第4話 頼れる姉②

 姉の選択に納得がいったわけではない。


 しかし、それでも彼女がその道を選ぶと言うのなら、メリスフェールにはそれ以上、言うことはなかった。


「分かった……。私、総主教とレファールのところに行く。でも、リュインフェアはいいの?」


 どちらかというと、リュインフェアはほとんど屋敷を出ていない。そんな彼女が、いきなりスメドアのところに行くことができるのだろうか。


 サリュフネーテが代わりに答えた。


「スメドアは総主教を守る必要がないから。仮にリュインフェアが急いで動いたら、貴女が不利になるわよ」


「あ、そうか」


 ミーシャが追放、もしくは落命した場合、スメドアにとってどうなるか。


 仮に今まで通りシェラビーの下につくのなら、スメドアはナイヴァルのナンバーツーになれる。一方、もし、シェラビーを出し抜く場合には、スメドア自身が総主教になれる。誰かがミーシャを追放したり、殺害したりする分には、スメドアにとってもメリットが大きい。となると、スメドアに早く知らせるのはメリスフェールにとってかなり不利となる。


「あと、年齢的に問題がないのなら、リュインフェアがシェラビーと、という選択肢もあったのだけれど、魔法はともかく、今のシェラビーを精神的に支えるのはリュインフェアには無理でしょ」


「魔法?」


 メリスフェールは驚いた。リュインフェアもびっくりしている。


「ええ、屋敷でずっと魔法使って、監視していたんでしょ。何人かの人を使って」


 リュインフェアが露骨に「ギクリ」と体を震わせた。


「い、い、いつから知っていたの?」


「確かサンウマやトリフタで戦いをやっている頃だったかしらね。最初は『へえ、凄いなぁ。魔法使えるんだ』と思っていたけれど、途中からは大変そうだったわね」


「……」


 末っ子なので元々小さいリュインフェアであるが、更に小さくなった。色々聞かれたくないこともあるらしい。


「ということで、一旦魔法から離れてみたらいいんじゃないかしらと思ったわけ。どう?」


 サリュフネーテの問いかけに、リュインフェアは答えない。ただ無言で頷くだけであった。



 リュインフェアは「スメドアに手紙を書く」と言って、部屋を出て行った。その場にサリュフネーテとメリスフェールの二人が残される。


「でも、姉さんって何でも知っていたのね」


 メリスフェールはサリュフネーテの情報量の多さに舌を巻いた。と、姉は舌を出す。


「凄いでしょ、と言いたいところだけど、半分くらいはお母さんの手紙にあったわ」


「お母さんの手紙?」


「ええ。さすがにソフィーヤとミキエルのことは考えてなかったと思うけど、体調が悪かったみたいだから最悪の事態は想定していたみたい」


「そうだったの!?」


 ガーンと何かで殴られたような衝撃を受けた。


 自分は母親から何も聞かされていない。長い時間を一緒にいたにもかかわらず、リュインフェアのことも、シェラビーのことも。


(私、お母さんから信用されてなかったんだ……)


 ショックを受けるが、思い当たる節もある。母から「言わないように」と厳命されていたのにシェラビーにソフィーヤとミキエルのことを伝えてしまった。自分が黙っていた場合に事態がどれだけ変わったかは分からないが、ここまで酷くならなかった可能性は高い。


(……信じてもらえなくて、当然なのかな……)


 姉は母に似ていると痛感した。恐らく、母もサリュフネーテに同じ思いを抱いていたのだろう。


「落ち込んでいても仕方ないでしょ。メリスフェールは大人びているとは思うけど、まだ13歳なのよ。お母さんが真面目に相談するには子供なのよ」


 サリュフネーテが笑いながら肩と叩いてきた。


「悔しいと思うなら、もっとしっかりしないとね」


「うん……」


「じゃ、バシアンとレファールの件は任せたから。従者は門のところで待っているはずよ」


「分かった。元気でね、姉さん」


 メリスフェールは急いで外へと向かった。



 エルミーズに務めていたらしい従者とともに、まずはバシアンに向かった。


 十日後、たどりついたバシアンには敵の手は迫ってきていない。平穏な街並みだが城壁を修繕している等緊張感はいつもとは比較にならず、情報が伝わっていることは間違いないように見受けられた。


 ともあれ、ひとまず安堵して、メリスフェールはミーシャに面会を求めた。


 面通しは叶うが、さすがに警戒されているのであろう。応接室には衛兵が三人ついてきた。疑われていることは辛いが、ミーシャが高い自衛意識を持っていることはありがたいこととも言える。


 出てきたミーシャの表情は硬い。


「……報告は聞いているわ。大変だったみたいね。いや、今も大変なのか」


「はい。姉からはミャグー、アヒンジ枢機卿の動きに気を付けてほしいと言われています」


「そうね……。イルーゼン攻撃でシェラビーに従う道を決めたのだし、彼らにしてみるとシェラビーに迎合するしかないわね」


「……」


「セウレラやイダリスがいるから、ネオーペ、アヒンジ、ミャグーくらいなら何とかなると思う。ただ、シェラビーか、スメドア。あるいはレファールが来られたらお手あげね」


「……はい。何とかレファールにバシアンを守ってもらいたいと思っています」


「……ふうん」


 ミーシャは不思議そうな顔をしている。


「それは有難いけれど、貴女にそこまでしてもらう理由もないような気がするのだけれど」


「総主教様はそう思われるかもしれません。ただ、姉さんはシェラビー、リュインフェアはスメドアと別々につくことにしました」


 不思議そうな顔から一転、驚いた顔つきになった。


「で、貴女が私とレファールというわけだ。誰が勝ったとしても、三人の誰かが残るみたいなやり方なわけね?」


「はい」


「そうか。スメドアとシェラビーが対立する可能性もないではないのか。軍はスメドアが持っているわけだし、ね。ただ、ソセロンが動くかもしれないということで南部の方は簡単には帰ってこられないかも。ということは、レファールが戻ってくれば……。でも、厳しいわね。レファールには兵力がないわけで、今からバシアンで兵を集めるのも限界があるか」


「はい。ですので、場合によってはコルネーに亡命することも」


「コルネーに亡命?」


 ミーシャが目を見開いた。が、少し考えて合点が行ったと頷く。


「そうか。確かに貴方ならクンファを動かすことができるし、レファールもコルネー出身だしね。うーん」


 少し考えたミーシャだが、首を左右に振る。


「ただ、その回答はまず枢機卿連をどうにかするまでは保留ね。その間にも事態が変転するかもしれないし」


「そうですね」


 メリスフェールも頷いた。


 ミーシャの「変転」の中には自分の翻意も含まれているということを理解していた。それだけ疑われているわけではあるが、この状況では仕方がない。


(現時点で安全だし、セウレラ大司教やイダリス大司教がついてくれているなら、レファールさえ連れて来れば何とかなる)


 そう考え、すぐにバシアンを出た。


 遠くイルーゼンの地を目指し、従者とともに北へと向かった。

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