第8話 レファールとミーツェン②
三十分後、ミーツェンはユスファーネを連れて戻ってきた。
(ほう、この人がユスファーネ・イアヘイト。戦場に出る女王って感じか)
さっぱりとした美貌に、華麗な色の鎧に身を包んでいるその姿は華やかな戦女神を思い起こさせる。
(象徴の意味合いも強いのだろうけれど、な)
「アレウト族の女王ユスファーネ・イアヘイトです。この度は国の壁を超えて我々に協力してくれるということ。一族を代表して感謝の意を表します」
そう言って深々と頭を下げた。
「……女王の確認も取れました。ナイヴァル枢機卿レファール・セグメント殿、フォクゼーレ副司令官ジュスト・ヴァンラン殿、改めてよろしくお願いいたします」
ミーツェンも従い、顔をあげると黒板の方に向かった。
「それでは私の考える方針でございますが、端的に申しますと、個々人の実力でアレウト族の方が上回っております。従いまして、真っ向勝負に持ち込むことが一番簡単な勝利への近道です」
(ほぉ)
少し意外な気がした。様々な選択肢を考えているというミーツェン・スブロナが真っ向勝負という分かりやすい形に持っていくのがいいと言い出したことに。
しかし、一か月前のことを思い出すと、確かにヒパンコ族の面々はそれほど強いという印象はなかった。ましてや敵地であるので、余計な策を弄すると地形への理解不足などで痛手を被る可能性がある。
「まず、攻めるのはヒパンコ族ということになると思いますが、彼らは取っ組み合いで優劣を決める部族ですので、全員巨漢かつ腕力があります。従って、近接戦や格闘戦をやるのは危険です」
(そうだっけ……?)
確かに巨漢が多かったのは間違いない。しかし、首長の護衛をしていたはずの見張りが剣を突き付けただけであっさり音を上げてしまった記憶があるので、強いというのは引っ掛かるところがあった。
「力で押すのが大好きですので、挑発をしておびき寄せて、遠隔武器で何人か射落とせば勝手が違うということで逃げていくでしょうが、体格が大きい分、逃走は鈍重です。追いかけていけば諦めて降伏することでしょう。とにかく避けるべきは近接戦です」
「戦場にする場所などは想定していますか?」
「それは天候や状況もありますので、出て行かない私がそこまで決めることではありません。何せサンウマ・トリフタの英雄と、ワー・シプラスの国王殺しの両者がいるのですから、現場の判断に従うのが確実でしょう」
「分かりました」
答えて、ジュストと顔を見合わせた。少し気恥ずかしい表情をしていたが、おそらく自分も似たような顔をしているだろう。
「続いて、ナウネリートにいるエティイ族ですが、ここにはウィルタ・バルナールという作戦を立てる者がおりまして、中々優秀です。私がいると警戒しますが、いないので、おそらく作戦を立ててくるでしょう。とは申しましても、逃げたふりをして後方から総大将を一気に狙うか、迂回して一気に狙うかのいずれかです。それについてはフレリンに指導しておきますが、このパターンには気を付けておいてください」
という具合に説明を続けていく。
一時間ほど、ミーツェンから作戦の説明を受けた。作戦のうえではイルーゼン北部を全部掌握することができた。
「その後の統治についてはどうするのですか?」
戦闘については何とかなりそうだという理解はできた。統治についてはどうなるのだろうか。不安というよりも、どういう形で治めようとしているのかに興味がある。
「すぐに完全に服させるのは難しいでしょう。当面はナイヴァルとフォクゼーレの権威を借りることになるとは思います。あとは色々な数字を出してやる気を起こさせるしかないですね」
「数字?」
「私がフォクゼーレに対してやったようなやり方です。部族間の対抗意識を対立ではなく、競争という形に仕向けるようにして、一歩ずつ進んでいくしかないですね。特効薬はありません」
(そうか。ヒパンコ族はこれが90だ、どこそこは100だ。もうちょっと頑張った方がいいんじゃないのか? というようなことをするわけか。この考えは私も取り入れた方が良いかもしれないな)
現状を嘆いていたり、他人の文句を言ったりしている間は進歩がない。うまく、上を向く、前に進むように持っていくことが重要であろう。
「準備についてはフレリンに進めさせておきます。多分二日ほどで終わると思います。それではレファール殿とジュスト殿には泊まるところへ案内いたしましょう」
ミーツェンはそう言って、建物の外に顔を出し、大声で部下を呼び寄せた。
ミーツェンの部下に案内されたのは、先程まで会議していたところと同じような建物であった。アレウト族の建物は全部こういう造りをしているらしい。炊事などはできないが、アレウト族は習慣として広場に大勢集まって食べるらしい。
(食事をいつも一緒にしているということが、絆などが強くなる要素なのかな)
と考えながら、会議の間中沈黙していたセウレラに尋ねる。
「爺さん、ミーツェンをどう見る?」
「うむ。あれだけの者は中々いないだろうな」
「爺さんもかなりの策略家だとは思うが」
「彼はそういうタイプではなかろう。様々なことにおいて優れた戦略家だ。しかもあのガタイなのに見た目が知的で、言っていることに説得力を感じる。仮に彼と同じことをスドシーが言ったとしても誰も信じないだろう」
レファールは苦笑する。肥満したスドシーがミーツェンと同じことを話している情景を想像するだけで失笑ものである。
「確かに、ヒパンコ族の連中は全員だらしなく太っていたからな。見た目で判断してはいけないと言うが、それでも影響されてしまうよな……」
「ところで、アレウトの女王と総主教の弟との件はいつ切り出すつもりだ?」
レファールは「あっ」と声をあげた。
「しまったな。すっかり忘れていた。とはいえ、ジュスト達のいる前でしていいものかな」
「実行するならどうせ分かってしまうことだろう。後で『あいつ、俺のいるところでは言わなかった』と思われるかもしれんし、一緒にいる時の方がいいかもしれんぞ」
「分かった。食事の時に話すことにしよう」
レファールはそう言って、しばらく休もうと部屋に横になった。
夕方になり、先程案内してくれた者が食事だと伝えに来た。
二人で会場となる広場へと向かう。
「雨が降ったらどうするんだ?」
向かう途中レファールが尋ねる。
「まさか雨の下で食事をすることはないだろう?」
「その場合は幕を張って、その下で食事をすることになりますね」
「そうなのか。みんなで集まって食べるということが絶対なわけなんだな」
「はい。食べるということは人間にとって幸せな瞬間の一つです。それを全員で共有することで仲良くなりますし、協力関係も生まれるというものです」
「ごもっとも。ナイヴァルでも取り入れたいものだ」
完全に取り残され、他人ではなく神にばかり頼んでいるマタリのことを思い出す。
「もちろん、静かに食べたい者とワイワイ食べたい者がいたりしますが、全員が同じ場所に集まってその時間を共有するということが大切だろうと思います」
「そうだね」
と言っているうちに広場についた。既にジュスト達の姿もあるし、ミーツェンもいる。
驚いたのは、ユスファーネが中央の火が焚かれている周りをクルクルと踊っていることであった。象徴として戦闘に出る姿をしているのだろうと先ほど考えたが、今の身のこなしを見ていると、実際に戦場に出ても問題ないようにも見える。
レファールはジュストの隣に座った。いい機会である、今のタイミングでミーツェンに話すことを決めた。
「ミーツェン殿、一つ提案と申しますか、相談したいことがあるのですが……」
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