあってもいいわけですし」


 レファールの言葉に、ミーシャもメリスフェールも揃って「そんなことができるの?」という顔をしたが、すぐにメリスフェールは「あれ?」と首を傾げる。


「でも、両方倒せるならバシアンから出る必要はないんじゃないの?」


「違うわよ。メリスフェール」


 ミーシャが答えた。


「スメドアに関する圧力を考えれば、マタリの方がいいのよ。だって、バシアンにいるとレファールは総主教の支配下にいると思われるけど、マタリに行けば総主教がレファールに従っているという評価になるんだから。どちらが怖いかは論ずるまでもないでしょ。しかも、マタリは街の生産力としては微妙だけど、西側が山なので防衛に関してはバシアンを上回る。徹底抗戦の構えを見せてスメドアに対して圧力をかけたいわけ。ただ、スメドアと協調できるのかしら?」


「できると思います。向こうにはボーザを始めセルキーセ村の面々もいますし」


 多少楽観的かなと思いつつも、レファールは前向きな答えを返した。


 実際にはこの時点でスメドアらはボーザらと別行動をとっており、更にはボーザを始めとしたセルキーセ村の面々がソセロン軍の捕虜となっている。


 そのことについては当然、レファールの知るところではなかった。

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