第10話 セルフェイの報告
結婚式の後、レファールはしばらくサンウマに残り、ボーザやサリュフネーテらと時間を過ごしていた。もちろん、薄気味悪い若者好きのムーレイ・ミャグーと共にバシアンに戻るのが嫌だったということもある。
そうしているうちに、セルフェイ・ニアリッチがフグィから船でサンウマへと戻ってきた。酒場でレファールがサンウマにいるという情報を仕入れたのであろう。すぐにサンウマのレファールの屋敷を訪ねてきた。
「まず、残念ながらフィンブリア・ラングローグを連れてくることはできませんでした」
セルフェイから、フィンブリアを巡る話を聞かされ、レファールも頷く。
「ホスフェの軍人なのだから、ラドリエル殿がそう言うのであれば難しいんじゃないかな。話を聞いていると中々面白そうな人材であるのも確かだが、ラドリエル殿に恩を売れたということがあるのなら、今回は仕方あるまい」
「そのラドリエル殿からの信書を預かっております。離れる直前に入ってきた情報ですが、フェルディスが国境近くに砦を作るというような話が出ていて、しばらく大変なことになりそうですね」
「フェルディスがホスフェ国境に砦を建設か。確かに物騒だな」
仮にホスフェが国境近くに砦を立てれば、シェラビーが猛抗議をすることは間違いない。国境からサンウマまでの間にエルミーズがあり、そこに新妻のシルヴィアがしばしば行くことになるからだ。
「ただ、オトゥケンイェルの連中や東の連中はフェルディス寄りです。ホスフェがフェルディスに対してどういう態度を取るのかは注視が必要ですね」
「確かに」
「もう一つ面白い話があります。そろそろワインが欲しいなぁ」
セルフェイの要請に、レファールは敵わないとばかりに笑い、保管庫の方へ向かう。
レファールは倉庫からワインを持ち出してきて、セルフェイのグラスに注いだ。
「面白い話というのは?」
「アムグンという占い師はご存じですよね?」
「ああ、私ではなく、レビェーデの友人ではあるが」
「あの人、多分、カルーグ枢機卿のスパイですよ」
レファールのグラスをもつ手が止まる。
「……何でそう思うんだ?」
「いや、考えてみてくださいよ。占い師なんてどこででも仕事ができる人ですよ。そんな人がこれから戦場になる場所に居ること自体おかしいと思いません? レビェーデ将軍のように戦える人ならともかく、まともに戦うこともままならないような中年の人ですよ?」
「……」
「しかも、戦闘が終わりそうな段階でいなくなったという話じゃないですか。しかも、行方不明になったのは彼一人でしょ? スパイが役割を終えて帰っていったと考えるのが自然じゃありません? もちろん、そこで瞬間移動のようなものに巻き込まれたのは予想外だった可能性もありますけれど」
レファールはワインを傾けて頷いた。
「……そうかもしれないな。シェラビー様はセルキーセ村を包囲した際にも村人の中にスパイを入れていた。より強敵であるプロクブルに派遣するのはむしろ自然かもしれない。そうすると、現在もフグィでスパイ活動をしていると言うのか?」
「そうですね。しかも、これは中々信用してもらえるか怪しい話なのですけれど、魔道士がいれば彼をある程度コントロールできる可能性もあります」
「どういうことなんだ? 詳しく話を聞きたいな」
レファールはもちろん魔道のことは分からない。分からないがゆえに、それに関する話題は気になる。
「……あ、えーっと、この点については表沙汰になった時に僕が不利益を被る可能性があるのでちょっと言えないですね」
「不利益?」
「そう。酒のうえでの粗相をすると、一定期間禁酒を余儀なくされてしまうんですよね。だから公にはできないのですけれど、彼は非常に他人の魔力の影響を受けやすい人物みたいですね。だから、カルーグ枢機卿の配下、あるいは本人が魔道を扱えるのなら、アムグンをコントロールして色々な情報を直接に得る可能性はあります。その辺りのカルーグ枢機卿周辺の人材について分かりますか?」
「いや……」
シェラビーの周辺というと、まずスメドアがいて、参謀としてラミューレがいる。その他部将のような存在が数人いるが、魔道士のような人物を見たことはない。
一方で、シェラビーのことをある程度信用しているため、彼の周辺を必死に探ったことはない。スパイを使っているとなると、その管理も含めた特別な参謀がいるのかもしれない。
「そういうことも考えると、ナイヴァルでシェラビー様の勢力が圧倒的だというのは改めて分かるな」
「そうですね。フィンブリアを連れてくることに成功したとしても、それでもかなり差がありますね」
「セウレラの爺さんは、ある程度の部分シェラビー様の意見が採用されるのは仕方ないが、ホスフェ政策など重要な部分では妥協できない態度がいいと言っていた。そのホスフェ政策という点ではフェルディスが砦を作るというのは非常に気になるな」
「そうですよね。フェルディスと共同してホスフェを半分こする考え方もありますしね」
「半分こか……」
シェラビーならやるかもしれない。そのうえで、フェルディスとの第二戦もありえそうだ。
セルフェイが魔法の話題を持ち出した。
「隣の大陸には魔術学院と呼ばれる魔道の学校もあるらしいです。今後長期のことを考えれば誰か若い人を派遣することも面白いのではないですかね」
「若い人って、目の前にいるのが一番若いけどな」
「ああ、確かに僕は若いですね。ただ、僕には別の人生の目標があるので魔道の勉強に時間を費やすわけにはいかないです」
「……まあ、そういうことにしておこう。今、あっちの大陸でも戦争が始まっていて、ボーザが訓練したシェラビー様の配下が向かうことになっている」
「その連中の一部でも勉強してくれば、既にナイヴァルで圧倒的なカルーグ枢機卿が更に強くなるということですね。厳しいなあ」
「ま、元々この大陸を統一しようとしている人だしな」
「それは初耳ですね。そうか、カルーグ枢機卿が大陸統一をねぇ」
セルフェイは「うーん」と唸って考えている。しばらく、十分ほど唸りながらワインを飲んでいたが。
「……僕は直接会ったことはないんですけれどね。カルーグ枢機卿は能力もすごく高くて、やろうとしていることも素晴らしいとは思うのですけれど、ミーツェン様と比較してカルーグ枢機卿の方が上だっていう気にはどうもならないんですよね」
「ああ、そういえば君達は親子してミーツェン・スブロナの下にいるんだっけ」
「父さんはともかく、僕は大分独立していますけれどね。何て言うのかな、カルーグ枢機卿はナイヴァルでは特別ですよ。ただ、宗教国のナイヴァルだから彼のやり方は目立つのであって、他の国に行くとどうなんだろうって感じはありますね。それこそシルキフカルにカルーグ枢機卿がいて、ミーツェン様より優れているのかと考えた時に、何かピンと来ないんですよねぇ。ま、とある理由でミーツェン様は広く外には出られないのですけれど」
「寒いと動けなくなるらしいね」
レファールの言葉に、セルフェイが目を見張る。
「あれ、ご存じ?」
「昔、コルネーの方で彼の父親に会ったことがある」
「レファール将軍って何をしたいのか全く見えない代わりに、誰とでも仲良くなれる能力がありますよね」
「何をしたいのか全く見えないっていうのは心外だな。確かに私は政治的な意見みたいなものは弱いよ。ただ、それは元々コルネーの軍属で育って、数年前にナイヴァルに降伏したことで立場というものが確固たるものとして存在していないというのがあるから」
「いや、それはいいんですけれど、理想的な政治見解もなさそうですし、そもそも政治的立ち位置とか関係ないことでもフワフワしていますよね。女性に対してもかなり弱腰だと評判で、実は男性が好きなのではないかという噂もあるくらいですよ」
「何!?」
「そうそう。ミャグー枢機卿という人も男性が好きらしくて、最近関心をもっている話も聞きました」
「……」
「どうしました? 顔が青いですよ? あ、ひょっとすると既にコンタクト済とか?」
「私はどうしたらいいんだろう?」
「さあ……。とりあえず色々自己主張をはっきりする方がいいのではないですか? あ、一本目のワインがもう少しでなくなるなぁ」
レファールは無言のまま立ち上がり、倉庫の方へと歩いていった。
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