第2話 アレウト出撃②
10時頃、アレウト族の部隊が横に長い形で布陣していた。
そこにヒパンコ族の者達が、こちらは縦長の形で近づいてくる。
レファールとジュストは、そこから数百メートル離れた地点に、これまた縦長に布陣していた。先頭にユスファーネがいて、その真後ろについている形である。
(一体何をするつもりなのだ?)
言われた通りの配置についているが、これから何が起こるのかがはっきりと分からない。ユスファーネをはじめとした女性陣は特に鎧などを着込むわけでもなく、厚手の服を着ているだけで武器の類も持っていない。万一襲撃でもされようものなら、レファールとジュストの二人で食い止めるしかない。
ヒパンコ族の先頭にいた者が雄叫びのような声をあげた。それを合図に一斉に突っ込んでいく。それに対して、アレウト側からの矢が飛び交うが、相手が盾を構えて身を覆って進むと、当たりそうな場所がない。
「行くわよ!」
という時点で、ユスファーネが声をあげて馬を走らせた。
レファールはジュストともども、急いで後を追い、更に女性陣が続いていく。
ユスファーネは脇の方から真っすぐに相手に向かっているように見えた。
(武器も持たずに何のつもりだ?)
正気を疑うような行動であるが、直前で方向をそらし、縦長の相手の横を通り抜けるような形で突き進む。
「あ、あれは!?」
斜め後ろの方から声があがった。どうやら気づかれたらしい。
「ヤッホー!」
女性陣の何人かがからかうようにヒパンコ族の連中に声をかける。
「女どもがいるぞ!?」
「先頭にいるのは女王ではないか?」
あちこちから声があがる。何人かが方向転換しようとしている様子も見えた。
(追われる?)
と思った瞬間、後ろの方から悲鳴のような声が上がった。女性ではない、男の悲鳴である。
「突き進むわよ!」
ユスファーネの指示に後ろも一斉に応える。
部隊は相手の横をしばらく進んでいたが、そのうちサッと離れるように馬を動かした。
レファールもそれに従って、相手から離れる。その際に後方を確認した。
「うわぁ……」
既にフレリンの指揮する部隊が包み込むような距離まで接近し、一斉射撃をしていた。何人かのヒパンコ族の騎兵が打ち倒されている。
(そういうことか……)
レファールはようやくアレウト族の意図を理解した。
ヒパンコ族は当初正面からの矢を警戒していたはずである。しかし、そこに芳香漂う女性陣が横をサッと通過したものであるから、思わずそちらに集中をそらしてしまった。あるいは追いかけようとしたものもいたかもしれない
そうやって隊を乱したところに、フレリンらが一気に距離を詰めて攻撃をしたのだ。
図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817139555932518783
既に集中射撃で少なくない死傷者が出ており、勝負はあったかに思えた。
「ひ、卑怯だぞ!」
包囲されたヒパンコ族から非難するような声があがる。
「そう。我々は卑怯だ。この事実をボルカイにしっかりと残す準備ができている」
フレリンが声をあげた。病人のような体つきなのに、声は結構大きい。
(……?)
「アレウト族は卑劣にも女王の色香を利用した。その結果、正しくも哀れなヒパンコの者達は騙されて、女王の尻を追いかけようとしてしまい、敵に包囲されてしまった、と。お前達の名誉のためにも、お前達が卑劣な策に騙された者として名前を残すことを約束しよう。事実を一字たりとも変えることなく」
「ま、待て! 待て! 待て!」
ヒパンコ族の年配の者が慌てだす。
「そんなことをされたら、我々が嫁に殺されてしまう!」
「アレウト族は何もかも包み隠さず、正直にあるべしという部族だ。嘘をつくことはできない。我々が今回、卑怯な策をとったという事実も、後々まで残すべきである。あれを」
と、フレリンが言うと、アレウト族の一人が石板のようなものを持ってきた。
「どうだ。アレウトの卑劣さを示す石板だ?」
中身を見たヒパンコ族の者達が一斉に青くなった。次々と下馬して、頭を下げ始める。
「……た、頼む。正々堂々と戦って、我々が負けたことにしてくれ……」
「こんなものを見せられたら、女房に一生何も言えなくなる」
「あ、アレウトの要望に従おう」
後ろからクククという笑い声がした。振り返ると、ジュストが笑いをかみ殺している。視線が合うと、ジュストは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「将来フォクゼーレがイルーゼンとトラブルを起こしたとしても、アレウトとは戦いたくないな。性格が悪すぎる」
確かに、とレファールも思った。
「あら、性格が悪いとは聞き捨てならない話ですね」
後ろからからかうような声が聞こえた。振り返るとユスファーネが笑っている。
「私、結構大真面目に考えましたのに」
恨み言のようなことを口にしているが、面白くて仕方ないという様子を見ている限り、あくまで冗談で言っているのだと見当がつく。颯爽とした美少女の、悪戯好きな少女のような振る舞いは非常に新鮮であった。
「女王陛下がこの作戦を?」
「香りを振りまいて気をそらすところまでは、ですね。他の部分についてはミーツェンやフレリンが考えました」
「そうなのですか。何も知らされていなかったので、一体何を考えているのか途中までハラハラしておりました」
レファールの言葉にジュストも頷いている。
「他国から来られるとそうかもしれませんわね。ただ、これがアレウトのやり方なのです」
「アレウトのやり方?」
「我々は常に新しいやり方を模索して、いつでも何でもやる気構えでいます。先にミーツェンが方針を述べていましたが、あれはあくまで方針。実際には大雨が降るかもしれないし、誰かに急な事故があるかもしれません。その場で作戦を変えたり、やり方を変えたりすることはここでは日常茶飯事です」
「……臨機応変ということですか」
「そうですね。そうすることによって主導権を握ることができるということもありますし」
確かに、毎回直前に作戦を変えるかもしれないと考えると、相手は対策をじっくり考えることが難しいし、常に精神的に集中を強いられることになる。
(ヒパンコの連中が、そう考えていたのかは分からないが、このやられ方が他に伝わると、他の部族もますます注意しないといけなくなるんだろうな……。ただ、それをするにはアレウト族の全員がそうしたことをやらなければいけないわけで、簡単な話ではない)
例えば、ナイヴァルでこれをやろうとしても、それは無理だろうと考えた。人が多すぎることもあるし、仮にほとんどのものが大抵のことをできるとなると、総主教や枢機卿すらいらないということになり、国の根源に関わってくる。
(この規模の部族だからこそ、出来ることなのかもしれないな)
と考えて、はたと気づいた。
「女王陛下はミーツェン・スブロナ総司令の父親についてご存じですか?」
かつてコルネーの隠れ里で会った、ミーツェンの父親のことについて尋ねた。
「正直よく覚えてはいません」
不可解そうな顔を見るに、本当に覚えていないようである。とはいえ、父親は10年前にシルキフカルを出たということで、当時ユスファーネは8歳ということになる。覚えてなくても無理からぬ話ではあった。
「彼が言うには、司令の体質を明るみにしたくないということで隠棲していたということですが」
「ああ、思い出しました」
ユスファーネが明るく笑う。
「そうなのです。その当時は、ミーツェンの体質というものは部族の極秘事項だと考えていたのですが、しばらくすると、どうせいつかはバレるだろうし、バレても大丈夫なようにしておいた方がいいだろうとなったのです」
「えっ、そうなのですか? とすると、彼の隠棲は……」
「彼には酷いことをしてしまいましたわね」
無駄だったということらしい。
「結果的には隠さないという方針にして良かったのです。フレリンが典型ですが、ミーツェンがいないかもしれないということで、自覚をもつ若者が増えましたので」
なるほど。レファールは納得した。
うまくいく組織というものは、一見悪く見えることでも良い方向に転用させることができるらしい。
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