第8話 他の処分と自己の処分と
フェルディス宰相ヴィシュワ・スランヘーンは外務大臣トルペラ・ブラシオーヌと別れると、別邸に向かった。
マハティーラに面会を求めて、中に通される。今日も天蓋の中にいるようで、幕に覆われており、本人の姿は見えない。
「何かあったのか? 宰相」
「ヴィルシュハーゼ伯爵家のこと、お聞き及びでございましょうか?」
「知らんな。何があった?」
とぼけているのか、本当に聞いていないのかは分からないが、ヴィシュワは伝え聞いた情報をそのままマハティーラに伝えた。
「……それで?」
「近日中にどうするか決めることになりましょう。ただ、私と大将軍は穏便な解決を願っている次第でございます」
「そういうわけにはいかんだろう。明らかな失態ではないか」
マハティーラの反応は予想通り否定的なものであるが、ヴィシュワは顔色一つ変えるところがない。
「では、徹底的に調査いたしますか?」
「調査だと?」
「はい。厳しい処分をするとなりますと、ヴィルシュハーゼ伯爵家からの報告なども含めた詳細な調査が必要となります。時間がかかるのはもちろん、他者が関与していた場合にはそれも含めた処分となりうることもありうるのではないかと」
「宰相、貴様、俺を脅迫するつもりか?」
天幕が開き、マハティーラが赤ら顔を覗かせた。
(中で酒を飲んでいたのか?)
少し呆れるも、冷静なまま話をする。
「脅迫とはいかなることでしょう? ヴィルシュハーゼ伯爵家の詳細な調査が何故にマハティーラ閣下への脅迫と繋がるのですかな?」
調査をすれば、マハティーラがアクバルと連絡を取り合っていたことは分かるであろう。そうなると、ルヴィナだけではなくマハティーラにも飛び火することになる。
ということをわざわざ主張はしない。ヴィシュワはすっとぼけた顔で言い放つ。
マハティーラの顔が一瞬歪んだが、やりあうことが自分にとって不利であることは察しがついたのであろう。
「……分かった。だが、今後問題が起こった時は、貴様らのぬるい姿勢が糾弾されることになるだろうからな」
「承知しておりますとも」
ヴィシュワは紙を取り出した。誓約書である。マハティーラは一瞥して不愉快そうな顔をした後、天蓋の中に入り、ペンを取り出してサインをした。
「もういいか? 俺は眠い」
「はい。ありがとうございました」
ヴィシュワは一礼して、部屋を出ると、今度は皇帝アルマバートと会う。
「このようにマハティーラ閣下からは既に誓約書をいただいております」
と誓約書を見せると、苦笑いするだけで処分について自分の意見を介入させないことを約束した。
その間、グッジェンとクリスティーヌは西のジャングー砦に向かっていた。
ジャングー砦、とは言っても現時点ではまだ土塁があるだけで本気で守れるようなものはまだできていない。ホスフェの強烈な反対があるので、建設のペースは非常にゆったりとしており、外交的な成果も見極めつつ作られていることがうかがえる。
ブローブ・リザーニと、リムアーノ・ニッキーウェイもまた、ブネーでの顛末を聞いて溜息をついた。
「うーん。娘に上回れるというのは辛いものなのですかね、大将軍?」
「こちらに聞かれても困る」
「……処分については、おそらく宰相一派は強い処分は望まないだろうから、マハティーラ閣下の動向次第となるでしょうけれど」
「リムアーノ、お主、マハティーラ閣下を説得できる自信はあるか?」
「説得できる自信はありませんが、ブネーでの証拠があるのなら、最終的には引っ込むのではないですかね。どれだけの譲歩を求めるかということで。ヴィルシュハーゼ伯爵家としては、要はブネーにおける権益が守られれば表面的な処分はこだわらないということでよろしいか?」
リムアーノの問いかけにクリスティーヌもグッジェンも頷く。
「なら、全然問題ないでしょう。カナージュは私に任せて、大将軍はホスフェと遊んでいてください」
「任せておけ。まあ、お主がいない、この問題が解決しない時点でホスフェが全力で遊びに来られたら少し困るが、な」
「敵地ならともかくフェルディス領内なら大将軍だけでも大丈夫でしょう?」
「さすがにこの土塁では無理だ。パルシェプラで迎え撃つことになるだろうな」
そこでは自信があるのだろう、ブローブは豪快に笑った。
2月25日、ヴィルシュハーゼ伯爵の自殺に関する処置について、帝都カナージュの会議で取り上げられた。
とはいっても、既に根回しは済んでいる。型どおりの報告がなされた後、ヴィシュワ、リムアーノが続けて意見を述べるが「管理不行き届きで半年から一年程度の謹慎が妥当」となり、それについて諸々の意見が求められる。
しかし、皇帝もマハティーラも特に異議を述べることはない。
結局、一年間ブネーで謹慎し、その間はスーテルに任されるという形で処置が決まった。
翌日、スーテルがブネーに戻り、ルヴィナに報告をした。
「……」
ルヴィナは無言のままで聞き、しばらく思案していた。二、三分してから口を開く。
「ヴィルシュハーゼ家がブネーから出る必要がなくなったのは有難いが、端的に言って軽いと思う」
「……軽い?」
場にいる全員が驚いた。
「フェルディスの事情というものは分かる。しかし、父もヴィルシュハーゼ伯爵たる地位にあった者。今回の件で私が一年の謹慎のみで済むのは口惜しいと考えるはず」
「それはそうかもしれないけれど」
「地域によっては、親の死には三年間喪に服するところもあるという」
「三年!? まさか三年間謹慎しているつもり?」
「謹慎は誰も得をしない意味がない。追放でいい」
「えぇっ!?」
「……というのは建前で、正直、しばらくの間フェルディスの外にいたいと思う」
「フェルディスの外?」
「理由は三つ。まず、私はこれまでフェルディスの外に出たことがない。他の地域の生き方や考え方を知らない。この機にそういうものを知りたいと思った。二つ目、私は他の者が思うほど、このヴィルシュハーゼ家に重みを感じていない。しかし、父はこれのために自らの命まで断った。その認識の差がどこにあるか知りたい。三つ目、どうせ一年、大叔父さんが見るのであれば三年や五年でも変わらない」
スーテルとクリスティーヌが顔を見合わせる。
「で、でも、それだと宰相や大将軍の期待にはどうすればいいわけ?」
「ブネーは小都市。あまりアテにされても困る」
「それはまあ……」
「私が一度居座って、そのままヴィルシュハーゼ伯爵を乗っ取ったらどうするのかね?」
スーテルの問いかけにも動じるところはない。
「それは一年謹慎でもありうること。そうなったら、そうなった場合。仕方がない」
「フェルディスの外にいる間、生活費はどうするのだ?」
「心配いらない。アテはある」
再度、スーテルとクリスティーヌは顔を見合わせた。どうやら決意は動かないと理解したらしく、溜息をついた。
「分かった。父を亡くしたこともあり、色々と思うところがあったと大将軍達には伝えておこう」
「我儘を言って申し訳ない」
「まあ、考えようによってはルヴィナがいれば、今後もブネーの戦力を当てにされて、結果摺りつぶされて損をするという可能性もある。しばらくの間、他のところがそれを被ったとしても罰は当たらないだろう」
スーテルはそう言って笑った。クリスティーヌも続く。
ルヴィナもつられるように笑みを浮かべた。
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