第7話 レファールとミーツェン①

 半日後。


 レファールとジュストを載せた馬車は、シルキフカルへの方へ東に向かっていた。


「予想外に簡単だったな……」


 安堵したような、呆れたような声でジュストが語ってくる。


「そうだな……」


 実際に、あっという間に終わった。見張りを脅して幽閉場所まで案内させ、あっさりと連れ出すことに成功した。


「朝になったら言ってしまって構わないぞ。ただ、追いかけてきた場合、容赦はしない」


 と言ったところ、追跡してくる様子もない。


 唯一の想定外は、さらわれた子供達が親元に戻ることを拒否したことである。


「戻っても邪魔者扱いされるだし、また、あいつらが来るかもしれない」


 と言われたら、連れていくしかない。


 かくして、特にアテもないままシルキフカルまで向かうことになる。とは言っても、道もないし、ところどころ広い森林地帯もあるので向かうのは簡単ではない。


 森に行けば果物がなっているし、鹿などが多く歩いているので味にこだわらなければ食事に困ることはないが、きちんとシルキフカルに向かっているのかという点は心もとない。


「星を見ているから方向が正しいことは確認しているが」


 セウレラがぼやく。自分達が今どこにいるのか正確に把握していないので、東に向かっているがきちんとつく確証もない。うっかり敵対地域に入ってしまうと面倒である。



 かくして十日ほどが過ぎた。


 イルーゼンの地域で四頭立ての馬車が走っていることは目立つようで、近くの住民が声をかけてくる。部族を聞くと「アレウト族だよ」という回答が戻ってきた。


「すまないが、シルキフカルまでの行き方を教えてくれないか?」


「シルキフカルまでそれで行くのかい? 高原だし森林やらがあるのに」


 尋ねた相手が馬車を見て、呆れたような顔をした。ジュストが苦笑する。


「近くまで行って、誰かに見てもらいたい。報酬は出す」


 言いながら、視線をレファールに向ける。レファールは不承不承小さな宝石を一つ取り出した。


「任せてください!」


 嬉々とした様子で男女二人が協力してくれて、ようやくシルキフカルへの道のりが確保された。



 翌日、六人は案内を受けてようやくシルキフカルへと着いた。


「ここまで来ると、場所も見覚えがある」


 ジュストが安心したように言い、集落の中を歩く。


 そのまま北の方へ歩き、隅の建物へと向かった。


「フォクゼーレのジュスト・ヴァンランと申しますが、ミーツェン・スブロナ総司令はいるだろうか?」


「承知いたしました」


 そこにいた人間の様子を見る限り、ジュストと面識があるようであった。


 しばらくすると、上から声がかかった。


「おお、ジュスト殿。しばらくお待ちください」


 と降りてきた男を見て、レファールが思わず見上げる。


「彼は……」


 と、紹介しようとしたジュストが「そのまま言っていいか?」というような視線を向ける。今更隠しても仕方がないので、「構わないぞ」と頷いた。


「ナイヴァルの枢機卿レファール・セグメント殿であり、もう一人が参謀のセウレラ・カムナノッシ殿です」


 ミーツェンは一瞬、「おっ」という顔をしたが、その一瞬だけで表情が普通である。


「フォクゼーレの将軍にナイヴァルの枢機卿ですか。中々面白い組み合わせですね」


「色々事情がありましてね。意外と思われるかもしれませんが」


「ハハハ、そんなことはありませんよ。見知らぬ土地を歩き回るとなりましたら、どれだけ敵対している面々でも仲良くなります。敵対やら差別やらは、余裕があるからこそできるものです。とはいえ、ただ、仲良く来たというだけでもないようですね。会議室の方へ行きましょう」


 ミーツェンの案内に従い、六人がついていく。



 会議室と言っていたが、その実質は一つの建物であった。


「実は、ここに来るまでにヒパンコ族を訪ねてきました」


「ほう」


「周辺でさらった子供を奴隷として買わないかともちかけられましてね」


「あのあたりだと、よくあることです。このあたりでも、全くないことと主張することはできませんが、ね」


「実は、そこにいるレファール枢機卿も含めてヒパンコ族の協力を求めようと思って来たのですが、両者共々『こいつらはダメだ』ということになりました。それで、フォクゼーレとナイヴァルの現地責任者同士で話をして、ここに来たわけですが」


「それは何でしょう。気になるところですな」


 と言うが、依然として穏やかな笑みを浮かべているだけである。もはや提案したいことを理解しているのかもしれない、とレファールは考えた。


 ジュストは地図を取り出し、線を引く。


「この北部の部分をアレウト族にお願いしたいと考えています。これは私も、レファール殿も、同じくそう思っています」


「その代わりに、ナイヴァルが南部に攻め込むのは静観してほしいということですね?」


「やはり知っておりましたか。はい。その通りです」


 ミーツェンは指を一本立てた。


「こういう提案が来る可能性は考慮しておりまして、その場合には一つだけ条件を飲んでもらえれば協力するということで女王陛下と話を決めております」


「条件ですか?」


「はい。といいますのも、私はシルキフカルでやる事が多く、西部まで出て行くことは不可能です。ですので、誰かを派遣するのならフレリン・レクロールを出すことになりますが、彼だけでは不安です」


「私達も行けということですな」


「その通りです」


「ふむ。レファール枢機卿はどう思われる?」


「……兵士はいないのですが、構わないでしょうか?」


「構いませんよ。どちらかというと、率いる者が少ないですので」


「それならば構いません」


 ミーツェンは「分かりました」と立ち上がった。


「それであれば、念のため女王陛下の最終決裁を取って参ります。作戦その他についてはその後、ご説明いたしましょう」


(作戦その他?)


 これにはレファールも驚いた。


「ミーツェン殿はそこまで読んでいたわけですか?」


「読んでいたわけではないですよ。時々、私が色々見通していると言う者もおりますが、そういうことはありません。ただ、ありえそうなことを想定してその場合どうすればいいかということは常に考えております。今回のことで言えば、もちろんフォクゼーレからの支援要請は想定していましたし、逆にナイヴァルから来る可能性も考えておりました。どちらからも来なくて中立で済む場合で、他の部族からの支援要請をどう受けるかということも準備は必要でしょうし、もちろん、ナイヴァルとフォクゼーレが妥結をする可能性も考えていました。私の取り柄はそういうありえそうな可能性をなるべく多く、無視しないで考えるということだけですね」


 ミーツェンが「それでは」と建物を出て行った。


「レファール枢機卿、あれがミーツェン・スブロナなのだ」


「たいしたものですね」


 感心すると同時に、レファールは不安にもなる。


(ということは、我々がアレウトの女王と総主教の弟を結婚させることについても、想定しているということだろうか……。私はメリットだけ考えていたが、あの男ならデメリットも色々考えていて、あっさり断られるかもしれないな)


 と。

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