第4話 外務大臣

 フェルディスの帝都カナージュ。


 その宮殿の一室でジュール・ミースラーがマハティーラに謁見していた。


 とはいっても、二人が直接対峙しているわけではない。マハティーラの姿は薄布に覆われた天蓋の中にあり、時折嬌声のようなものも聞こえることから、愛人の一人か二人がそばにいるらしい。


「……ブネーのアクバルの様子は以上でございます」


「分かった」


「閣下。三人を葬った後、アクバルはどうするつもりなのですか?」


「それは決まっておろう。領内を混乱させた罪を問い、娘諸共追放すればよいだけのことだ。そのためにホルカールやバラーフを手元に引き入れている」


「ホルカール様やバラーフ様ですか? リザーニ大将軍やニッキーウェイ侯爵は?」


 特に他意があるわけではない。二人の名前を聞いて、「もう少し大物がいた方がいいのではないか?」という思いを抱いただけである。この二人とルヴィナの関係がさほど悪くないことも知っている。下手に動いた結果、アクバルだけでなく自分まで尻尾切りの対象になってしまうことは避けたい。


「……二人とも、ジャングー砦の建設に向かっているのでな」


 マハティーラが言うが、瞬間的に「この二人に話すつもりはないのだ」と悟る。


「左様でございますか。できましたら、彼の二人の協力も得たいところではございます」


「うむ。それは余に任せておけ」


「お願いいたします」


 口調からして、追い出したい様子が伝わってきたので、頭を下げて部屋を出た。




 どうしたものかと思案しながらも宮殿の外へと向かう。


「お、ジュールではないか」


 不意に声をかけられ、顔をあげると外務大臣のトルペラ・ブラシオーヌの姿があった。


「どうも……」


 トルペラの妻が従姉にあたるため、一応姻戚関係にあった。ただ、ジュールはこの頑固一徹の外務大臣のことをあまり好きではなく、顔を会わせることは新年の祝いなどごくごくたまにしかない。


「マハティーラ様のところから戻ってきたようだな? 何かロクでもないことをしているのか?」


「ロクでもないはないでしょう」


 ジュールは苦笑いを浮かべる。この姻戚にあたる外務大臣は硬骨漢であり、マハティーラはもちろん、皇帝アルマバートに対しても引くところがない。それでも、そのしっかりとした姿勢が誰からも好感をもたれている。


「……」


 ジュールは立ち止まった。日頃であれば、この面倒な姻戚と相談しようという気は起きない。しかし、今回の業務に関しては若干の不安もある。


「……マハティーラ様はヴィルシュハーゼ伯爵代理に恨みを抱いていて、それで多少意趣返しをしたいと言っているのです」


 小声でトルペラに話した。そのトルペラは驚いている。


「おお? まさか話すとは思わなかったぞ。挨拶代わりみたいなつもりだったが。私が聞いたことにしてしまっていいのか?」


 ジュールは無言で宮殿の柱に視線を向けた。心得たとばかりにトルペラが柱の影へと歩き始める。


「……意趣返しというが、どういうものなのだ?」


「ヴィルシュハーゼ伯爵家の要人を何人か、消したいと」


「そいつは全くもって穏やかではないな」


 トルペラの表情が険しくなる。


「ヴィルシュハーゼ伯爵家はリザーニ大将軍やニッキーウェイ侯爵家と仲がいいと聞いていますので、安易に手出しをしていいものか少し迷っておりました」


「おお、手出しされるとまずい。軍だけではないわ。スランヘーン侯爵や私にとっても大変なことだ」


「……ジャングー砦の件ですか」


 トルペラだけでなく、宰相の名前も出て来て、ジュールはますます気が滅入った。


「分かっているではないか。ホスフェに圧力をかけるうえでルヴィナ・ヴィルシュハーゼの名前は絶対に欠かせない。マハティーラの個人的な好き嫌いで、フェルディスの政策が曲げられてしまうかもしれないのは非常にまずい」


「やらない方がいいですかね」


「おまえが責任者か?」


「……詳細を話せ。後は私が責任を負う」


「本当ですか?」


「おまえのことは好きではないが、おまえからこの案件を取り上げる以上、そうせねばならんからな」


「……分かりました」


 やはりあまりにも分が悪い。マハティーラ個人の信任、それも絶対あると言い切れない信任のために、軍の重鎮や宰相達を敵に回すわけにはいかない。ジュールはトルペラに全てを話すことにした。



 話を聞き終えたトルペラは陰鬱な表情を見せた。


「アクバル・ヴィルシュハーゼはこんな安易な男ではなかったはずなのだが……」


「私が見た限り、精神的にかなり不安定なところがありました。色々追い詰められているのかもしれません」


「残念なことだ」


「……まあ、今のフェルディスにとってはアクバルはいてもいなくても構わない存在でしょう。しかし、一体どうするおつもりで?」


「この件は私が預かると言ったはずだ。おまえは一々余計なことを考えず、計画を外形だけなぞらえておけ」


「……分かりました」


 ジュールが頭を下げた。計画をそのまま進めることでジュールが翻意したことは秘匿しておき、一方でトルペラがヴィルシュハーゼ家に伝えることで計画を失敗させ、問題を起こさないという肚なのであろう。


「多少怒られることになるでしょうが、それは仕方ありませんね」


「ふん。多少怒られることを恐れているようでは話にならんわ」


 トルペラの手厳しい物言いに、ジュールは首をすくめた。


「だが、ちょうどいい機会でもある」


「ちょうどいい機会?」


「ブローブがいつも奥歯にモノが挟まったような言い方をしておった。ヴィルシュハーゼの娘は帝室に対して秘するものがあるのではないかと。今回の件を伝えるついでにその件も確かめてきたい」


「つまり、私がうまいこと計画を進めていたことが役に立ったということですね」


「調子に乗るな、馬鹿者」


 トルペラが険しい顔で叱責する。それを受けて、ジュールはまたも首をすくめる。


「しかし、どうやって確かめるのですか? 聞いて教えてくれるなんていうことはないと思いますが」


「ふん。貴様とは年季が違うわ」


 トルペラは自信ありげな様子で言う。


(年季って、七つしか違わないのに、か?)


 顔つきだけなら細面のジュールと、深い彫りに髭まであるトルペラの間にはかなり差があるようにも見えるが、実際の年齢はジュールが28歳、トルペラは35歳であり、7年の差である。小さい差とはいえないが、決して大きな差ではない。


 とはいえ、トルペラにはかなりの自信があるらしい。


(何をするつもりなのかね……?)


 気になったが、それを教えてくれることはないだろう。話すなら最初から教えてくれるが、そうでないなら全く教えてくれない頑固な男である。


「……では、私は計画の遂行だけはしておきます」


 後のことを任せて、ジュールはその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る