第3話 フォクゼーレの動向
フォクゼーレ帝都ヨン・パオ。
副司令官の称号を受けたジュスト・ヴァンランの下にも、ナイヴァルの動向についての情報が持ち込まれていた。
そして、途方に暮れていた。
ジュストは当初、軍の頂点にいるビルライフ・デカイトに持ち込んだのであるが、「こちらは忙しい。お前の方で善処してくれ」ということであった。
忙しいというのが、何が忙しいのか。政治との抗争である。
ワー・シプラスでの責任をとってイスキース・ゾデックが下野したことで、フォクゼーレ宰相には再びフレスト・ビルクリフが就いていた。このフレスト・ビルクリフとその軍務大臣に任命されていたジャック・トルビーンと、ビルライフが激しく抗争していたのである。
軍内部の実績や支持ではビルライフの方が上である。ジャック・トルビーンはサンウマ・トリフタ戦役で当時総司令官の職責にありながらヨン・パオから一歩も動かなかった。しかも結果として二万ものフォクゼーレ軍を降伏させてしまっている。ミベルサ中で無能の烙印を押されていた。一方のビルライフは何といっても天主の息子であり、しかもワー・シプラスでは敗れたとはいえコルネー王アダワルを討ち取っている。どちらが上かは言うまでもない。
しかし、それでことが進まないのが人事と政治の世界である。ジャック・トルビーンはフレスト・ビルクリフとの付き合いも長いし、各大臣との関係も深い。となると、他方面との連携に関しては上ということがあるし、財務各所とも仲がいいので資金も持ち込むことができる。もっとも、その資金が軍内部で有効に使われているかと言えば、全くそんなことはないのであるが。
背景には、フォクゼーレにおける文人至上主義がある。この国においては軍人というのは基本的には野蛮な連中という認識である。文人に関しては試験で常に能力を測られるのに対して、軍人についてはノータッチなのもその好例である。そのため、腕っぷしが立つ以外には何のとりえもない迷惑な連中がいるという現実もあった。
「あいつらふざけんじゃねえ!!」
これに対してビルライフは真っ向から迎え撃つことにした。その背景には参謀総長に任命されたアエリム・コーションの実家コーション家の力もある。コーション家からの政治工作資金で諜報隊と隠密部隊を強化し、それをもってビルライフは政治方面への反撃を行うこととしていた。その第一のターゲットとして警察権を握っている内務大臣ミシニーレ・アンジリューが挙がっていた。
……のであるが、ジュストにとってはそういうややこしく血生臭い世界はできれば遠慮願いたい世界である。工作資金のアテもないのであるから、ビルライフとアエリムに任せて好きにさせることにしていた。
とはいえ、それはジュストの安全を何も保障するものではない。今までであれば、最悪裸一貫逃げて再起を図るということもできたが、昨年結婚して新妻のナタニアを連れている身となると、そういうわけにもいかない。
ということで、必然、ジュストが後ろ盾を頼むのはこの人物ということになる。
「ナイヴァル、いよいよ出てきたわけね」
「はい。毎度で申し訳ありませんが、レミリア王女の意見を伺いたく」
カタン王女レミリアの護衛を兼ねるということで、カタンとの間にパイプを通すことにしたのである。レミリアも、情報供給をしてくれるジュストの存在をそれなりに重宝していたのであろう。「ジュストが軍の政治部門には関わり過ぎないことと、軍内部の情報をある程度教えてもらうこと」を条件に引き受けられた。これにより、仮にビルライフやアエリムが失敗したとしても、余程のことがない限り処刑までは至らない安全が約束される、とジュストは思っていた。
「意見も何も、軍はまだ動ける状態ではないでしょ?」
「はい。あと一年半はじっくり育てたいというのがビルライフ総司令官の考えです」
「ということはどうしようもないんじゃない? ああ、ただ、あれか」
レミリアは地図を見て思案する。
「ナイヴァルが本気で侵攻する場合、どうしてもシルキフカルにいるミーツェン・スブロナを好きにさせるわけにはいかないという前提はある。となると、他の部族を動かしてシルキフカルに攻撃させて足止めする可能性はあるかもね」
「他の部族ですか?」
「確証はないけれど、西の方にいるヒパンコ族、エティイ族あたりは怪しい。口が立つ連中を連れていって、彼らにミーツェン・スブロナに協力させるように要請するという方法はあるかもね。で、もちろん、ミーツェン・スブロナとユスファーネ・イアヘイト両者に対してフォクゼーレのために頑張ってもらうように要請することも大事ね」
「確かに……」
もし、ミーツェン・スブロナがナイヴァルの側に立ったとすれば、大変なことになる。
「これまでの話を聞いている限り、ミーツェン・スブロナは大国について安泰を得るよりはイルーゼン内部の自治と発展を願っているように見えるから、フォクゼーレがそれを確約すればうまくいくんじゃない?」
「イルーゼンの自治の確約ですか。私は構いませんが、ビルライフ様が認めてくれるかどうか」
「でも、ビルライフからは『忙しいから善処してくれ』と言われているんでしょ? 任されたことについて善処しましたということで何とかなるんじゃない?」
「うーん……」
自信はない。当面に関しては、それでうまくいくかもしれないが、ヨン・パオでの政治工作が終わった後、ビルライフが「そんなことぉぉぉ! 認められるかぁぁぁぁぁっ!」と口から泡を飛ばして否定してくる可能性がある。
「そこまで気にしなくていいんじゃない? 向こうもそのくらいは理解しているでしょ」
「まあ、そうですね」
ミーツェン・スブロナが自分の持ち込んだ話をまるまる信じるとは思えない。信じたふりをして、そうでない場合の対処策も打つような人物である。
「イルーゼンに行くのは私だとして、一人だけだと不安があるな……」
「私はさすがにカタンのことがあるから安易には動けないわね。他の学生となると、ジウェイシーは変人だからねぇ。チリッロを連れていく?」
ヨン・パオ大学の学生のうちトップにいるのがジウェイシー・ロンセンとチリッロ・ジョーヘックの二人だということは分かっている。ジウェイシーはかなり変わったところがあり、チリッロは父ジョーヘックが現在副大臣を務めており、政治色が強い。
(副大臣の息子を連れていったとなると、ビルライフ様が文句を言うだろうなぁ……)
と考えると、どちらも選びにくい。
「両方連れてくることはできますか?」
「両方!? それはちょっと相談してみないと分からないわね」
「二人とも連れていけば、後々ビルライフ様からチリッロ君のことを言われたとしても、『知らずに両方連れていきました』で誤魔化しますので」
「将軍も大分世間慣れしてきたわね……。いいのか悪いのか。とにかく相談してみるわ」
ジュストの言い訳に苦笑しつつ、レミリアは答えた。
翌日、二人が承諾したという報告を受けると、ジュストはすぐにビルライフを訪ねてイルーゼンに向かう旨を告げる。
「直接行くのか?」
とけげんな顔をしたビルライフであるが、外交交渉のための動きだということを説明すると、「任せた」と言った手前もある。さして難色を示すこともなく「行ってこい」ということとなった。
了承を得たジュストは三人の護衛兵だけを借り、宿で二人と合流すると直ちにヨン・パオを出発した。北の港から、東に向かい、メレフネからヒパンコ族の根拠地・ボルカイを目指すコースである。
折しもナイヴァルのレファール・セグメントとセウレラ・カムナノッシもまたこの地を目指してきているのであるが、彼らはもちろん、レファールとセウレラの二人もまだその事実を知ることがなかった。
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