第9話 結婚式

 6月15日、サンウマの中心部にあるトムザ教会でシェラビー・カルーグとシルヴィア・ファーロットの結婚式が行われていた。


 レファールは新婦側の二列目にいた。どういう意図があってここにいるのかは分からない。考えられる理由としては、関係者の人数的にはシェラビーの関係者が圧倒的に多いため、娘達……特にサリュフネーテと関係があるということだろう。前にサリュフネーテ、メリスフェール、リュインフェアの三姉妹が座っており、横にはボーザとリリアン夫婦がいる。


「しかし、大将、シルヴィアさんって本当に若いですよね~」


 ボーザが軽口を叩き、リリアンにつねられて「痛ててて」と泣き言をあげる。レファールは知らないフリをして、式の様子を見ていた。


 この二人を知るようになって三年以上が経過しているが、実のところ二人一緒にいる機会というのはほとんど見ていない。もちろん、四六時中一緒にいるわけではないし、二人とも別々の形でレファールとの付き合いもあるので、という理由はある。それでも、特にシェラビーは敢えて離婚してまで結婚をするというほどの信頼関係があるように見えない部分もあった。シェラビーは三人の娘を手元に入れたいのではないか、と邪推したことも一度や二度ではない。


 それは杞憂だったらしい。この式を見ている限り、シェラビーもシルヴィアも満面の笑みで、心底幸せを感じていることが窺える。見ているレファールも笑みが浮かぶほどである。唯一気になるのが、今回の件で割りを食うことになるシェラビーの前妻ヨハンナであるが。


(実質的にそれ以前から離婚状態でどちらも愛人を囲っていたということだし、仕方ないことではあるのだろうな……)


 あくまで政治的な関係に過ぎず、政治的に必要性がなくなったので終焉したということになるのであろう。


(私も、場合によってはそういうことになるのだろうか……)


 ふと、そんなことも考えたりした。



 式は一時間ほどで終わり、参加者が作る花道を二人が抜けていく。


「お母さん、ブーケ頂戴!」


 メリスフェールの声に反応し、三人の娘や、サンウマの他の未婚の娘達も集まっていく。


「よーし、準備しなさいよ」


 シルヴィアは声をかけると、並んだ女子陣に向けてブーケを投じた。娘達が「わー」と声をあげながら落下点に向かおうとした際、不意に強風が吹いて一気に流れる。


「うわっ!」


 風に流されたブーケは十五メートルほど離れたところにいて、視線すら向けていなかったミーシャの顔面を直撃した。


「……もう一回やる?」


 顔からはがしてミーシャは苦笑を浮かべた。ブーケをシルヴィアに返そうとするが、シルヴィアは笑って拒絶した。


「多分、総主教様にもそういう話があるという運命なのだろうと思います」


「えぇー? そうなの? まあ、それじゃ貰っておくわ」


 複雑な顔で鞄にブーケをしまうミーシャに、赤黒いローブを着た陰険な目つきの男が近づく。


(何だ、あの怪しい男は……?)


 レファールは警戒を強めたが、ミーシャは全く警戒する様子がない。男が言う。


「総主教、ちょうどいいので、明日、決めてしまえばいいのでは?」


「決める? 何を?」


「司祭レファールの枢機卿の件です」


「えっ? でも、二人しかいないじゃない」


 というミーシャの言葉で、この怪しい男が枢機卿の一人なのだと気づく。もっとも、レファールが知るのはシェラビー以外だと、ネオーベ枢機卿しかいないが。


「ネオーベ枢機卿、アヒンジ枢機卿、ベッドー枢機卿からの委任状を預かってきております。皆、バシアンまで来ることもないようです」


「新しい枢機卿を決めるっていうのに、随分やる気のない話ね」


 ミーシャは男の差し出した委任状を確認して、レファールの方を向いた。


「慶事は続く方がよろしいでしょう」


「慶事……?」


「総主教、私の意向は総主教と共にあります」


 男はレファールの方を見て、薄気味悪い笑みを浮かべ、一礼する。


「あたしはいいけど、カルーグ枢機卿は可哀相じゃない? 新婚翌日なのに会議なんて」


「私は一向に構いませんよ」


 話を聞いていたのかシェラビーが近づいてきていた。


「レファールの就任に反対的な三人がいないということであれば、望ましいではないですか」


 本音を全く隠すことなく言うところに、レファールは苦笑する。


「それでは、明日、またこちらに参ります」


 薄気味悪い枢機卿はそう言うと、ゆったりとした足取りで下がっていった。一体何者か気になる。


「総主教。あの人は?」


 尋ねると、ミーシャが何とも言えない笑みを浮かべた。


「ああ、当然レファールは知らないわよね。ムーレイ・ミャグー枢機卿よ。残り三人の枢機卿から委任状を貰ったから四人分決めるみたい」


「随分大きな発言力ですね」


「大丈夫でしょ。彼は賛成するわ。むしろ」


 レファールの顔を見て、ニヤッと笑う。何故かシェラビーもニヤニヤしている。


「問題はその後かもね」


「どういうことです?」


 ミーシャは再度シェラビーを見た。お互い肩を揺らして声を立てずに笑っている。対立しているはずの二人が、何故かこの一連の時間だけ妙にシンクロしている。


 しばらくして、ミーシャが言う。


「ミャグー枢機卿は若い男が大好きなのよ。だから、レファールみたいなのが枢機卿になってくれれば大喜びということなのだと思うわ」


「え、えぇぇっ!?」


「残念なことに、一部の司祭達は純潔という概念を勘違いしているようでそういうこともあるみたい。嘆かわしいことだわ」


「全然嘆かわしく思っていなさそうなのですが……」


 レファールが怪し気な視線を向けると、ミーシャが笑う。


「それはまあ、お互いが合意のうえでというなら、あたしができることは何もないわ。カルーグ枢機卿はどう?」


「左様ですな。個人的には嘆かわしいという思いもありますが、止めることはできません」


「……二人とも、絶対楽しんでいるでしょう?」


「失敬な。誰もミャグー枢機卿がセグメント枢機卿にどのように言い寄るのだろうとワクワクなんかしていないわよ」


「全くです」


 明らかに楽しんでいる様子の二人を、レファールは恨めしい顔で睨みつけていた。



 翌日、同じトムザ教会の会議室で枢機卿会議が開催され、ミーシャ・サーディヤ総主教、シェラビー・カルーグ枢機卿、ムーレイ・ミャグー枢機卿の全会一致でレファール・セグメントの枢機卿選任と九月一日にバシアンの大聖堂で叙任式が開催されることの二点が決定した。


 しかし、当のレファールは急病にかかったことを理由に参加せず、サンウマの自宅から数日間、外に出ることもなかった。

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