第4話 スメドアの進撃

 サスコッチを抜け、南下してから北上し、南東四部族の地域へと向かう。


 先遣して和平の使者を派遣しているが、さすがにこれだけ東部まで来るとナイヴァルに対する信用や友好はない。けんもほろろに断られ、全部族とも臨戦態勢に入っているという情報が入ってきている。


「確か、この先にいる南東四部族は大将がフェルディスにいる時に対峙した相手と言っていましたっけ」


「……ああ、俺もそう聞いている」


 スメドアとボーザが話をしている。


「その時は、山の裏に本隊を隠して、囮が引き込んで包囲して倒したと言っていた」


「分かりやすい偽装退却作戦ですね」


「……」


 二人はしばらく地図を見た。南東部は丘陵地帯が多いので、同じような低い山のような場所が幾多もある。


「同じことをして、通用すると思うか?」


「……やってみる価値はあるんじゃないですかね。どっちが囮をやります? それともジェカかスニーにでも任せるんですか?」


 今回は、従前からのシェラビーの部将は軒並みついてきている。ただし、これまでの実績が分かる通り、一軍を率いるほどの者という認識は誰も有していない。スメドアも「彼らには無理だろう」という様子で首を振る。


「あいつらは戦闘面では頼りになるが、この手の動きはできないだろう。俺がやろう」


「おっ、御大将自らなさるので? 大丈夫ですか?」


 ボーザのからかうような言葉に、スメドアは少しムッとした顔で答える。


「正直に言うぞ。俺はセルキーセ村の面々にも、サンウマの面々にも軽く見られている節がある。レファールやレビェーデ達がいるから仕方ないのは確かだが、縁の下的な役割を明らかに軽視されている点が不満だ」


「そんなことは思っていませんよ。遂に大本命・最強最高スメドア様が出撃されるということで、セルキーセ村一同涙なくして見送れません」


「……まるで戦死するかのような扱いだな。ま、冗談はさておき」


「いや、七割くらい本音なんじゃないですか?」


「……バレたか」


「スメドア様は、シェラビー様の弟ということで裏方と言いますか、局面、局面で控えられているとは思っておりますぜ」


「結婚もしてないんだぞ」


「えっ!?」


 ボーザが心底から驚いた様子を見て、スメドアは苦笑する。


「ほら、そういう態度になる。大方、実は結婚していると思っていた、とか、あの人は既に決まった人がいる、とでも思っていたのではないか?」


「はい。まあ……。シェラビーの旦那がシルヴィアさんのことで色々気を持たせている傍らで、スメドアの旦那はちゃっかり誰かと収まっていたのかと」


「ひょっとしたら、兄もそういう認識かもしれないんだよな……。おまえらには色々紹介して、俺には何もない」


「それは悲惨な扱いですね」


「しかし、何故かあいつだけは目ざといんだ」


「あいつ?」


「ミャグーだよ。男が大好きムーレイ・ミャグー枢機卿」


「あちゃあ……。来たんですか?」


 ボーザもサンウマ滞在が長いうちに枢機卿や大司教などの情報を多く把握するようになっている。ムーレイ・ミャグー枢機卿のことも知っているようであった。


「来た。レファールの方が若いし、いい男だろと答えておいたが」


「……まあ、若いのは間違いないですが、背とかそういうのはスメドアの旦那の方が」


「与太話はこのくらいにしておこう。俺が二千ほど率いて正面から向かい、近づいたところで逃走する。その間におまえは西から回って、奴らを後ろから捉えてくれ。適当なところで俺の部隊も反転するからな」


「分かりました」


 一転して、真剣な表情になり、お互い、場所と時間などを綿密に話し合うのであった。



 七月十一日、スメドアはボーザとのやりとり通りに二千の軍勢を指揮して道沿いに北へ向かう。道とはいっても、イルーゼンの部族が作ったものであるので、整備がしっかりなされているわけではない。石があったり、でこぼこになったりしているところも多く、馬で移動するのは支障を来す。そのため、全員徒歩で向かっていた。


「……相手が来ないな」


 スメドアが首を傾げる。


 地図上では敵の根拠地から五十キロ程度のところまで進んできている。しかし、全くといっていいほど相手の反応がない。


「どういうことだろう? もしかして、警戒をしっかりしていてボーザの方に攻撃を集中しているということなのだろうか?」


 さすがにレファールがやった手を一年ちょっとの間にもう一度というのは都合が良すぎたのかもしれない、そんな考えを抱きながら、直属の副将であるカンビー・ハマザンの顔を見た。様子を見に行きましょうということで、既に出している偵察の数を増やす。


 三時間ほどして帰ってきた偵察が言う。


「敵は根拠地の前に布陣していますが、どうやら奇襲されると思っているようで、西の山間側に向けて布陣をしています」


「何!?」


 スメドアは唖然と口を開けた。


「いや、まあ、確かに西側に奇襲のための部隊を置いているが、本隊側の接近に何も手を打たないというのはどういう了見なのだ? あいつらは俺達が奇襲に全力をあげると考えているのか?」


「ボーザ様がそういう偽情報をバラまいてみた、とか?」


「考えるかもしれないが、それを実行するスタッフはあいつの下にはいないだろう? 不審ではあるが、もう少し近づいてみよう」


 更に接近していっても、何の反応もない。偵察隊から伝わる情報は、「相手は西の方を向いて布陣している」というものである。


 遂には丘の向こうに相手の旗のようなものまで見えてきた。やはり相手は西を警戒しているという。


「ここまで来たなら、思い切り向かっていくしかない」


 スメドアは指示を出した。


 二千の兵士が一斉に走り出し、目的地チスカプラの南の丘にいる部族連合軍に向かっていく。



 戦闘は二時間ほどで片が付いた。


 正面からの攻撃を全く想定していなかった連合軍は脆くも崩れ、スメドアの部隊は一気にチスカプラまで占領した。そこに西から向かっていたボーザの部隊が攻撃をすると、挟み撃ちに遭った四部族連合はあっさりと降伏した。


「一体何だったのだ……?」


 勝ったスメドアが拍子抜けするほどである。


「やりましたね。旦那」


 しばらくして合流してきたボーザに褒められても、実感がない。


「一体こいつらは何だったんだ? 真正面から向かったのに奇襲攻撃になってしまったぞ」


「そうみたいですね。おそらく、スメドアの旦那の影が薄すぎて、相手が旦那の部隊が接近していることに気づかなかったのでしょう。奴らにはこっちだけ見えていたんだと思います」


 そう言ってボーザは腹を抱えて笑う。


「……冗談じゃないぞ」


 苦い顔をするスメドアであるが、ともあれ、目標達成に向けて、比較的早いスケジュールでコングマ族の根拠地チスカプラを占領することができた。

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