第7話 急使
東の端から西の端へ。
アレウトがソセロンと交渉を妥結した後、一行は最後に残った有力部族ツーシネを制圧するべく、今度は来た道を西へと戻る旅についていた。
二〇日をかけて西に向かい、ナウネリートで小休止に入る。
(この様子だと、スメドア様とボーザの方は終わっているかもしれないな……)
と考えながら、レファールは温泉に入っていた。
さすがに二度目ということもあってか、今回は付き合う者もいない。ユスファーネもナウネリートからシルキフカルへと戻っており、周りの女性達も少なくなっている。
と思っていたら、ジュストが入ってきた。もっとも、服は着たままで、誰かを探しているようだ。
「ジュスト殿、どうかしたのか?」
声をかけると、ジュストは「おっ」と驚いたように声をあげた。表情からするに探していたのは自分らしい。
「やはりここにいたのか、レファール殿」
「やはりというほど、いつもここにいるわけではないが?」
確かに目新しいので、一日に一度は来ているが、いつもここにいると思われるのは心外である。
「まあ、それはいいとして。急ぎの話があるらしい」
「急ぎの話? ソセロンが動いたのか、あるいはツーシネ族が?」
「いや、そうではなくて、ナイヴァルで何かが起きたのではないかと言っている」
「ナイヴァルで?」
レファールは首を傾げながらも、温泉を出た。着替えながら問いかける。
「何故、ナイヴァルで何か起こったと分かるのだ?」
「ボルカイからの狼煙らしい。バシアンからの急使が来たということだ」
「バシアンから? セウレラが来たのかな?」
話が見えてこないが、ともあれ、フレリンのところに急いだ。
フレリンの様子はいつもと変わりがない。時折咳き込みながら、テントの中に座っていた。見た目と体調が反対であることからすると、それなりに苦しそうに見える今は、普通の状態と言えるであろう。
「おお、レファール殿」
実際、見た目と異なり、反応は早いし体も素直に起きている。
「ジュスト殿から聞いたと思いますが、どうやらナイヴァル国内で何か異変があったようです。ヒパンコ族の街ボルカイに急使が来ているとのことで」
「急使の中身は分かりますか?」
「そこまでは……。ともあれ、相当な急ぎの話のようです。残りのツーシネ族については我々だけでも何とかなるでしょうから、貴殿はボルカイまで戻った方がいいのではないかと思います」
「そうですね……」
ここまで来て自分一人だけ脱落するということに抵抗を感じないわけではないが、まさかアレウト族の者がここまで来て虚偽を言うこともないであろう。急ぎのことというのは本当であると思った。
「道案内を連れますので、急いで戻るのがよろしいでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
レファールはフレリンの厚意に素直に感謝し、馬を用意してもらうとその日のうちに南西へ向かって出発した。
アレウト族から供の者を用意してもらっていたが、結果としては不要だったらしい。一日も進むとヒパンコ族の者が迎えに来た。前回の敗戦の内容が余程応えているのであろう、とても丁重な態度で、レファールを見るなり下馬して頭を下げた。
「レファール将軍、お待ちしておりました」
「あ、あぁ……」
少し前にジュスト一行と共にあった時の態度を思い出し、その豹変ぶりに失笑しそうになるが、それよりも何があったのか知りたい。
「急使が来たというが、どのような話か聞いているか?」
「いいえ。レファール将軍が来るまで、何も話せないという一点張りでして」
「……私のみに?」
もちろん、今、この場に参加しているナイヴァルの関係者は自分しかいない。
従って、自分にしか話せないというのは分かるが、南に行けばスメドアやボーザもいる。距離的に考えればそちらの方が近いのではないかとも思えた。
「来ているのはセウレラか? あ、セウレラと言っても分からないか。60を超えた爺さんかな?」
セウレラと言っても、ヒパンコ族の者には分からないだろう。容姿を伝えると、とんでもないという顔をした。
「金色の髪に、エメラルド色の瞳をした美しい女の子ですよ。遣いの女性一人を連れているだけで、他の部族に捕まっていたら大変なところでした」
(金色の髪に、エメラルドの瞳……、メリスフェールか?)
正確にはメリスフェールだけでなく、サリュフネーテやリュインフェアもそうなのであるが、ここまで来る可能性を考えるとメリスフェールしかいないのではないかと思った。
(確かに、彼女が供の者一人というのはあまりに無茶だ……。よく捕まらなかったな。というか、こいつらだって少し前までは全く信用できなかったぞ)
族長のスドシーが自分に対して奴隷を勧めていたのは遠い昔の話ではない。よくそんな都合のいいことが言えるものだと思うが、来ているのがメリスフェールとなるとただ事ではないことが分かる。
「分かった。急ごう」
どうやら本当に大変なことが起きているようだ。それが何だか分からないが、レファールは南西へと急いだ。
ナウネリートからボルカイまでの道は通常なら十二、三日はかかる。
しかし、休憩時間をなるべく削り、あとはヒパンコ族の者から馬の提供があった甲斐もあり、十日でたどりついた。
「使いの女の子は族長のところにいます」
と言われると、安心感というより不安感の方が大きいが、とにかく急いで向かう。少し前に子供達を連れ出した見覚えのある建物を前にし、これまた見覚えのある巨漢の男が見えてくる。向こうもこちらに気づいたのであろう。中に呼びかけている。
レファールが入り口に着く直前、中から見覚えのある少女が出てきた。
(やはりメリスフェール! 一体何で?)
馬から飛び降り、入口に向かうレファールに、メリスフェールが全速力で走ってくる。
「レファール! 助けて!」
「何があったんだ? メリスフェール? セウレラは一緒じゃないのか?」
一番引っ掛かるのはそれであった。途中まで一緒に来ていたセウレラの方がここまで早く来られたはずであるし、危険性も小さい。何故に襲われる危険を冒してまでメリスフェールがここまで来たのか、理解ができない。
「セウレラさんは総主教を……、ゴホッ」
全力で走って大声で叫んでいることもあるのであろう、声が続かない。
しかし、それすら、どうでもいいという鬼気迫る表情である。
「レファール、バシアンを、総主教を守って!」
「バシアンを? わ、分かった」
「姉さんを……、姉さんを助けて!」
「サリュフネーテを……? もちろんだとも」
バシアン、総主教に続いてサリュフネーテも守れとなると、もう訳が分からない。
「シェラビーを止めて!」
「す、少し落ち着こう。メリスフェール」
何が起きていて、どうなっているのか。誰がどう危険なのか、さっぱり分からない。
聞こえているのか、いないのか。メリスフェールの様子は全く変わらない。激しく肩を上下しながら、泣きそうな顔で再度叫ぶ。
「お願い、シェラビーを止めて! レファール!」
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