第6話 黒い三角旗
ナウネリートを出て二〇日。
アレウト族はイルーゼン東部の国境近く、スケイタを見据えていた。
ジャロ族の根拠地であり、既に臨戦態勢は整っている、という。
八月三日、スケイタの南、数キロの距離まで進んできたアレウト族は、しかし、その場で停止を余儀なくされる。
「何だ、あれは……?」
東の方、小高くなった丘に延々と影が続いていた。少し目を凝らした者から、表情が強張っていく。
「敵なのか……?」
延々と続く影は騎兵隊であった。全員軽装ではあるが、弓や矢などを携え、臨戦態勢に入っている。また、いたるところに黒い三角旗があり、風を受けてたなびいていた。
「あれがソセロンか……」
「三千近くはいるな……」
レファールとジュストは渋い顔になる。アレウト族は道中で多少兵力を増やしてはいるが、それでも千二百ほどである。相手は倍以上の兵力がいる。
「ジャロ族の援軍に来たのだろうか?」
そうであれば一大事ということになる。
「……その可能性はミーツェン司令も考慮していなかったところではありますが、ソセロンの情報はあまり伝わらないこともありますから、無い話という訳にはいきませんね」
フレリンが渋い顔をしながらも、様子をうかがう。
向こう側もこちらの様子を伺いながら、どうしたものか考えているらしい。
即座に攻撃を仕掛けてくるわけでないことを考えると、また、スケイタからジャロ族の者が誰も出てこないところを見ると、ソセロンとジャロ族の間に盟約があるという訳ではないらしい。
とはいえ、相手の目論見が分からないまま時間が経過する。
迎え撃つ構えをしているアレウト族にも若干の疲労が出始めた頃、丘の上から数騎の騎兵が近づいてきた。綿密に太陽の位置などを確認しているところを見ると、国境線を気にしているらしい。
(大地に線が引いてあるわけではないからな)
どこまでが良くてどこからがソセロンになるのか、レファールはもちろん、この場にいる誰もが分からないであろう。しかし、ソセロンの面々は間違いなく概念の存在である国境線を気にしているようであった。
「アレウト族のものであるか?」
「そうだ」
騎兵の呼びかけにフレリンが応じる。
「私はアレウト族の司令官フレリン・レクロールである。貴殿らはソセロン国の者と見受けるが、いかなる用件があって出向かれてきたのか?」
堂々とした物言いであるが、顔つきは相変わらず苦しそうに見える。
(威厳、という点では損をする御仁だな……)
レファールは思わずそんなことを考えた。
「……私はソセロン国の将軍の一人ガーシニー・ハリルファ。不穏に見えたのならば詫びさせていただきたい」
ソセロンの代表らしい男が兜を取って頭を下げた。長い髭が目立つが、意外と若い。24か5くらいであろうか。
「国境の近くで戦闘をするということで、念のため、警戒にやってきた。貴殿らイルーゼンの事について首を突っ込むつもりはござらぬ」
「左様であったか。我々もソセロンの領内に足を踏み入れるつもりはないので安心いただきたいが」
フレリンはそこまで言って、ニヤリと笑う。
「貴殿らも子供の遣いではないのだし、言葉だけではなく、実際に確認しないことにはいけないということだな」
「その通りである。物々しいがご理解いただきたい」
「仕方ないことだ」
話はついた。
ガーシニーと名乗った男達は元の丘の上まで戻っていくが、そこからは去る気配がない。ジャロ族との抗争を見守るつもりらしい。
「ハハハ、我々アレウト族の戦いにおいて、観衆がいるというのは初めてだな」
フレリンが部隊を落ち着かせるために笑う。レファールも「そうですね」と応じたが、実際に近くに関係のない部隊がいるというのは落ち着かない話であった。
スケイタに近づいても、ジャロ族側には何の動きもない。では、迎えるつもりなのかというと、要所・要所を人海戦術で守っているらしく、非戦の構えというわけでもないらしい。
「ソセロンの連中が監視しているのだし、素直に従ってくれまいか?」
フレリンが呼びかけるが、色よい反応はなかった。
「ならば仕方ないか……」
フレリンが後ろを振り返り、それと同時にアレウト族の面々が前に出る。
ジャロ族はイルーゼンでは比較的人口の多い部族であり、そのため、当人達は自分達がナンバーワンと考えている節がある。しかし、フェルディス、フォクゼーレ双方から遠いこともあり、装備の質などは低く、また、生産力に比して人が多いために体格的にもそれほど優れてはいない。
結果として、多人数で包囲するというような形の作戦が多く、注意すべきは不用意に列を乱して、多数対少数の形を作られてしまうことだけであった。
それはレファールも理解しているし、ジュストも理解している。当然、アレウト族の兵士も理解している。
従って、敵地で戦っているといっても、戦闘はアレウト優勢のままに進む。
レファールにとっては目の前のジャロ族よりも東にいるソセロン軍の方が気になるといっても過言ではない。
「ちくしょう」
一時間も経たないうちにジャロ族には悪態をついて逃げ出す者が現れ始めた。
もっとも、逃げるといってもアテがあるわけではない、思い思いに逃げているだけである。
「あ、おい。そっちは……」
東に逃げた面々に対して、フレリンが呼びかけたが、逃げるのに夢中な者達が呼びかけだけで止まるはずもない。
「あっ!」
何人かがある線を超えた瞬間、ソセロンの騎兵隊が一斉に矢を放った。
超えようとしたことごとくがハリネズミのように矢を受けて地面に落ちる。
レファールはガーシニーをはじめとする、ソセロンの面々を見た。全員、素知らぬ顔で次の矢を構えている。仮に国境を超える者がいたら撃つという意思表示としてこれ以上のものはない。
「馬鹿者共が」
フレリンも吐き捨てるように言い、ジャロ族の者に呼びかける。
「北に逃げると海だ。西に逃げても我々が追いかける。東に逃げると容赦なく殺されるぞ。ああなりたいのか?」
ハリネズミになった仲間を指さすと、それで戦意を喪失した者が武器を捨て始めた。
「結果として、ソセロンの連中のおかげで早く片付いたわけだな……」
ジュストに話しかける。
「確かに……。しかし」
さすがに警告無視の斉射は意外だったのだろう、ジュストがフレリンに尋ねた。
「ソセロンというのは、以前からこんな感じで国境にうるさいのか?」
「分かりません。アレウトがここまで来たことはないですので」
「みたところ、連中も騎馬部隊が主体だ。国境の城壁があるわけでもないし、踏み越える時はあっさりあるだろう。毎日三千人派遣して一々射殺していては疲れるだけだとも思うがなぁ」
「それも一理ありますが、ソセロンは最近になってようやく統一されたという話ですし、統一した国境について神経質になっているのかもしれませんよ」
「なるほど」
と話していると、再度ガーシニーが降りてきた。彼らの中で線があると思っているらしいところで馬を止めて、大きめの声で呼びかけてきた。
「終わったようだな?」
「お陰様で早く終わりましたよ」
フレリンが本音半分、嫌味半分といった体で答える。
「我々はその線を超えるつもりはありませんし、なるべく早く西に向かいたい。できれば明日にでも協定を結んで、お互い解散ということにしませんか?」
「……承知した。我々も北の安全を確保したら南に向かうように言われている」
「……南」
レファールは思わず声に出す。
(南にソセロンの主力がいるということは、ひょっとしたら、スメドア様やボーザが苦労することになるのかもしれないな)
そんな思いが、内心に浮かんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます