第7話 ジャングー砦
フィンブリア・ラングローグの雇用が決まり、セルフェイ・ニアリッチは無駄足を踏んだことを後悔……することはなく、連日フグィの酒場に出入りしていた。
「しかし、毎度のことながら大丈夫なのかね?」
共に飲んでいるラドリエルが不安そうな顔を向けてくるが、セルフェイは笑って取り合わない。
「大丈夫ですよ。僕達の家系はいくら飲んでも大丈夫なように出来ているので。自慢じゃないですが、たらふく飲んでも軽く酔う程度です。だから僕とは付き合わない方がいいですよ」
「そうか。しかし、すまないね。フィンブリアを貰ってしまって」
「それは仕方ないですよ。ラドリエル様の伝手を利用して釈放してもらった以上優先権はそちらにあるのですから……」
「うむ。個人的にはレファール将軍とは今後も仲良くしていきたいと思っているし、今回の件とは別のことで、ナイヴァルとも協力していきたいと思っている」
「了解です。僕は酒を飲むと忘れませんからね。周りのことも含めて今のセリフは全部覚えていますよ」
「しかし、フィンブリアの奴、あれだけ暴れるくせに下戸だというのは意外だった」
話題がフィンブリアのことに移る。
セルフェイも逮捕された細かいことまでは知らなかったが、三回逮捕されたうちの二回は酔客との喧嘩だったということである。
「本人がそう言うだけで、オトゥケンイェルで資料を見てみないことには本当かどうかは分からないが」
ラドリエルはそう言うが、セルフェイはほぼ間違いないと思っていた。
「でも、僕が酒場を好きだということで嫌な顔をしていますからね。酒が大嫌いなのは間違いないですよ。そこまでは分からなかったなぁ」
「残念だったね」
「まあ、いいですよ。ひとまずラドリエルさんと知己を得ましたし、ナイヴァルの酒場を回ったら今度はホスフェに来ます」
「それはいいね。歓迎するよ」
フィンブリアを連れてくるという話は一旦、ラドリエルが採用したことで棚上げになったが、その友好を確固たるものにするという役目は果たすことができた。
(まあ、それでもいいかな……)
レファールの副官を確保することはできなかったが、対外的な大きな行動を行う場合にフグィが支援してくれるという事実は悪くないだろう。最低限の役割は果たすことができたと考えることにした。
次の日、セルフェイはラドリエルからレファール宛の信書を貰うと、港で帰国の船が準備されるのを待っていた。港にはラドリエルがおり、酒がないこともあってフィンブリアもついてきていた。
「ガキ、今度はいつ来るんだ?」
「そうですねぇ。バシアンはあと二か月くらいで、その後サンウマで半年、エルミーズにも何件かあるらしいので一か月、二か月はいると思いますので一年後ですかね」
「そうか。ひょっとしたら、次に来る頃には、俺はこいつとも喧嘩してまた牢獄にいるかもしれんな」
冗談か本気なのか、フィンブリアの言葉にラドリエルが苦笑し、セルフェイも笑う。
「うん?」
その時、急に街の方からけたたましい音がした。激しく馬を駆って港に向かっている者がいる。セルフェイは見覚えがあった。ビーリッツ家の家人である。
「ラドリエル様!」
「どうしたのだ?」
「先程オトゥケンイェルに派遣されていた者から連絡が入りまして、フェルディス帝国がパルシェプラの南方、国境付近に城塞を建設すると通告してきたそうです」
「何だと!?」
「建設地点はリヒラテラから50キロのジャングーということで、完成した暁には……」
「フェルディスがその気になれば、一日か二日でリヒラテラにたどりつける距離になるということか」
「しかも、その規模が三万人を収容できるということで……」
「おいおい」
フィンブリアが思わず頭を振った。ラドリエルも絶句している。
「国境に常時三万置くってどういう意味だよ。完全な脅しじゃねえか」
「リヒラテラの時もそうだったが、いよいよフェルディスは本腰を入れて北に充てていた兵力をこちらに向ける体制を整えてきたようだな」
「オトゥケンイェルの連中はどうするんだよ?」
「バグダ議員から、既にオトゥケンイェルに向かう準備をしているので、日取りに都合がつくのなら来てほしいという連絡が来ております」
「……分かった。私もついていこう。セルフェイ君、申し訳ないが帰国を一日延期してもらっても構わないだろうか。信書の内容を変更する必要が出てきた」
「分かりました」
セルフェイは二人とともにビーリッツ邸へと帰還した。
ビーリッツ邸では、漁業ギルド長のグライベルも含めて慌ただしく動いていた。
「どうするんだ? もちろん反対するんだろうが、方向性を教えてくれよ」
フィンブリアがグライベルに問いただす。
「うむ。当然ではあるが、フェルディスといざという時ことを構える覚悟を決めなければならない。となると、ナイヴァルとディンギアとの関係が重要になる」
ラドリエルがグライベルの言葉を受ける。
「ナイヴァルについては、レファール将軍……間もなく枢機卿になるようですが、とシェラビー枢機卿の弟であるスメドア将軍のルートを使って働きかけます」
ラドリエルの話を聞きながら、セルフェイは不安な思いも抱く。
(最近の話だと、シェラビー枢機卿が力をつけてきていて、コルネーとの関係が安定しているけれど、それはどうなるんだろう)
次期王妃メリスフェールがいる関係で、ナイヴァルとコルネーの関係はここ数十年でもっとも安定している。それで東に矛先に向かう可能性は否定できない。ナイヴァルとホスフェとの関係も悪くないが、フェルディスがホスフェを攻撃する場合、それを守るよりも一緒に攻撃する考えもありえる。
(あれ、もしかして、僕、ものすごく重要な任務負うの? 僕の言動で、レファール将軍とシェラビー枢機卿の考えが決まって、下手するとフェルディスとホスフェを挟撃するとかなってしまったりするの?)
自分が出来るのは酒を介した人とのやり取りのみで外交はレパートリーにない。それを任されそうな状況に急に不安が募ってくる。
「ディンギアは昨年以降、南のシェローナが勢力を強めているので北の部族にこちらに攻めてくる余裕はないでしょう。ただ、シェローナが勝ち進んだ場合に、今度はシェローナが何をしてくるかという不安はあります」
(シェローナも、レビェーデ、サラーヴィーの二人はじめ、レファール将軍となじみのある人が結構いるのか。うーむ……)
セルフェイの目にはレファールの存在が大きすぎるように映った。
(大きいということは悪いことではないけれど、そうしたものを邪魔だと感じる人もいる)
例えば、反対派がレファールを暗殺する。そうした状況が起きうる。
「ディンギアにはレビェーデ・ジェーナスがおりまして、アムグンが彼と交友関係があるのでそのルートで折衝をしていくことができると思います」
ラドリエルの言葉に、セルフェイはアムグンの存在を失念していたことに気づく。
(そうか。謎の占い師の人がいたんだっけ。でも、この人、何なんだろう。ちょっと気になるな……)
ちょっとした好奇心が首をもたげてきた。
フィンブリアはグライベルとラドリエルの説明で大体の外交状況を理解したらしい。
「状況と方向性は分かった。とりあえず、俺は今いる連中のレベルアップに向けて、できることをやっておく」
と言って、出て行った。
その後、レファールへの手紙を書きなおそうとするラドリエルに声をかける。
「ラドリエルさん、もし良かったら、今晩、アムグンさんと飲めるようにしてくれないですか?」
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