第2話 怒れるシェラビー
部屋の中から号泣の声が聞こえる。
メリスフェールは部屋に入ろうという気にもならず、その場で唇を噛み続けていた。そうしていると、抱きかかえているマリアージュが再度泣き始める。
「ああ、ごめんね。静かなところに行こうね。リュインフェア、ここはちょっとお願いね」
「いいよ。私がマリアージュを連れていくわ」
リュインフェアが手を伸ばして、マリアージュを抱きかかえる。
「姉さんはシェラビーに言いたいことがあるんでしょ?」
そう言って、一人部屋の中に入っていった。
「お義父さん、姉さんが話したいことがあるんだって」
「ちょ、ちょっと……」
言うつもりではいたが、今、シルヴィアが死んだばかりのタイミングで言わなければならないというのは気が重い。勝手に話をするなと思う。
「じゃ、あと、よろしく」
思惑を他所にリュインフェアがマリアージュを抱えて外へと歩いていった。
しばらく逡巡していたメリスフェールだったが、仕方ないので中に入る。
既に医師の手でシルヴィアの顔には布が被せられていた。そこにすがりつくようにシェラビーが座り込んでいる。気配に気づいて振り向いた顔は、この短時間でそこまで腫れるものかと思うほど赤く腫れあがり、痛々しい。
「ここで何があったんだ? メリスフェール?」
リュインフェアの話したい事、の意味をどうやらシェラビーは正確に察したらしい。誤魔化すようなことはとても言えない雰囲気である。
「えっと……」
それでも一瞬、迷う。
言うならスメドアかレファールに、という母の言葉が蘇ってきた。
また、気付け薬を大量に服用という医師の言葉からすると、二人も決して悪意があったわけではなく、ひょっとしたら弱っているシルヴィアを助けようという思いもあったのかもしれない。
(でも、そうだったなら逃げるのはおかしいよ。やっぱり、見過ごすことはできないわ)
メリスフェールはそう考え、シェラビーに告げる。
「直前まで、ソフィーヤとミキエルと、彼らと仲のいい従者の人がいました」
「ソフィーヤとミキエル?」
「はい。マリアージュが危険だと思ったので、連れ出していて、戻ってきたらリュインフェアと痙攣しているお母さんが」
シェラビーの表情が憤怒の色を帯びた。医師と声を聞き駆けつけてきた二人の衛兵に指示を出す。
「ラミューレに伝えろ! サンウマの北の街道を封鎖せよと。ソフィーヤとミキエルがいたなら、必ずサンウマに連れ帰ってこい。あと、二人の後見役を務めていたバナンについてもだ!」
シェラビーが厳しい口調で指示を出した。
その表情を見たメリスフェールは戦慄を感じる。
シルヴィアの死を受け入れきれない、その怒りを、喪失感を、さしあたりソフィーヤとミキエル、バナンの三人に向けている。そんな気配を察した。
(言うべきじゃなかったのかな……)
再度、母の忠告が脳裏によみがえってきた。
ソフィーヤとミキエル、従者のバナンの三人は、その日のうちにサンウマの北で見つかった。いち早く馬車で脱出しようとはしたが、馬車ゆえに速度が上がり切らずに補足されるに至ってしまったらしい。
報告を受けたシェラビーが吐き捨てるように言う。
「バナン一人でこのような大それたことをできるはずがない。ソフィーヤとミキエルの二人が考え付くこととも思えん。協力者がいるはずだ。バナンに何としてでも吐かせろ」
何としてでも吐かせろ。その意味するところは明らかで、メリスフェールは憂鬱になる。
「ソフィーヤ様とミキエル様については……?」
「さすがに息子や娘を拷問にかけるわけにはいかんだろう。枷をつけてサンウマを引きずり回して首を斬れ」
「えぇっ!?」
場にいる全員が仰天した。メリスフェールも唖然となり、進み出る。
「お、お義父さん、私は二人が何もしていないとは思わないけど、そこまでやるのは……」
二人に対して肯定的な感情はもっていない。しかし、二人が自分達の義理の妹と弟であることくらいは理解している。それを斬首するというのはいくら何でもやりすぎである。暗にそう伝えようとしたが、シェラビーには全く通用しない。
「あとはネオーペ家に伝えよ。ヨハンナの身柄を引き渡せと、な」
「……そ、それは」
家人達が愕然となる。ヨハンナを引き受けて、一体どうするつもりなのか。全員が悲惨な結末を想像した。さりとて怒れるシェラビーに面と向かって何かを言えるだけの者はいない。
(大変なことになった……)
メリスフェールはようやく母の言葉の意味を理解した。メリスフェールは母が理不尽な扱いを受けたと思ったのであるが、その母自身は、自分の死を受けてシェラビーが激怒することでより理不尽なことが起きると想像していたのであろう。
(スメドアさんか、レファールに伝えないと……)
と思うが、さすがにイルーゼンにいる二人に伝えに行くのは無理がある。
この時点でメリスフェールがなしたことは、エルミーズにいるサリュフネーテに一刻も早くサンウマに戻ってもらうよう連絡を取ることだけだった。
サリュフネーテを待つ間にも事態は刻一刻と悪化していった。
翌日にはバナンの口から語られた協力者五人が逮捕され、六人はその日のうちに広場で処刑された。
「お義父さん、せめてソフィーヤとミキエルの処刑はもう少し待ってください」
メリスフェールはシェラビーに必死に頼み込むが。
「ダメだ。あんな奴らにかける情けなど必要ない」
(それはそうなんだけど……!)
メリスフェール自身がそう思っていたことであるが、いくら何でも自分より年下の子供達が枷をつけられて広場まで引き立てられ、斬首されるということは耐えられない。
「せめて、スメドアさんが戻ってくるか、総主教様の許可を得るかして……」
思いつく限りの時間稼ぎの方法を口にするが。
「このサンウマは私が治めている街だ。総主教には口出しさせんし、スメドアには後で伝えればいいだけのことだ!」
全くとりつくしまがない。
「リュインフェア、貴女もちょっとは協力してよ」
唯一、まともに話ができる妹に苦言を呈するが、リュインフェアは「それはないよ」とばかりに肩をすくめる。
「だって、ソフィーヤとミキエルがやったって言ったのは、姉さんでしょ」
「やったとは思うけど、これはやり過ぎじゃない」
「知らないわよ。私達子供に挟む口はないんだから」
「……」
確かにその通りである。
しかし、メリスフェールは他人事として切って捨てられるリュインフェアのようにドライにはなれない。ましてや母親の言葉に反して、「あいつらのせいです」とシェラビーに告げたのも自分自身であるから。
こうなるとますます頼れるのは姉・サリュフネーテしかいない。
(姉さん、早く戻って来て!)
メリスフェールは東の方を向いて、祈るしかなかった。
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