第7話 評価と処分①
翌日。
ブネーでアクバル・ヴィルシュハーゼの葬儀が開催された。
元々の人気の低さも相まって、市民の中で葬儀参加者はほとんどいない。精神的に不安定なズィーナは殉死する可能性があるため、数人の女性に見てもらっているため参加していない。結果として、娘のルヴィナや、大叔父のスーテルをはじめとしたヴィルシュハーゼ伯爵家の者だけが参加している寂しいものとなった。
「本人としては、敵ばかりが葬儀に出ているって気持ちなんじゃないかしらね」
クリスティーヌがポツリと言った。
「自殺の選択をしたのは父上。そうなると分かっていたはず。文句など言わせない。しかし」
「困ったことになったわねぇ」
「……やむを得ない」
「何が困ったのですか?」
二人の会話にアタマナが割って入る。クリスティーヌがチラッとルヴィナを見たが。
「クリスから説明すればいい。さすがに疲れた」
「了解」
ルヴィナは近くの椅子に腰かけ、空を見上げた。その傍らでクリスティーヌとアタマナが話をしている。
「問題なのは、ルーはあくまでヴィルシュハーゼ伯爵代理であって、伯爵そのものはアクバルということなのよ」
「それが何か問題なのですか?」
「きちんとした手続を踏めば問題にはならないわ。伯爵が領内で問題を起こしていた。だから、捕まえましたということをね。あたし達もそうするつもりだったのだけれど、そうする前に伯爵が自殺するというのは想定外だったわ」
「もしかして、ルヴィナ様が死なせたというような形で罪を負うことになるのですか? 暗殺者達の自白もあるのですよ」
「死なせたという点についてはそうね。多分トルペラ・ブラシオーヌ外務大臣やリムアーノ・ニッキーウェイ侯爵あたりが取りなしてくれるとは思う。だから罪という点についてはそこまで心配しなくてもいい。問題は事件を適切に処理できず父親を死なせてしまったということで、『伯爵の資質なし』と問題にされる可能性があるのよ」
「そ、その場合はどうなるのですか?」
「最悪の場合、伯爵からの家格降格。ブネーは没収されて、もっと小さな街に移転させられる可能性もあるし、カナージュでの生活を強要される可能性もあるわ」
「た、大変じゃないですか!?」
アタマナが慌てだす。
「……もちろん、そうならないようにあたし達やスーテルでとりなしに走らないといけないけれど、こればかりはあたし達にはどうしようもできない問題にはなってくる」
「わ、私にできることはないでしょうか?」
「アタマナ姫は顔が利かないから、当分はここでルーの面倒をみることかしらね」
「わ、分かりました! 私は何があろうとルヴィナ様の味方ですので!」
アタマナはルヴィナに向き直り、敬礼した。それを「ありがたい」とは思いつつも、言葉として口にすることはなかった。
同日の夕方、帝都カナージュにもブネーで起きたことの情報が伝わった。
トルペラ・ブラシオーヌはちょうどその時、王宮の会議室で宰相ヴィシュワ・スランヘーンと打ち合わせをしているところであった。
「ヴィルシュハーゼ伯爵が死んだだと? やりすぎてしまったのか?」
「いえ、どうやらヴィルシュハーゼ伯爵が屈辱に耐えきれずに自殺したということのようでして」
「なるほど……」
トルペラは渋い顔をして腕組みをする。一方のヴィシュワは事態を飲み込めていないようで、「何があったのだ?」と尋ねてくる。
「父親が娘を排斥しようとしたら、失敗して幽閉された。結果、自殺したということだろうと思う。まずいことになった」
「まずいのか?」
「それはまずいだろう。現役伯爵が追い込まれて自殺したとなると、娘の伯爵としての資質に疑問符が投げかけられかねない」
「……確かに、な。ただ、考えようによっては、ちょうどいい事態になったのかもしれない」
宰相の言葉にトルペラがけげんな顔をする。
ヴィシュワは淡々とした様子で続ける。
「ヴィルシュハーゼ伯爵代理は有能だが、切れすぎる武器という印象もあった。父親を死なせてしまったとなると、ブネーを没収されても文句を言えない事態。そこでとりなしをしてやれば、大きな恩を売ることができる」
「使いやすい武器になる、ということか」
「違うかな?」
「いや、その通りだろう」
トルペラは安堵の様子で頷いた。実際その通りであることが安堵の理由の一つ、また、そのように考えているということはヴィシュワもルヴィナへの処分を望んでいないことが分かったことも理由であった。
「ま、そうした打算を抜きにしても、大陸中央部が非常に不安定な状況で、頼れる戦力を欠かすという愚は犯したくないが、な」
再度、トルペラはヴィシュワの言葉に頷いた。
「ナイヴァルは今年中には動くだろう」
「ブラシオーヌ伯爵、正確にはナイヴァルがというより、シェラビー・カルーグがという方が正しいだろう」
「細かいことまで突くのう」
トルペラは苦笑する。
「問題は、陛下とマハティーラ様が強く処分を望んだ時にどうするかということだが」
「それについては心配いらないだろう」
トルペラがヴィシュワに耳打ちした。聞いているヴィシュワも「なるほど」と頷く。
「分かった。それは私の方からマハティーラ様に伝えておくことにしよう。ジャングー砦から戻ってくるブローブとリムアーノの両名は反対しないだろうから、一年か二年の謹慎といったところか」
「二年はまずい。二年以内にホスフェと事を構える可能性があるし……」
「分かった。なるべくそうならずに済むよう、これからマハティーラ様に釘を刺してくる」
ヴィシュワは部屋を出て、マハティーラのいる別邸へと向かっていった。
トルペラはそれを見送った後、自邸へと戻ろうとしたところで見覚えのある顔を見た。
「お、お主は確かブネーの……」
「スーテル・ヴィルシュハーゼでございます。外務大臣殿」
「おお、そうだった。もうとりなしを求めに来たのか? さすがに動きが早いな」
トルペラの返事にスーテルがびっくりして目を見開く。
「もうご存じでしたか」
「うむ、聞いた。ヴィルシュハーゼ伯爵代理については心配することはない。もちろん、全く処分なしとはいかないだろうが、ブネーの屋敷内で大人しくしておれば大丈夫だろう。宰相も同意している」
「……安心いたしました」
スーテルは心底ホッとしたようである。
「その間は表向き、そなたがヴィルシュハーゼ伯爵代理として振る舞えば問題なかろう」
「承知いたしました。外務大臣殿に助力いただき、感謝いたします」
「うむ。ただ、我々も好意のみでこうしているわけではないことは理解してもらいたい」
「ははっ、ルヴィナに伝えておきます。それでは、今後ともよろしくお願いいたします」
スーテルはそう頭を下げて、王宮を出ようとする。
「どこへ行くのだ?」
「はい。この後はカナージュ防衛隊長や親衛隊隊長などにも面会をしてまいります」
「おいおい、私と宰相だけでは不安だというのか」
スーテルはかつてフェルディスの武術大会で優勝したこともある。当然、カナージュの武勇に秀でた面々と個人的な面識があった。そういう面々も懐柔して、ルヴィナの処分を軽減させたいということなのであろう。
「とんでもありません。大船に乗ったつもりでおりますが、念には念をということもありますので」
スーテルは「しまった」という表情で言い訳をしている。その様子がおかしく、トルペラは笑いながら「まあ、頑張ってくれ」と声をかけた。
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