第9話 次なる舞台へ

 自分で処分の内容を勝手に変えたルヴィナは、早々に護衛の剣士を二人連れてブネーを発ち、西へと向かった。


 3月頭、ルヴィナの姿はエルミーズにあった。


「どうも……」


 唐突に姿を現したルヴィナに、シルヴィア・ファーロット、サリュフネーテ・ファーロットの二人が仰天する。


「本当に来てくれたのですか?」


「……3年ほど放浪することになった。手紙の中で、いつか女性主体の自警団を結成したいと書かれていた。私もエルミーズの在り方には興味があるし、出来る限りのことはしたいと思う」


「それは非常にありがたいです」


「ただし、私はエルミーズに滞在するためだけに放浪を選んだわけではない。時期が来ればアクルクアに行きたいと思っている」


「アクルクアに、ですか?」


 シルヴィアが驚く。


「放浪の身ではあるが、さすがにフェルディス以外の地域で軍の指導をするわけにはいかない。イルーゼンで起きうることにも興味はあるが、私が首を突っ込むのはナイヴァルもイルーゼンも好まないだろう。それにノルンを始めとしてアクルクアの面々にも興味がある。なので、定期的に行き来して自警団の様子も見たい」


「随分と慌ただしいようですね」


「慌ただしい。ミベルサとアクルクアの行き来には三か月かかる。何回か行き来することを考えると三年というのは決して長い期間ではない。本当は五年くらい放浪したいが、さすがにそれだけブネーを空けるのは気が引ける。ということで、早速自警団を指導したいので案内してほしい」


 ルヴィナは指揮棒を持って立ち上がった。


 サリュフネーテがすぐに従い、広場の方へと案内していった。



 ルヴィナが指導を始めてから十日が経った。


 朝、いつものようにルヴィナはエルミーズの政庁庁舎に顔を出す。同じくいつものようにシルヴィアの姿があった。


「おはようございます、ヴィルシュハーゼ伯爵。訓練の方はどうですか?」


「……おはようございます。順調に進んでいると思う。この調子で教えていけば、あと二、三か月もすればホスフェ軍やナイヴァル軍以外の相手、つまり山賊やら盗賊相手なら同数なら余裕で勝てるようになる」


「それは頼もしいです。本日もよろしくお願いします」


「その前に、一つ聞きたいことがある」


 書き物をしていたシルヴィアがその手を止めた。


「貴女は半年少しほど前に結婚した新婚の身だ。本来なら夫と一緒にいるのが普通だと思う。しかし、シェラビー・カルーグは常にサンウマにいて、貴女はほぼエルミーズにいる。正直、少し不思議に思っている」


「……私とシェラビー様が愛し合ってはいない、と思っているのですか?」


「そうではない。ただ、今回、私がここにいることをそのうちシェラビー・カルーグに伝えると思っていた」


 ルヴィナ・ヴィルシュハーゼが本拠地を出て、流浪していると聞けば、有為な人材が欲しいと思う陣営は必ず獲得に乗り出すだろう。ルヴィナもそれは自覚していた。エルミーズとアクルクアを行き来するのも基本的にはシェラビー・カルーグに対して協力しない言い訳でもあった。また、唐突に襲撃された場合に逃げる準備も一応は、している。


 しかし、ここまでシェラビー陣営からのアプローチは一切ない。


「……私の目には、何だか政略結婚をした二人のような印象がある。あ、これは私の感想で、裏付けがあるわけではない」


 とってつけたようなルヴィナの言い訳に、シルヴィアは笑う。


「そうねぇ。まあ、不思議といえば不思議ですね。ただ、シェラビー様の本音は分からないけれど、私は彼の夢に惹かれたっていう部分があるし、彼も私がこういう夢を抱いていることを含めて愛してくれている。だから、お互いが夢のために頑張っている時に干渉するのは良くないんじゃないか、とは思いませんか?」


「シェラビー・カルーグはイルーゼン支配に向けて動いている。貴女はエルミーズの発展を願っている。それがベースで、二人が一緒にいるのは付随的な物でいい、と?」


 理屈として分からないではないが、やはりどこか腑に落ちない。シルヴィアはともかく、シェラビーはこういう環境で納得しているのだろうかという疑問も浮かぶ。


「一緒にいると、お互いにやりたいことができない。だから、時々くらいでちょうどいいのです。私達は、ね。全員が全員そうじゃないでしょうし、仮に私の娘がこういう形の恋愛をしていると心配するのは間違いないですけれどね」


「……シルヴィアさんとシェラビー枢機卿は少し変わっている、と」


「そういう認識でいいんじゃないでしょうか?」


「……分かった」


「ちなみに、ヴィルシュハーゼ伯爵はどうなのですか?」


 シルヴィアが唐突に話題を変えた。


「私?」


「はい。ウチの娘にもそういう話はちらほらありますし、女伯爵となる身分ならそういう話があってもいいのではないでしょうか?」


「……確かに、三年四年前なら父が進めていた縁談もあった。しかし、いつの間にか立ち消えになったし、私も特にどうとも思わない」


「誰か、いいなとか思うこともないんですか?」


「ない。私は、姉の次が自分だと思っていた。結婚式の日に、剣で相手と刺し貫かれた姉の姿を見て以降、私の時間は止まっている」


 シルヴィアが小さく呻いて頭を下げた。


「……余計な事を聞いてしまいました。申し訳ございません」


「気にしなくていい。理解している」


「時間が進むようになるといいですね」


「それは中々難しい。仇を討たないとおそらく前には進めない。しかし、それを討つのは難しいし、どうしてもとやるのなら私を信頼している人間に迷惑がかかる可能性がある」


「……」


「……暗い話をして申し訳ない。あと十日ほど指導したら、今度はシルヴィアさんとサリュフネーテちゃんが頑張る番。私はその間、アクルクアで過ごす」


「船賃は指導料代わりに払っておきますね。旅費は大丈夫でしょうか?」


「問題ない。ブネーの屋敷から宝石などを何個か持ち出した。これを預けておく」


 と、袋をシルヴィアに渡す。中身を見たシルヴィアは面食らった顔を見せた。


「……これを私が横領するとか思わないのですか?」


「可能性はあると思っている」


 ルヴィナがあっさり肯定したので、シルヴィアが「少しくらい迷ってくださいよ」と苦笑する。


「それならそれで仕方がない。私の価値よりその程度の宝石が上だと思われる相手に任せた私の落ち度だし、能力不足ということ」


「……エルミーズがどこかに攻め落とされて略奪された場合は勘弁してくださいね」


 シルヴィアが舌を出して言う。


「それは仕方ない。ブネーに戻れるならいずれ取り戻す機会がある」


「戻れないなら?」


「その場合でも、いずれ取り戻す」


「変わらないわけですね」


「私は根に持つタイプ。恨みを忘れることはない」


「敵にしたら大変なタイプですね」


 シルヴィアは再度苦笑いを浮かべた。



 十二日後、ルヴィナは予定通りにサンウマから経由して寄ったハルメリカ行きの船に乗った。


「……何でアタマナがここにいる?」


 厳しい表情のルヴィナの正面で、アタマナが楽しそうに笑う。


「クリス様から、ルヴィナ様は色々と抜けている部分があるから、世話をしてあげるようにと言われました」


「……抜けているのは確かだが、護衛もいる。美人がついてくると、いらない関心も引く。ブネーに帰れ」


「大丈夫ですよ。こうやってローブを目深にかぶって目立たないようにしますから」


 と、アタマナは確かに綺麗でないローブを目深にかぶる。ただ、それはそれで「私って美人ですから」と認めているようなもので、ルヴィナは少しイラッとなった。


「以前もらった薬だってあるんですよ。これぶっかけたらその瞬間、物凄く痛いですからね。その間に逃げればいいんです」


 瓢箪を取り出して楽しそうに振ると、確かにチャプチャプという音がした。


「……全く」


 生活費がかかって仕方ない。そう思いながら、ルヴィナは不承不承ついてくることを認めた。

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