第5話 レファールとジュスト②
食事が始まり、しばらくは無言の時間が続く。時々、当たり障りのない発言をして、またしばらく無言の時間が続いていた。
不意に外がにぎやかになってくる。
「狩りに行っていた連中が戻ってきたみたいだね」
宿の人間が言った。
「狩りの後は、よくここで食事をするものなのさ」
「ふうん……」
あまりうるさくなければいいが、とレファールは考える。
しばらくすると、確かに入り口の方で話し声が聞こえてきた。程なく数人の男が笑いながら入ってきた。
「……うん?」
レファールは男達に違和感を覚え、ジュストに視線を向けた。同じく入ってきた男達を見ていたジュストも不思議そうな顔をしている。
(こいつら、こんな太った体で狩りなんかできるのか?)
先程首長の門のところでは「熊を狩る」と言われていた。だから、精悍な体つきを予想していたのであるが、全員がたるんだ腹に無駄に太い腕をしている。とても熊と立ち向かえるような体つきではない。
「どうやら、熊というのは我々の考える熊ではないようだな。東部の丘陵地帯ならともかく、森林地帯には熊はいないだろう」
セウレラがぽつりと言った。
「心当たりがあるのか?」
「イルーゼンの部族は部族同士仲が悪いところも多い。典型的なのはこの二つの部族とアレウトではあるが、付近の小さい部族とも仲が悪いだろう」
「それで……?」
ジュストともども続きを促す。セウレラは呆れたような顔をした。
「そなたら、二人揃って鈍いのではないか?」
「悪かったな」
ムッとなって答えると、一人の男が近づいてきていた。
「あんたら、外国から来たんだって?」
「そうだが?」
「あんた達はタイミングがいいぜ。ちょうど活きのいいガキがいるんだが、買い取る気はないか? 男をこき使えるし、女は働かせてもいいし、夜の相手にもちょうどいいからな。ハハハ」
「……」
セウレラが「ま、そういうことだ」とばかりに肩をすくめた。
ジュストが大きな溜息をついた。
「なるほどね……」
男に問いかける。
「今回の件は首長も参加しているのか?」
「もちろん。ナイヴァルやフォクゼーレに対して売り物となるからな。張り切って連れてきていたぜ」
「分かった。考えておこう。今はワインを飲んでいるんで、明日回答する」
「よっしゃ」
男が離れていくと、ジュストは「やるよ」という仕草をした。
「フォクゼーレはここから降りる。後はナイヴァルが勝手にしてくれればいい」
「降りる?」
「俺は明日ここを発って、シルキフカルに向かう。少なくともここの連中の協力を仰ぐ気はなくなった」
「……今晩、何かするつもりか?」
「そこまで貴殿に説明する義務はない」
立ち上がろうとしたジュストの肩を掴んだ。あからさまに不機嫌な顔を向けてくるが、レファールは「落ち着け」と両手を下に向ける。
ジュストの行動に従おうとした三人の従者が中途半端に腰を浮かせた状態で、「どうしたものか」という顔をしてお互い見合わせている。
「さっき、ジュスト殿はフォクゼーレの対イルーゼンのことに関して、決めることのできる立場だと言っていたな」
「それが何だ?」
「一つ提案がある。それを聞いてから出て行ってもらえないか?」
「提案だと?」
不思議そうな顔をしたが、ジュストは不承不承座った。
「提案というのは、だ。ナイヴァルは、アレウト族が北部一帯を支配することを認めたい」
レファールの言葉にジュストが目を見張る。
「アレウト族が北部を支配する?」
「フォクゼーレは今回、直接介入するつもりはなく、アレウト族に防波堤になってもらうつもりだったのではないか? だから、アレウト族が北部全体を支配することは悪くない話ではないだろうか」
「ああ、なるほど」
ジュストがポンと手を打った。
「北部はフォクゼーレ主導で政権を立てていいから、南部のことには口出しをするなということか。ううむ、それはここで結論を出すには難しい話だな」
「難しくはないだろう。ジュスト、君は子供の奴隷を認めたくないわけだろう?」
「もちろんだ」
「それなら、ここで共闘した方が得だろう?」
「共闘?」
「私も、子供の奴隷を買い取ったりするつもりはないので、な。しかし、ここで私と貴殿が協力したとしても根本的な解決にはならない。今、いる子供達は助けられるが、今後同じことが起こらないとは限らないからな」
「……フォクゼーレには派兵をする余裕はない。ナイヴァルもこの地までは届かない。となると、この一帯に秩序をもたらすことができるのはアレウト族しかいない。また、北部全体をアレウト族が支配したとなると、ナイヴァルはミーツェン・スブロナを相手にしなければイルーゼン全土を支配できない、ということか」
ジュストは天を仰いだ。レファールは何も言わずにその返事を待つ。
五分ほど考えて、ジュストはフッと笑う。
「イルーゼンの人間にとっては溜まったものではない話だな。こんなところでなし崩し的に南北に分割するなんて決めてしまうなんてことは」
「了承ということでいいかな?」
「一応言っておくが、俺は貴殿と違って不安定な立場だ。今時点では、フォクゼーレ軍は納得すると思うが、今後の政治状況、軍トップの考えにより変わる可能性はありうる」
「それはこちらも全くないではない。それでは、今後ともよろしく」
レファールの差し出した手を、ジュストはしっかりと握りしめた。
部屋に戻ると、襲撃の準備をしがてら、セウレラと話をする。
「しかし、あのジュストという男はいい奴だな。国家の事情を捨てて子供の奴隷を助けたいなんて言うとは」
「ふむ。しかし、それは協力したいというそなたも変わらんのではないか?」
セウレラの言葉にレファールが苦笑する。
「全くないではない。ただ、悲しいかな、私が最初に考えたのはもう少し世知辛いことだった。爺さんなら分かるだろう?」
「……ミーツェン・スブロナが北部全体を支配すれば、シェラビー・カルーグに対する防波堤にもなるということだな」
「実はもう一つ考えた。これは私の前任者の発想をまるまる盗用したものであるが」
「何だ?」
「アレウト族の女王ユスファーネ・イアヘイトは4年ほど前に婚約者を失って以降、新たな縁談の話がない。ミーシャの弟を嫁がせても罰は当たりないだろう」
セウレラが「おお」と驚嘆した。
「……レファール、そなた、師匠である私を超える考えを出すとは。私は嬉しいぞ」
「いや、爺さんを師匠とした覚えはないんだけど……」
「照れることはない。今度、バシアンに戻ったら、免許皆伝の書面を渡してやろう」
「いらないって」
「……ま、それもこれもイルーゼンから無事に戻れたら、だ。気を付けんといかんな。まずは奴隷の解放か」
セウレラが真顔になる。
レファールも小さく頷いた。
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