第6話 決着
翌日、2月10日。
ルヴィナは早朝からズィーナの訪問を受けた。
「おはようございます。ルヴィナ様にはご機嫌うるわしゅう」
「おはようございます。父上はいかが?」
「はい。精神的に落ち着いておられます。ところで……」
ズィーナは不思議そうに辺りを見渡した。
「何やら屋敷内がいつもより慌ただしいように思いますが」
ルヴィナは頷いた。
「昨日、攻城の訓練をしていたところ、失敗して屋敷の壁を派手に壊してしまった。だから、修繕の手はずを整えています」
「壁の修繕ですか?」
「はい。壁に穴が開くわ、修繕費用がかかるわ、で踏んだり蹴ったり」
「それは大変ですね」
「はい。しかも十五日後にはジャングー砦に行かなければならないので大変です」
「……そうですか」
ズィーナが考え込んでいる様子であるが、ルヴィナは全く意に介することがない。
「さすがに壁が修繕できないまま、皆で出かけるわけにもいかない。当面はスーテル、グッジェン、クリスらも壁の修繕に当たらせる必要がある」
「そうなのですか。早く直るとよろしいですわね」
「ありがとうございます」
型どおりの励ましに型どおりのお礼を返した。
ズィーナが部屋を出た後、ルヴィナはクリスティーヌを呼んだ。
「きちんと伝えておいた」
「了解。これで連中は十五日以内に実行せざるを得ないわね。しかし、ルーが買っておいた火薬玉がこんなところで活きるとはねぇ」
「本来の用法ではなかった。無念……」
昨日の昼、トルペラが帰った後、軍事訓練と銘打って火薬玉を取り出し、壁に設置して豪快に破壊したのである。
「また買い直さないといけない……」
アクバルのターゲットがスーテル、グッジェン、クリスティーヌの三人であるということは既に分かっている。ということは、壁の修繕という名目で三人を同じ場所に固めておけば、暗殺者は必ずそこに来なければいけない。
しかも、壁の修繕で工員を集めるのであるから、そこに紛れ込む面々も多いであろう。工員は全員自前の兵士で固めており、それ以外の者は全員捕まえるための準備も既に整えておいた。
「……」
「どうしたの?」
少し考えこんだところで、クリスティーヌに声をかけられた。
「……いや、捕まえた後のことを考えた。あんな非道な拷問をするとなると、私が地獄に行くのは必至……」
「……そうね。あれは確かに人間のやることではないわね」
クリスティーヌも暗い表情になった。
計画の防止はあっさりしたものであった。
壁の修繕のためにターゲットの三人が同じ場所に集まったということで、暗殺者達はまとめて壁の修繕要員に加わり、三人の隙を狙おうとした。しかし、あらかじめブネーの兵士以外の工員は全員取り調べることになっている。何人かの暗殺者が武器のようなものを保持していたため、敢無く御用となった。
「……素直に知っていることを吐くことを勧める。そうでないと、お前達は今後まともに生きられなくなるかもしれない」
ルヴィナはそう言うと、地下に作らせた尋問室に入れて、自身は脱兎のごとく部屋に逃げ戻った。程なく、微かな雑音が耳に届いてくる。
「……我ながら、不愉快な音だ」
これだけ離れて、しかも地下で行われているのに耳を塞ぎたくなる音である。
三十分もしないうちにクリスティーヌが入ってきた。
「全員アクバルとマハティーラに頼まれたって吐いたわよ」
「……承知した」
「でもまあ、とんでもない地獄絵図だったみたいね。みんな漏らすわ、吐くわ。防具をつけているうちの兵士ですら何人か医師に診てもらっているわけだし、あんな不愉快な音、どうやって思いついたわけ?」
「……いい音には法則がある。それをことごとく外せば聞くに耐えない音となる」
ルヴィナの言葉に、クリスティーヌは肩をすくめた。
「まあいいわ。十人するうちの八人は捕まえたということで全員の供述は一致したわ。まだブネーに入っていない連中が二人いるみたいだけど、名前と大体の特徴は聞いてあるし、何とかなると思うわね」
「承知した。そうなる前に、父にところへ行く。スーテルとグッジェンを呼んできてほしい」
ルヴィナはスーテルとグッジェンに合流すると、更に数人の兵士を連れ、父アクバルの療養施設へと向かった。
「こ、これはルヴィナ様……、一体どうされたのですか?」
ズィーナが怯えたような顔で問いかけてきた。ルヴィナが来たことよりも、スーテルとグッジェンがついてきていることに不穏なものを感じたらしい。
「貴女には関係ない。通してもらう」
ズィーナを押しのけてアクバルの私室へと向かう。部屋をノックして。
「父上、ルヴィナです」
とだけ言った。「ルヴィナ!?」と驚きの返事があったのを受けてドアを開ける。読書をしていたようで慌てて入り口の方を見て、スーテルとグッジェンの姿に驚愕の表情を浮かべる。
「か、勝手に人の私室に入るな」
「私もこんなことはしたくない。でも、刺客を派遣してきた以上、仕方がない」
ルヴィナの返事に、アクバルの表情が凍り付く。
「十人中八人を捕まえている。全員、父上とマハティーラの名前を出している」
「そ、それは……」
「ついでに言うと、ニッキーウェイ侯爵から聞き、ブラシオーヌ外務大臣からも私のところに話が来ている。既に全て明るみになっている」
「ニッキーウェイ侯に……、ブラシオーヌ外務大臣だと?」
「端的に言うと、帝室以外は父上ではなく、私の味方。申し訳ないが、皆が必要としているのは、父上ではなく私だということ」
「……」
そんな馬鹿な、というような絶望の表情が浮かぶ。
「……父上、私は貴方のことが好きではない。貴方が私の姉にとった行動を許すことは死ぬまでないし、今回の身勝手な行動についても心底腹を立てている。とはいえ、既に勝敗も決定的になったし、不必要にことを荒げたくないのも確か。父上には今後ヴィルシュハーゼ伯爵家には携わらないでいただきたい。ズィーナ共々殺すつもりはないが、ブネーからは立ち去っていただきたい。貴方とズィーナとの間に生まれた子供については、希望するなら連れていってもいい。ブネーで育てても構わない」
「……おまえに万一のことがあればどうなるのだ?」
「スーテルがいるし、スーテルの息子がいる。根本問題として」
ルヴィナは大きく息を吐いた。
「ブネーの人達は、父上を望んでいない。盗賊に膝を屈すべきだと言った、あの日から」
そこで兵士を呼んだ。アクバルの反応には目もくれずに指示を出す。
「父とズィーナの二人を屋敷の一角に幽閉しておくように」
「分かりました」
「それでは父上、ごきげんよう」
ルヴィナは一足先に外に出ようとした。その一瞬、場にいた全員がルヴィナの発言に気を取られた一瞬に、アクバルが動いた。
「あっ!」
スーテルが叫んで、駆けだそうとした時には、アクバルは手に持っていたダガーを自らの胸に突き刺していた。
「父上!?」
さすがのルヴィナも思わず駆け寄ったが、顔の青白さを見て絶句する。これを見るだけで、とても生きているとは思えない。
「ズィーナ!」
ルヴィナの叫び声にズィーナが慌てて入ってくる。アクバルを一目見て悲鳴をあげ、ひたすら泣き出した。
「……まさかこんなことをするとは」
理解できない。ルヴィナはそう思った。
しかし、現実は動かない。
ヴィルシュハーゼ伯爵家の親子の争いは父の自殺という形で決着がついたのである。
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