第10話 報告

 ボグダノと共にシルキフカルを出たセウレラ・カムナノッシは一月ほどかけてバシアンへと戻った。


 6月18日、バシアンに戻ったセウレラはまずシェラビー・カルーグの下に向かう。常時バシアンに滞在しているミーシャと異なり、シェラビーはいつ出陣するか分からなかったからである。


 レファールと共にイルーゼンに向かっていたということは伝わっていたのであろう、面会を求めるとすぐに通された。


「カルーグ枢機卿、お久しぶりです」


「どうも。カムナノッシ元大司教殿とお会いするのは随分久しぶりですな」


「はい。私が第一線にいた時には、猊下はまだ第一線にはおられませんでしたからな。さて、今回、私はレファール・セグメント枢機卿とイルーゼン北部の根回しをしてまいりました。その結果の方をご報告いたします」


「聞こう」


「まず、フォクゼーレの仲介を避けるために現地でフォクゼーレの担当者と合意のうえで、北部はシルキフカルのアレウト族に任せるということになりました。その代わりに南部方面には口出しをしないという約束を取り付けております」


「なるほど。南部は好きにしろということだな」


「はい。あと、これは今後の話となりますが、前年のコルネー王妃選定と同じような形でアレウト族のユスファーネ・イアヘイト女王の王配を選定するようなことも想定しております。あるいはセグメント枢機卿がそのまま収まる可能性もあるかもとれませんが」


「なるほど。それも承知した」


「……」


「他に何かあるか?」


「いいえ。内容を取りまとめた報告書は明日までに総主教に提出いたします」


「承知した。ご苦労だったな」


 セウレラは頭を下げて、シェラビーの部屋を後にした。




 シェラビーの屋敷を出ると、今度は大聖堂に向かい、ミーシャと話をする。


「……となりました」


 イルーゼン北部の件を説明すると、呆気にとられた顔をしている。


「随分とまあ、簡単にフォクゼーレの面々と仲良くなったものなのね。まあ、方針そのものはそれでいいんじゃないかしら?」


「ついでに、アレウト族のユスファーネ・イアヘイト女王に対して……」


 次の話をすると、文字通りひっくり返った。


「ちょっとぉ!」


「何でございましょう?」


「何でございましょう、じゃないわよ! 何で両親共死んでいるのに弟が増えるなんて話になるのよ!?」


「ただ、非常に良案であることも事実です」


「そりゃあんた達はそうでしょうとも……」


 ミーシャはブツブツと文句を言っている。


「仮にそれがダメだった場合には、レファールを押し付ければ、アレウト族はシェラビーから距離を置くことになります」


「……なるほど。もっとも、それをおおっぴらに願うこともできないけどね……」


「はい。それでよろしいでしょうか?」


「よろしいでしょうか、って……」


 ミーシャは呆れかえったように溜息をついた。


「そういう形で話が進んでいるんでしょ。もういいわよ。既に妹もいるんだし、弟でも子供でも何でも来なさいよ」


「なるほど。子供という手もありましたな……」


「おいっ!」


 冗談を真に受け取るな、ミーシャの文句を聞き流しながら、セウレラは先程のシェラビーとの話を振り返っていた。



 夕方、ボグダノと合流して酒場へと向かう。この一か月、ほぼ毎日付き合っていることもあり、二人ともすっかり意気投合していた。


 セウレラがワインを注ぎながらぼやく。


「……どうやらシェラビー・カルーグはレファール・セグメントを監視しているようだ」


「ほう? どうしてそう思うのです?」


「今回の件、いきなり言うと仰天するような内容のはずだ。勝手なことをしすぎではないかと不快に感じてもおかしいことではない。ところが、カルーグ枢機卿は全く動じていなかった。最初から知っていたとしか思えない」


「ということは、密偵がついてきていたということですか?」


「いや、密偵がついてきたということはないはずだ」


 今回はイルーゼンの草原地域を進んでも来ている。余程の凄腕の密偵でもいない限りはついてくることは不可能であるし、その後、ジュストとの同行に関しては道を間違えたりもしていた。部外者がついてきていたということは信じがたい。


「だから解せない」


「ま、とりあえず飲みましょう」


「おお、すまない。ひょっとしたら、アレウト族に密偵がいるのかもしれない、とも考えている」


「なるほど。もちろんないとは言えませんね」


「そうであろう?」


「ただ、アレウト族の情報の中で、シェラビー・カルーグ枢機卿に知られて困るようなものもないですしね」


「それもそうか……」


「もちろん、一応ミーツェン司令に報告はしておきますが、その可能性があるとしても特別何かをするということはないと思いますね」


「おっと、そなたのワインがなくなっているぞ」


「おや、これはありがとうございます」


「ユスファーネ女王だが、どうなると思う?」


「どうなると、と申されますと?」


「レファールめは、ここでいい男を総主教の弟として選抜して、嫁がせようと目論んでいる。しかし、私はどちらかというとそんなことをしている本人を嫁がせた方が早いのではないかと思っているわけだ」


「どうでしょうね」


 ボグダノはワインをグッと飲み干し、首を傾げる。


「当時、シルキフカルにいたのでよく覚えていますが、当初の婚約者だったサムリット殿が亡くなった時の悲しみ様は相当なものでした。子供の時からずっと一緒だった二つ年上のお兄さんでしたからな。あの様子を見ると、余程気に入った人でなければ難しいのではないかと思いますが……」


「とすると、可能性があるのはレファール本人か」


「彼は22でしたっけ? 枢機卿の身分でもあるわけですし、何で結婚しないんですかね?」


 セウレラは小さく咳払いをした。


「厳密に言うと、枢機卿の身分にある者は安易に妻帯してはいかんのだがな」


「これは失礼。そうだったのですか?」


「誰も守るものはいないが、な。レファールが決断しない理由までは知らん。一応、シェラビーの義理の娘が来年三月で16になるから、それを待っているのではないかという見方はあるが……」


「ひょっとすると、あれですかな。劇的な展開がないと決断できないのかもしれません。当たり前の環境だとそれを自然なものと思ってしまって、踏ん切りがつかない、みたいな」


「かもしれん。まあ、60の私と、40過ぎのそなたとでこんなことを論じていても仕方ないのであるが」


 そうは言っても、他人の話はついつい進みやすい。二人はその夜、延々とその場にいないレファールのことを話していたのであった。

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