第6話 囚人の流儀
フィンブリア・ラングローグは中央牢獄の独居房の一つに座っていた。
何もすることがないので、本を読むくらいしかない。とはいっても、提供してくれる相手もいないので、以前に収容されていた者が残していた本を読むしかない。
軍学校にいたことはあるので、軍に関する本などを雑多に読んでいた。それが何になるのかは分からないが。
今日が何日かも分からない。釈放まであと半年あまりと聞いているが、釈放された後のことも考えていない。正直どうでもいいという思いであった。
であるので、その日の宣告に驚いた。
「お前さんを引き取る奴が現れたよ。釈放だ」
という宣告に。
一時間後。
明らかに不機嫌な様子で何も口にしないままフィンブリアは外に出た。その入り口で立ち止まる。
「何だよ、かつての同窓を笑うためにわざわざフグィからやって来たのか?」
正面にいた男にはっきりとした記憶はない。しかし、何故だかその男がラドリエル・ビーリッツであることは理解した。何故か子供を連れている。年齢からするとラドリエルの息子ということはないだろう。何者かは分からない。
「そんなに暇ではない。これでも次回は元老院議員になる身分であって、な」
ラドリエルは巾着袋を投げ渡してきた。受け取ると金属音がする。
「……何のつもりだ? 施しを受ける身分でもないが」
「前金だと思ってくれ」
「前金? 何の前金なんだ?」
フィンブリアには訳が分からない。風の噂で元老院議員選挙に立候補して敗北したという話を聞いていたが、そうした彼にとって牢獄にいる自分は縁遠い人物であるはずである。
「……リヒラテラでのフェルディスとの戦いについて知っているか?」
「ああ、牢獄にいてもそういう話は入ってくる」
「ホスフェは人がいない結果、他所からの流れ者に作戦を立ててもらう状態だった」
フィンブリアは頷いた。どうやら、軍学校にいたという事実に期待しているらしい。
「大昔に戻せばいいんじゃねえか? 国の代表として発言をするということは、その身をもって尽くすことも意味している。すなわち国防に携わるということだ。議員は全員戦って死ねって具合に」
「……」
「……まさかと思うが、俺に軍のことを任せるとか言うんじゃないだろうな?」
「フグィはオトゥケンイェルと喧嘩していて、な。今後、ディンギアのことなども含めて色々出入りが起こる可能性がある」
「本気かよ? 兵士はどうするんだよ? オトゥケンイェルに賃金で勝てないみたいな話を聞いたが?」
「今まではそれでも良いとしていたが、今後そうはいかないだろうな」
ラドリエルは真顔で答える。
「……さしあたり、二、三十人くらいの幹部から育てたい。やってもらえんかね?」
「……俺は普通じゃないぞ? それで構わんというのなら」
「分かっている」
ラドリエルの返事に、フィンブリアは「後悔するなよ」と言いつつ巾着袋を開く。金貨が二十枚、「まあ、このくらいが妥当かね」とつぶやいた。
オトゥケンイェルからフグィに移ると、フィンブリアは二つの要望を出した。
「まずは百人程度募集をかけることで、もう一つはガラスをなるべく沢山用意してくれ」
「ガラス?」
「ああ、何でもいいから用意してくれ」
「分かった」
ラドリエルは異議を唱えることなく従った。
五日で、志願者百人が集まった。
「では、任せたぞ」
ラドリエルに言われ、フィンブリアは「へいへい」と答えてフグィの広場に百人を集める。軍隊志願者ということで全員が若者か壮年である。
「俺がフグィの軍隊の指揮官となるフィンブリア・ラングローグという。早速だが、選抜試験を行う。全員、横に並んで靴を脱げ」
フィンブリアの指示に、全員が顔を傾げる。それでも指示に従って全員裸足になる。
「よし。それじゃ」
フィンブリアは揃えさせたガラスを多数並べた。
それを地面に次々に投げ捨てる。高い音とともにガラスが粉々に割れ、地面に散らばった。百人の目の前で次々とガラスを投げ捨てていく。
「よし、この上を走れ」
フィンブリアの言葉に、どよめきの声が上がった。
「こ、この、割れ散ったガラスの上を、ですか?」
「そうだ」
フィンブリアはこともなげに言うが、走れと言われた方は溜まったものではない。とんでもないことになったと足とガラスの破片を見比べたり、近くにいる者と顔を見合わせたりしている。
「十五分後にスタートする」
とだけ言い、フィンブリアは椅子に座って、時計を眺める。何人かの者が明らかに不満そうな顔で「こんなことをして何になるのですか?」と文句を言うが、「嫌なら帰れ」の一点張りで押し通す。
「よし、それじゃやるぞ」
十五分経つと、フィンブリアは小さな太鼓を取り出し、「スタート!」と叫んで叩いた。
「うおおおおおっ!」
十数人ほどの者が気合の声をあげて、一気に駆け抜ける。踏みつけて切ることを全く恐れない進みようであった。それを見た別の十数人が覚悟を決めて、走り抜く。
その一方で慎重に進む者もいる。中には足にたっぷりと水をつけて足の裏を土まみれにするなどして、ガラス破片を踏んでも怪我をしないよう工夫をしている者もいた。
その一方、「こんなやり方はおかしい」とか「万一重傷を負ったら誰が責任を取るのか?」と主張している者もいる。
一分ほど経ち、フィンブリアが「そこまで!」と声をあげた。無我夢中で駆け抜けた者達を治療させる一方、各自がどのような態度を示したかを記録していく。
記録と治療が終わると、フィンブリアは走り抜けたグループ、工夫したグループ、渡らなかったグループに分ける。
「まず、何も恐れず走り抜けたお前達は勇者である。お前達のような勇敢な者がいなければ勝利はままならない。採用だ」
続いて、工夫して渡った者達のところに行く。
「お前達は負傷することないよう思案して渡った。戦いは勇敢さのみを競うものではない。お前達のような工夫を凝らす者がいることでより優位に立てるものである。だからお前達も採用だ」
採用されたグループがそれぞれ喜び、「ははあ」と推測する。残りのグループ、全く渡ろうとしなかった十名ほどをどこか下に見るような表情であった。
「残ったお前達は何やかんやと言い、最終的には渡らなかった。戦場では予期せぬ出来事が起こる。裸足でガラスが散ったところを走るよりも危険なことだってありうる。能力が足りないのならともかく、やろうとしない者を戦場に出すのは誰のためにもならん」
聞いている者達は全員、不満の色を浮かべているが、言われていること自体は納得しているようであった。
「しかし。軍というものは戦いに従事する者だけで成り立つものではない。極論すれば、それを避けようとする考えも必要になることがある。従って、採用する」
「えっ、採用なんですか?」
言われた方も周りにいた者も驚いた。
「俺は採用するつもりだ。ただ、お前達の賃金を出すのは俺ではなくラドリエルだから、あいつが嫌なら不採用にはなる。あと」
フィンブリアが語気を強める。
「俺はラドリエルと同期だ。特別戦いの経験があるわけではない。ブローブのような百戦錬磨の連中とやりあえば劣勢に立つだろう。しかし、それでも勝つために何かしらの方法を考えなければならない。となれば、どういうことになるか分かるか?」
全員を見渡した。ピンとこないのだろう、全員、首を傾げている。
「俺は味方の被害が一番多く出る形の作戦を立てる。何故なら、相手は敵が普通一番賢い作戦を立てるものと考えて対応策を考えるからな。結果的に相手の裏をかけるわけだ。つまり、生き残るための工夫をしない奴はすぐ死ぬと思え」
全員、険しい表情になる。
「俺はおまえ達の親ではないから、一々面倒も見ない。剣術も武術も謀略も詳しくないし、アテにもならないからな。だから、自分のことは自分でやれ。全員、それぞれに適したやり方というのがあるだろうから、な。極論すればサボるのも自由だ。ただ、繰り返すが万一戦いになった場合、工夫していない奴は死ぬと思え。俺はおまえ達のほとんどを殺す前提で作戦を立てるということを肝に銘じろ。以上だ」
フィンブリアは話を終えると、ラドリエルに近づいて言った。
「これで半月もすれば半分抜ける。三か月後には二十人くらいになるだろう。文句あるか?」
「……いや、それでいいだろう」
ラドリエルは満足げに頷いた。
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余談:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817139555013859991
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