第3話 頼れる姉①
サリュフネーテがサンウマに駆けつけてきたのはシルヴィアが亡くなってから三日目のことであった。
メリスフェールはこの時点で既に疲弊しきっていた。
既にソフィーヤとミキエルはこの世になく、カルーグ邸ではヨハンナの引き渡しに対する強硬論が飛びかっている。
何よりも悲しいのは、日々過激になっていく下級幹部の発言である。スメドアがボーザをはじめ、中堅以上の幹部を多く連れていってしまったため、残されている下級幹部は今が出世のチャンスと考えたのであろう。シェラビーの怒りに迎合して過激な発言をする者が多い。ヨハンナはもちろん、バシアンを攻略してナイヴァルを掌握すべきというような信じられない意見まで飛び出している。
「待たせたわね、メリスフェール」
「姉さん!」
メリスフェールはサリュフネーテにしがみついて泣き出した。
姉は妹を宥めながら冷静に誰もいないことを確認すると、自室に入り、話を始める。
「……メリスフェール、危険だけどレファールのところに行ってくれない?」
「レファールのところに?」
「ええ、イルーゼン北部にいるらしいから、本当に危険なんだけど」
「それは構わないけど、レファールが戻ってくるまでにはヨハンナさんは……」
イルーゼンに行って戻ってくるまでには三か月は絶対にかかる。ネオーペ家がそれだけの期間シェラビーの追及に耐えられるとは思えない。
「ヨハンナさんはもう諦めるしかないわ。それより総主教を守らないと」
「総主教を?」
「私、エルミーズでも、ここに戻ってくるまでにも色々聞いたけれど、アヒンジ、ミャグーといった枢機卿が総主教を殺して、シェラビーを総主教にするかもしれないって」
「嘘!?」
メリスフェールは思わず悲鳴をあげた。
「乱心しているシェラビーに迎合して、少しでも地位を保ちたいっていうのはサンウマの人達だけに限った話ではないのよ。だから、レファールのところにも行ってもらいたいのだけど、先にバシアンに行って、伝えて頂戴。特にミャグーが危険だわ」
「わ、分かった。姉さんはどうするの?」
「私はシェラビーをなるべく止めるように努めるわ」
「そんなことができるの?」
自分も何とかやり過ぎを止めようとしたが、何一つできていない。妹のリュインフェアはそんなことを努力するだけ無駄という姿勢のように見える。サリュフネーテが出来るかということに関しては甚だ疑問であった。
「あなたはそういうところが生意気なのよ。ちょっとは姉を信用しなさい」
「う、疑ってはいないわよ。でも、私が言うことは全く聞いてくれなかったけれど……」
「貴女じゃお母さんの代わりにはなれないからよ」
「……そうなの?」
納得はいかないが、サリュフネーテがあまりにも自然に言うので、そんなものかもしれないと納得する。
「それじゃ、姉さんにお願いするわ。バシアン行きとレファールの件は任せてちょうだい」
「うん。任せたわよ」
サリュフネーテが微笑む。
その時点ではメリスフェールは頼もしい姉だ、と単純に思った。
翌朝、メリスフェールは部屋で準備を整えると、姉の部屋へと向かった。護衛の女性を用意すると言っていたからである。
と、部屋の中から激しい言い合いが聞こえる。リュインフェアの声であった。
「そんなの認められるわけないよ!」
「……ラミューレをはじめ、現在サンウマにいる面々には話を通してあるわ」
動揺する妹に対して、姉がびっくりするくらい冷たい声をかけている。
「……何の話なの?」
顔を覗かせたところ、リュインフェアが近づいてくる。
「あ、姉さん! 聞いてよ。サリュフネーテ姉さんが、来年シェラビーと結婚するって」
「えぇっ!?」
メリスフェールは仰天して、姉の顔を見た。
「冗談よね?」
「冗談で、こんなことを言うと思う? もうラミューレ含めて、シェラビー以外の幹部全員に言ってあるわ」
「な、何で?」
「シェラビーにはお母さんの代わりになる人が必要だということよ」
「だからって、何で姉さんがシェラビーと!? 原因を作ったのは私なんだから、それだったら私が」
「貴女には無理よ。年齢もまだ無理だし、コルネー王妃ということが決まっているでしょ。それより何より、貴女は諦めが悪いから」
「……ッ」
メリスフェールは姉を睨みつけた。確かにその表情には諦観めいたものがある。
「レファールはどうするのよ? みんな、姉さんはレファールと結婚するって思っているはずなのに」
「メリスフェール、ちょっと座りなさい」
「……」
サリュフネーテの指示通り、メリスフェールは椅子についた。リュインフェアも隣の椅子に座る。
「メリスフェール、リュインフェア。マリアージュも含めて、私達は母さんの娘よ」
「い、いきなり何なのよ?」
「これから、私達三人は別々の道を行かなければいけないの。メリスフェール、貴女はレファールにつきなさい。リュインフェア、貴女はスメドアにつくの」
「……どういうこと?」
「未来のことは分からない。だけど、シェラビー、レファール、スメドアの三人についていれば少なくとも誰かは残ると思う」
「三人が、戦うって言うの?」
「そこまでは分からない。ひょっとしたら、私の考えすぎかもしれない。でも、レファールがミーシャについて、シェラビーと戦うくらいのことは想像できるでしょ?」
「……だから、私がレファールのところに行くわけね」
メリスフェールにも姉の意図は分かった。コルネー出身のレファールと、コルネー王妃候補の自分がミーシャにつくことで、シェラビーに対抗できるのではないかという考えがあるのであろう。
そこでハッとなる。シェラビーとスメドアは兄弟なので対立するようには見えない。しかし、スメドアがいつまでも弟の立場に甘んじているかというとその保証はない。軍を有しており、シェラビーが常軌を逸しているこの状況は、スメドアが兄を超える千載一遇の好機であった。
「もしかして姉さん。自分が一番の危険を引き受けて……」
サンウマの下級幹部、他の枢機卿、全員がシェラビーの暴威に怯えている。自分もそうであった。そのために、簡単に気づくことを見落としていた。
確かにシェラビーはレファールとスメドアも従えていて、一見すると盤石である。しかし、その二人が反旗を翻した場合、実は一番不利な立場でもある。
そのシェラビーのそばにいる道をサリュフネーテは選ぼうとしている。
気遣う視線に気づいたのか、サリュフネーテは微笑する。
「心配してくれてありがと。でも、そこまで善人じゃないわよ。だって、そこさえ乗り越えたらシェラビーが一番有利でしょ」
「うっ、ま、まぁ……」
「シェラビーの母さんに対する思いは本当だし、本気で怒っているのも確かだけど、演技の部分もないわけではないのよ。見落としがあるとすればレファールはともかく、スメドアが反旗を翻すことはないと思い込んでいることね。そこさえ指摘できれば、私が一番有利じゃない?」
「……なるほど。でも、それでいいの?」
サリュフネーテの言うことは確かに正しい。
サンウマの現状を見ていただけでも、バシアン周辺でもシェラビーの豹変に驚いて迎合しようという動きは少なくないはずである。自分に対して総主教を守るようにと言っているが、実際問題、レファール一人ではミーシャの命を守るので精一杯であろう。ということは、枢機卿のクーデターからミーシャが追放、シェラビーが総主教にという流れも十分ありうる。シェラビーの後妻にサリュフネーテが入るなら、その地位も当然に上がる。
「いいとか悪いっていう問題じゃないのよ。私達は一人で道を切り開く力なんかないでしょ。誰かと協力して生きていくしかないわけだから。それは三年前からレファールがどうこうと言われていたし、そうなるのかなと思った時もあったけれど、物事には絶対もなければ永遠もない。文句言っていても仕方ないわ。切り替えないとね」
サリュフネーテの言葉を聞いて、メリスフェールは理解した。
姉は母に似ている。本心はともかく、事態に合わせて二番目三番目の考えでも構わないと切り替えられる。
自分には、それは絶対に無理である。表面上の納得だってできそうにない。
(私なら、絶対に嫌なことなら死ぬことを選びそう……)
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