第5話 バシアン攻防戦①
イルーゼン、ボルカイでメリスフェールから顛末を聞かされたレファールは、ただ茫然と口を開けているだけであった。
「なるほど。そんなことが……」
ここまで事態が変わってしまうとは。メリスフェールがここまで来たという事実から相当な事態を予想していたが、それをも超える重大な状況にただ、ただ圧倒される。
「ずっとシェラビーの下にいた私がこんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないけれど、総主教を守ってほしいの」
「信じるよ。危ない思いをしてここまで来てくれたんだからね。ただ、守るにしてもどうすればいいものか。まあ、ここでのんびりしている時間もない、馬に乗りながら話そう」
レファールはすぐにヒパンコ族から馬を二頭ほど譲り受け、南へと向かう。
「枢機卿軍団はともかくとして、ミーシャも言っていたが、シェラビー様やスメドア様相手は辛いな。私には兵力がないから、バシアンでの籠城にはどうしても限界がある」
「コルネーに行くっていうのはどう?」
「コルネー?」
「私から、クンファ王に頼んでみたら、亡命できるんじゃないかしら……」
「亡命か……」
確かにメリスフェールが頼めば、クンファは聞き入れてくれそうである。レファールについてもフェザートやその一味との間に話を通せるルートがある。
「問題はミーシャが『分かった』と言ってくれるかどうかだが……」
「まずは枢機卿軍団の件を片付けてからだって言われたわ」
「なるほど。ミーシャとしてみても、誰が敵で誰が味方か見極めないといけないだろうからな……。とは言っても、正直、見極める余裕があるのかという気もするが」
既に枢機卿が全員敵だという。そうである以上、誰がミーシャの味方をするのか。結局のところ、ダメ元で自分とメリスフェールを信じるしかないのではないかとも思う。
「しかし、ミャグー枢機卿に注意しろというのはどういうことなんだろうな」
「あの人、同性愛っぽいのは演技らしいのよ。姉さんが言っていたわ」
「何で分かったんだ?」
「エルミーズでこっそり女と遊んでいたんだって。姉さん、帳簿の管理好きだから、誰がどのくらい使っていたか知っているみたい。多分お母さんより詳しいと思う」
「なるほど……。となると、サリュフネーテが持つ情報で大司教が逆らえなくなるというのも厄介だな。リュインフェアが魔法で監視していたというのもびっくりだが……」
レビェーデとサラーヴィーの友人であったアムグンのことを思い出す。セルフェイ・ニアリッチが「シェラビーのスパイ」と言っていたことが期せずしてつながったこととなった。
「ねえ、レファール」
「何だ?」
「……姉さんのこと、どう思っているの?」
「……」
「私の責任なの。私がお母さんに言われたことを守らずにソフィーヤとミキエルのことをシェラビーに告げたから、そうでなくても酷い事態が更に酷くなって……。だから、姉さんのことを恨まないでほしいの」
「恨むはずはないよ」
レファールはメリスフェールの髪を撫でる。
「私がしっかりしていれば、そういう選択は採らなかったのだろうし。責任があるとすれば、私の方だ。何とかしなければいけない」
「何とかって?」
「シェラビー様が本当にサリュフネーテを妻にしなければならないほど狂ってしまっているのであれば、ナイヴァルのためにも何とかしなければならない。幸いにもスメドアが戻ってきているようだから、連絡を取って、場合によってはサンウマをスメドア主導に持っていくことくらいはできるはずだ」
「でも、兵力がないんじゃないの?」
「兵力はないが、多少借りを作ってもレビェーデやサラーヴィーを呼び寄せることができれば反攻できないわけではない」
「そうか! レビェーデとサラーヴィー達がいたわね」
「シェローナも海運に恵まれた位置にある以上、サンウマでの権益には興味があるはずだ」
「確かにシェローナがディンギアで勢力を増やしていることを忘れていたわ。ナイヴァルにとっては良くないけど、これをもちかければシェラビーはともかく、スメドアさんなら適切な判断をしてくれるはず」
メリスフェールの顔に生気が戻る。
「あ、だけど、彼はいないよ」
「……彼?」
「ほら、あのカッコいいティロム王子」
「ティロム……? あっ!」
メリスフェールの顔が赤くなる。一度だけ会った時のことをもちろん思い出したのであろうが、顔が赤くなった原因はそれをレファールに見られていたという恥ずかしさの方が大きいのであろう。
「アハハハ」
「笑いごとじゃないでしょ! 今はそういうことを話している場合じゃないんだから!」
「今は、ということは、そうじゃなければやっぱり気にしたいんだな」
「コラ! レファール! 人の発言の揚げ足を取るな!」
メリスフェールが手近にあった何かをレファールに投げつける。
「痛っ! こら、石は痛いって」
「知らないわよ! 英雄なんだから、石くらい平気でしょ!」
メリスフェールからの石攻撃はしばらくの間続く。実際の痛いのではあるが……。
(ま、落ち込んでいるよりは怒っている方がいいか……)
レファールは頭を押さえつつ、石が止むのを待つことにした。
メリスフェールらを連れてバシアンに戻ったのは九月十七日のことであった。
「おっと……。さすがに攻撃が始まっているか」
既に東には三千程の部隊が見えた。旗を見る限り、アヒンジ・アラマトのようだ。
「この調子でムーレイ・ミャグーやルジアン・ベッドーらもやってくるとなれば馬鹿には出来ないな。ただ、まだ着いていないのは幸いだった」
「どうするの?」
「気にすることはない。真っすぐ行こう」
レファールはこともなげに言う。「えっ?」と戸惑うメリスフェールに、レファールは簡単に要旨を説明する。「ああ、そうか」と納得し、供も含めた三人が向かう。
「ちょっと待った」
アヒンジの兵は三千と少ないが、当然、街道などには見張りを派遣している。堂々と正面から向かうと声をかけられた。
「何? 私達はサンウマから、総主教に降伏を呼びかけにきたのよ? シェラビーの義理の娘で次期コルネー王妃のメリスフェール・ファーロットのことを知らないわけ?」
メリスフェールがジロリと睨みつける。
「そ、そういえば……」
兵士達は戸惑いながら、今度はレファールを見上げた。
「レファール・セグメント枢機卿も連れてきたのよ。文句あるわけ?」
「た、確かにレファール・セグメント枢機卿ですね。分かりました。お通しします」
すんなりと引き下がった。
城門へと向かいながら、メリスフェールが呆れかえる。
「あの兵士達、あとで怒られるんじゃないかしら?」
「大丈夫だろう。私達が敵だったと知れば、そんな奴らは見なかったことにするだろうから」
「……そうかもね」
レファールはバシアンの城門の外から呼びかける。
「レファール・セグメント枢機卿だ。セウレラ・カムナノッシから呼ばれてやってきた。通してくれ」
兵士達が確認に行く間、メリスフェールが目を見張る。
「セウレラさんから呼ばれていたの?」
「いない。でも、あの爺さんなら、必要だと判断して開けてくれるだろう」
「開けてくれないなら?」
「あの爺さんがいらんと言うのなら、外で様子を見ていればいいだけさ。あの爺さんは足下のことはともかく、それ以外のことはきちんと判断できるはずだ」
レファールは腕組みをしながら、門の外で待つ。
20分もしないうちに城門が開き、門番が「大聖堂でお待ちです」と声をかけてきた。
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