第4話 レファールとジュスト①

 イルーゼン西部のボルカイは、街というにはあまりにただ広い場所であった。一つ一つの建物の間が数百メートル離れているのも珍しくない。


「……一体どこからどこまでが集落なのだろうか?」


「人口としては一万もいないという風に聞いているが」


「一万か……。となると、兵士は千もいないことになるな」


「そうだろうな」


 セウレラと話をしながら、進んでいる。


「あれが首長の建物かな?」


 ほぼ同じような大きさの建物が並んでいる中、一つだけ大きめの建物があった。他の建物と異なり、見張りが二人いることも含めて明らかに有力者が住んでいるらしいことが伺えた。


 レファールはシェラビーから預かっている宝石を一つ手にして、見張りの方に向かった。


「私は、ナイヴァルから来た者だが、ここにいるのが首長だろうか?」


 見張りは宝石にチラリと視線を向ける。


「そうだ。ただ、首長様は今日は狩りに出かけていて不在だ」


「ほお、狩りに一日以上かけるものなのか?」


「そうだ。我々の狩りは熊を狩るものだからな」


「ほう。熊を……」


「今晩は、あの建物にでも泊まっていくがいい」


 見張りが指さした先には煙のようなものが出ている建物があった。


 セウレラと顔を見合わせ、従った方が無難かという判断をして、歩いて向かっていく。入り口に入ったところで、レファールは足を止めた。


「こんにちは」


 自分とほぼ同い年くらいか、背丈も同じくらいの若者がいた。恰好から見るに現地の人間ではない。ということは、旅人ということなのだろうか。


 挨拶をした相手は、レファールをじっと眺めている。


「もしかすると、レファール・セグメント殿か?」


 声をかけられ、レファールは一瞬驚いた。と、同時に相手の素性が何となく読めてくる。


「フォクゼーレ帝国の者か?」


「あぁ、ジュスト・ヴァンランという」


 ジュストと名乗った男は、探るような視線を向けてきた。


(ヒパンコ族の力を借りたいというのはこちらだけではないということだな。しかし、どうしたものか)


 レファールはセウレラの様子を見た。もちろん、彼も相手のことは分かったようであるが、「どうすることもできんだろう」とばかりに肩をすくめている。


(ま、確かに戦場で出くわしたわけではない。お互いの利害は衝突するだろうが、ここで斬り合いをするわけにはいかないな)


 思惑が伝わったわけではないだろうが、ジュストが道を開ける。


「散歩に行ってくる」


 レファールではなく、宿の人間に対して言ったのであろう。そのまま外へと出て行った。


 入れ替わりに宿泊を申し込むと、「一年の半分以上が一人の宿泊もないのに、珍しいことがあったものだ」と宿の人間が不思議そうに首を傾げていた。



 何もない部屋に入ると、セウレラと相談する。


「まさかフォクゼーレの使者と鉢合わせになるとは、な」


「フォクゼーレはイルーゼンに対する影響力を保持したい。となると、ここの連中をミーツェンに協力させたいということだろう」


「買収合戦ということになるわけだな。奴ら、何を持ってきたのだろう?」


「そんなことまでは分からん。ただ、ヒパンコ族の族長にとってはありがたいことだろうな」


「……」


 無言で頷く。


 競争相手がいることで、ヒパンコ族としては条件を釣り上げることができる。シェラビーから預かっている宝石などについて、買収には半分もいらないだろうと考えていたが、フォクゼーレ側の提示次第によってはかなりの量を費やす必要があるかもしれない。


「とはいえ、必ず勝ちたいと思いすぎるのも禁物だ。向こうもそうだろうが、お互い遠いところから来ている。その労力のことも考えて何として相手に勝ちたいと思うものだ。勝つことはもちろん重要だが、あまりにもそう思いすぎるのも問題だ。80くらいのものを買うために150、200と差し出してしまう可能性があるからな」


「……気を付けることにするよ」


 確かにその通りである。ボルカイ地域を見ても、ヒパンコ族はそれほど多い人数がいるとは思えない。宝石を多数出した挙句、200人くらいしかいなかったでは話にならない。



 夕方、レファールとセウレラは宿の人間に呼ばれて、食事へと向かった。


「……」


「……やあ」


 宿の人間はかなりの横着者らしい。二組しかいない客を、同じ机に向かわせることを何とも思わないようであった。


 再びジュストと正面から向かい合う。横に視線を移すと、従者は三人である。


(喧嘩になると人数的には不利だな)


 どうしようかと考えていると、ジュストが先に座った。レファールもその正面に座ることにする。


 緊迫した空気が漂うが、宿の面々は全く意に介していない。「この川魚を焼いたやつは旨いよ」と上機嫌で食事を運んでくる。


「どこかで会ったことがあったかな?」


 ジュストが自分の名前を知っていた理由を尋ねてみる。誤魔化されるかとも思ったが、ジュストは無愛想に答えた。


「ワー・シプラスの戦闘の際、貴殿の部隊のそばを通り過ぎたから見覚えがあった」


「ほう。あの戦いに参加されていたのか」


「阿呆らしい戦いだった」


「全くだ」


 フォクゼーレは多くの兵を無為に失い、コルネーは国王を失った。それで得たものはというと両国とも何もない。


「……そばを通り過ぎたということは、当時の国王アダワルを討ち取ったのは貴殿達であったということか?」


 レファールの質問にジュストも頷く。ふと、同行している三人を見ていると、全員蒼ざめた顔をしていた。全員若いが、あまり戦闘経験はないらしい。


「……彼らはヨン・パオ大学の学生達だ。戦闘経験はほとんどない」


 視線に気づいたのだろう、ジュストが説明した。その視線はセウレラの方に向かっている。


「彼はセウレラ・カムナノッシと言って、総主教ミーシャ・サーディヤの懐刀だ」


 紹介された手前、レファールも紹介する。ジュストは「ふむ」と頷いた。


「片や若い学生に頼り、片や老練な参謀に頼る。対照的で面白いな」


「確かに」


 と答えたところで、ジュストが宿の人間を呼んだ。


「全員にワインを頼めるか?」


 と要請して、レファールを見た。


「別に構わんだろう?」


「……有難く頂戴する。次はこちら側が頼もう」


「そうしてもらえると有難いな」


 程なくワインが人数分運ばれてきた。


「サンウマ・トリフタの英雄殿はさぞやワインに詳しいのでは?」


「残念ながら、あちこち引っ張り出されていて、酒を楽しむ余裕はない。少し前までいた従者の少年の方が詳しいくらいだ」


「それでは、ワイン音痴同士楽しむことにしよう」


「異論はない」


 ジュストが注がれたワイングラスを持ち上げ、少し考えた後に口を開く。


「フォクゼーレの成功を願って」


 そう言ってニヤリと笑った。レファールも思わず笑みを浮かべる。


「では、こちらはナイヴァルの成功を願って」


「乾杯」

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