第2話 ルヴィナの思惑
カナージュの北西・ブネーの領主館で、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼが薬剤師から説明を受けていた。
「ということで、このくらいの量がないと三十メートル先の相手に致命傷を与えるのは難しいですね」
「理屈は分かった。これだけ揃えるとなると幾らかかる?」
「……このくらいです」
差し出された紙を見て、ルヴィナは「高い」と顔をしかめる。
「……それでも、作戦遂行のために必要になることはあるだろう。仕方ない、買おう」
不承不承袋を取り出して、金貨をテーブルの上に積み上げていく。
「毎度ありがとうございます」
薬剤師が答えたところで、ドアがノックされた。
「ルー、いる?」
腹心のクリスティーヌ・オクセルの声である。
「いる。少し待って」
ルヴィナは急いで薬剤師から丸い玉を受け取る。薬剤師は「くれぐれも取り扱いに注意してくださいよ」と忠告をして出て行った。
入れ替わってクリスティーヌが入ってくる。当然、机の上にある玉に視線が向かう。
「何なの? その玉は?」
「火薬玉」
いつも通り、素っ気ない口調で回答がなされる。
「火薬玉? 何に使うの?」
「いざという時、マハティーラごと吹っ飛べば話が早いと思った。準備しておくに越したことはない」
「……はぁ。あれよ、湿気のあるところに置いておくと使えなくなる可能性があるわよ」
「分かっている。それで、クリスは何の用?」
「あ、ニッキーウェイ侯爵が会いたいって」
クリスティーヌの言葉にルヴィナの目が丸くなる。
「ニッキーウェイ侯爵が?」
リムアーノは既に応接室に座っていた。お茶を出したり、世間話をしたりしているのは半年前から屋敷にいつくようになったアタマナである。
「……ニッキーウェイ侯、お待たせさせて申し訳ない」
ルヴィナが部屋に入って謝罪をするが、リムアーノは気に留める様子はない。
「ああ、こちらがいきなり来たのだ。気にしないでほしい」
「いきなりブネーに来られるとは、何かあったのだろうか?」
「うむ、まあ、ちょっと気になる噂を耳にしたので、な」
「気になる噂?」
ルヴィナの視線が険しくなる。
(さっきの玉のことだろうか? あれは、城壁破壊のためだと薬剤師にも説明していたから発覚することはないと思うのだけれど)
「貴殿の父親のことだ」
「父親?」
「カナージュのマハティーラ様を通じて、復権しようとしているらしい。どうも貴殿が精神を病んでいるとか口実をつけて幽閉しようとしているようだ。マハティーラ様がホルカールを誘ったのだが、貴殿に恩があるから私に報告に来た」
「……それで私に?」
「貴殿が幽閉されると、フェルディス軍にとっても痛いからな。支援が必要なほどだとは思わないが、何かしら支援が必要なら手助けしたい」
「……承知しました。ご助言、感謝します」
「うむ、私はこの後ジャングー砦の予定地に向かうので、しばらく不在にするが、カナージュにはファーナがいるので、何かあったら伝えておけばすぐに取り計らってくれるだろう」
「分かりました」
次の目的地へ急ぐのであろう。リムアーノはルヴィナの返事に「うむ」と頷くとすぐに立ち上がり、部屋を出て行く。見送ろうとするのも「結構」と片手で制して、そのまま屋敷を出て行った。
リムアーノが去ったことを確認すると、ルヴィナは一族のスーテルを呼び出した。
「父が何か画策しているらしいが、知らないだろうか?」
スーテルは思い当たることがあったのであろう、すぐに頷いた。
「十五日ほど前だったかな。子供ができたらしいので、何とかヴィルシュハーゼ伯爵家を名乗らせられないかと相談を受けた」
「……それで?」
「ルヴィナがいる以上、誰も賛成しないだろうと答えた」
「スーテル様が反対したから、マハティーラに頼んだっていうわけ? どこにそんな伝手があったのやら」
クリスティーヌが首を傾げる。三年前からほとんど外に出ていなかったアクバルが、ルヴィナやスーテルに知られずにカナージュのマハティーラと連絡を取っていたというのは不可解であった。
「父は私より社交的だった。それなりに伝手はあるはず」
「それが分かっているのなら、もうちょっと愛想よく振る舞いなさいよ。でも、まあ、早めに分かったのは良かったんじゃない? 今ならアクバルを追い出せばそれで終わりだし」
「そうだな。私とグッジェンが向かえばすぐに済むだろう」
クリスティーヌの言葉に、スーテルも同意した。
ルヴィナはしばらく沈黙している。
「えっ、まさか、父親だからそんなことしたくないとか思っているわけ?」
「そんなことは思っていない。父にも姉のことで恨みがある。私が思っているのは、多少都合がいいけれど、ブネーで父の思惑通りに進まない場合に実力行使をしてくるのなら、それまで待ってみること」
「実力行使まで待つ?」
クリスティーヌがけげんな顔をした一方で、スーテルが頷いた。
「ルヴィナとアクバルが対決すれば、ルヴィナが勝つのは誰の目にも明らかだ。となると、マハティーラが陰ながら支援をしてくる可能性がある。マハティーラ本人が出てくることはないだろうが、参謀クラスは出てくるだろう」
「大叔父さんの言う通り。正直父はどうでもいい。マハティーラの戦力を削ぎたい」
「えっ、まさかマハティーラの軍勢を引っ張り出したいわけ?」
「そこまでは行かないだろう」
ルヴィナの代わりにスーテルが答える。
「今回の件、我々が勝つならアクバルの居場所を襲って捕まえれば勝ち。このヴィルシュハーゼ邸を襲ってルヴィナを捕まえて追放すれば相手の勝ちだ。多数の軍勢が出てくることはない。ただ、それでも本気でやるとなればマハティーラの参謀は出てくるはずだ」
「そいつをぶっ倒せば、マハティーラの戦力は削れるわけね。とはいえ……ちょっとリスクが高すぎない?」
さっさと襲えば勝てるのに、わざわざ相手に準備させて襲撃させたところを迎え撃とうというのは賢明な策とはいえない。
「……私はヴィルシュハーゼ伯爵家にはそれほど興味もない。失うのならあれでボンとやればいいだけのこと。失うことを恐れるより、得るものを多くしたい」
「いや、ルーはそうかもしれないけど、あたし達はどうなるのよ? 今、この屋敷にいる中でアクバルに仕えたいなんて考えている者は皆無よ。そういう人の期待まで簡単に捨てないでほしいわね」
「……それは分かっているけれど」
「……まあ、今すぐ結論を出すことではない。ルヴィナも一日くらい考えた方がいいんじゃないか?」
スーテルが宥めるように言った。ルヴィナも頷く。
「……大叔父さんの言う通りかもしれない。私も少し頭を冷やして、もう少し考えてみる」
「そうね。そうした方がいいと思うわ」
場はそうした形で一回落ち着き、クリスティーヌとスーテルは部屋を出て行った。
一人になった部屋でピアノの演奏をしているとアタマナが入ってきた。
「ルヴィナ様、クリスティーヌ様が随分と殺気立った顔をしていましたが」
「……ああ、ちょっと面倒なことになりそう」
「面倒なことですか? クリスティーヌさんが誰か騙したとか?」
「……クリスは片目だし、顔は怖いけど、人を騙すようなことはしない」
「あ、いえ、善人ではなくて、男を、ってことです」
「……そこまでは知らない」
と言った時、ルヴィナはふと閃くものがあった。
「アタマナ姫」
「姫はいりませんよ。今の私はルヴィナ様の忠実な僕なのですから」
「……呼称はともかく、貴女のおかげで妙案が閃いた。感謝する」
「……そうですか? 何だかよく分かりませんが、ルヴィナ様のお役に立てたのなら良かったです」
アタマナはきょとんとした顔をしながらも、どこか嬉しそうに答えた。
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