第9話 レファールとミーツェン③

「女王陛下は14歳の時に、許嫁を失って以降、縁談の話はないと聞いておりますが、本当でしょうか?」


「本当ですよ。立候補いたしますか?」


「ブッ!」


 ミーツェンの「立候補」という言葉に、レファールは思わず吹き出しそうになる。


「ご、ご冗談を……」


「いやいや、年齢も四つしか違いませんし、サンウマ・トリフタの英雄レファール・セグメント殿であれば、女王陛下も真剣に考えられることでしょう。アレウト族の者も否定しないはずです」


「……」


 ひょっとして、墓穴を掘ってしまったのではないか。レファールはそんな気もして、ジュストに振る。


「ということは、ジュスト殿でもいいのでは?」


「俺はもう結婚しているから、できない相談だな」


「あ。そ、そう……」


「……言いたいことは大方分かっております。コルネー王と同じような形で、陛下に総主教の弟を、ということでありましょう?」


「え、えぇ、まあ……」


「そればかりは何とも言えません。女王陛下がこれはと認める者であれば、構いませんが、そうでない者であればイエスとは言えない、ということになります」


「……左様ですか」


「政略結婚は、味方が増えるという点ではプラスですが、増えた味方に引きずられる可能性というマイナスもあります。差し引きゼロと考えれば、その理屈だけで乗ることはできませんね」


「確かに……」


「ただ、もちろん、決めるのは女王陛下ですので、これはという人がいれば推薦いただけるのは問題ないかと思います」


(これは難しいかな……)


 とは思ったが、仮にミーシャ側が巻き返すとなると、この方面からないのではないかと思うのも事実である。


 チラリとセウレラの方を見た。「了解した」と頷いたが。


「いっそそなたが結婚するのも手ではないか?」


 とも小声で言う。


「イルーゼン北部との間に繋がりを作るという点では、何も総主教の弟を選ぶなどという迂遠なことをせずとも、そなたでいいのではないかと思うが?」


「まあ、それも一理はあるが……」


「それとも、ムーレイ・ミャグー枢機卿あたりと仲良くなるか?」


「ぐっ……。そ、それは遠慮願いたいな」


「シェラビー・カルーグと袂を分かつのであれば、ユスファーネ・イアヘイトはよい選択肢ではないか?」


「う、うぅむ……」


 何だか話が違う方向に進んできた。レファールはそう思ったが、最初に言い出したのは自分であるので文句を言うこともできなかった。


 セウレラもそれ以上特別深く突っ込むことはなく、食事の時間が進んでいく。



 食事が終わり、片付けをしながらレファールはセウレラに言った。


「ひとまず、ある程度の道筋は立ったし、爺さんは明日以降、一度バシアンに戻って総主教とシェラビー様に状況を伝えておいてくれないか?」


「……ふむ。年寄りの一人旅は辛いが」


「アレウト族から旅の供くらいは一人出しますよ。ちょうどいいのがいます」


「ちょうどいいの?」


 ミーツェンの言葉にレファールとセウレラは目を丸くする。ジュストが「ひょっとして」と言うと、「その通りです」と応じた。ミーツェンが炎の向こう側に合図を出すと、中年の男が駆け寄ってきた。


「おお、やはりボグタノだったか」


 ジュストが手を出し、ボクダノとハイタッチをする。


「彼はボグダノ・ニアリッチと申しまして、各地の酒場を回っている男です。旅をするのにうってつけの男ですよ」


「……ニアリッチ?」


 ミーツェンの紹介にレファールが反応する。


「もしかして、セルフェイ・ニアリッチの関係者ですか?」


「何だ? 息子を知っているのか?」


「息子!?」


「ああ。俺にはチプリアンとセルフェイという二人の息子がいるが、どちらも子供の時から酒に強くて、それぞれ勝手に全国の酒場を放浪している」


「……しかし、11歳の子供が酒場を回るというのは問題があると思うが?」


「二人とも酒を飲んでいる時の方が溌剌としているのだ。仕方ないだろう」


 開き直ったような物言いにレファールもそれ以上は反論できない。実際、セルフェイの変わった能力のおかげでスタッフを何人か紹介してもらったし、直接のメリットはないがアムグンがシェラビーのスパイではないかということも教えてもらっているのであるから。


「爺さん、酒は大丈夫か?」


「人並みには……」


「よし。それなら大丈夫だ。俺と一緒ならどんなつまらない旅でも楽しくなると思ってもらって結構だ」


 ボグダノはセウレラの肩をバンバンと叩く。「痛い」とセウレラが険しい視線を向けても知らん顔をしていた。



 翌日、セウレラはボグダノとともにバシアンへと戻っていった。


 その間、レファールはジュストとともにアレウト族の準備を手伝う。その指揮をとっているのは、アレウト族の対外指揮官であるフレリン・レクロールであった。29歳ということはミーツェンより一つ年下であるが、容姿がどうこうというより骨が見えそうなほど痩せこけた外見をしており、どこか体の具合が悪いのではないかと思えるほどである。


 しかし、外見に反して、動きは俊敏でいつも元気に動き回っている。


(今にも死にそうなフレリン将軍がこまめに動いていて、ものすごく元気そうに見えるミーツェン司令が病気持ちというのは何とも皮肉な図式だな……)


 レファールはそんなことを思いながら手伝いをしている。


 アレウト族に限らず、イルーゼンでは騎馬兵の比率が高い。今回の遠征軍も千人程度であるが、全員が馬を用意していた。


(進軍は早く済みそうだな。北部を全部回ってどのくらいかかるだろうか? うん?)


 離れたところから高い声で騒いでいる様子が聞こえて、視線を向けたレファールは仰天した。多くの女性達が防具を身に着け、武器の練習をしている。その中には女王ユスファーネの姿もあった。


「女性も出るのですか?」


 思わず、フレリンに尋ねたところ、フレリンは「当然だ」とばかりに頷く。


「アレウト族の戦いは常に部族全員の戦いである。男女の区別など無用」


「ということは、もしかして、女王陛下も?」


「当然だ」


 と力強く答えた後、おどけた顔をする。


「まあ、それは建前だ。途中まではついてくるが、実際の戦闘にまでは出てこない」


「そうですよね」


 レファールは笑った。


「だが、女王陛下が途中まで来るという事実が、我々を鼓舞するのは間違いない」


「……そうですね」


 これはますますどこかで選ぶミーシャの弟には荷が重そうだ。


 レファールは意気軒高と訓練をしているユスファーネを見ながら、方針変更の必要性を痛感していた。

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