第5話 囚人釈放

 ホスフェ共和国南部の街フグィ。


 その日、漁業ギルド幹部の一人ラドリエル・ビーリッツは船舶の修繕を行いつつ、経験の長い漁師に天候の状況を聞いていた。


「今のところ、特に何かありそうという兆候はないね。例年と大きく変わるところはないんじゃないかな?」


「そうだといいのですがね。悪天候で不漁となると、我々がやらなければならないことが多くなりますし」


「そこまで酷くはならないだろう」


 経験者の言葉に安心し、他の話題を振ろうとしたところに秘書がかけこんでくる。


「ラドリエル様、客人が来ております」


「客人? 誰なのだ」


 秘書の困惑した顔つきにラドリエルは首を傾げる。


「それが……、本人はレファール・セグメント将軍の交渉人と名乗っているのですが」


「ほう。レファール将軍の?」


「ただ、歳を聞くと12歳ということで、とても交渉人が務まるのかと疑問があります」


「12歳?」


 ラドリエルは目を丸くした。


「……まあ、リヒラテラの時に指揮をとったノルンも15歳だった。12歳の交渉人もあるのかもしれないが」


 そこまで人がいないのだろうか。そういう思いも頭を過ぎるが、以前やってきたホヴァルト王子も11歳であった。


「ひとまず屋敷に案内しておいてくれ。私も少し話をしたら戻ることにする」


「分かりました」


 秘書が戻ると、老齢の漁師が笑う。


「12歳の子供が交渉人とはすごい時代になったもんだな」


「全くです」


 ラドリエルも笑って答えた。



 屋敷でラドリエルを待っていた少年を見て、ラドリエルは思わず苦笑いする。


(12歳といっても、大人びているのかと思ったら、本当に年相応な少年だな)


 とはいえ、あのレファールが派遣してきた人間ともなると、邪険には扱えない。


「お待たせしました。私がラドリエル・ビーリッツと申します」


「こんにちは。僕はセルフェイ・ニアリッチと言います」


「レファール将軍の交渉人として参ったと聞きましたが、どういうことを交渉しに来たのでしょうか?」


「はい。人を一人、紹介してほしいのです」


「人を一人?」


 ますます訳が分からない話である。


「バシアンで聞いたところによると、ラドリエル将軍の若い頃の同窓だと聞いております。フィンブリア・ラングローグという人ですが」


「おお、フィンブリアか」


 懐かしい名前にラドリエルも頷いた。


「確かに16くらいまではここフグィで同じ教師について勉強していたな。その後、奴は軍学校で不祥事を起こして追放されたらしいが」


「はい。しかも、その後暴行事件や傷害事件を三度ほど起こしたということですが、話によると能力自体はあるとのこと。ホスフェでは使いこなせないでしょうから、レファール将軍のところに連れて行こうと思いました」


「むっ」


 ラドリエルの表情が険しくなる。「ホスフェでは使いこなせないでしょうから」という言葉が引っ掛かったのである。


 セルフェイも気づいたらしい。


「でも、今のままだと解放されてもまた事件を起こして牢獄行きではないですか?」


「確かに事実はそうだ」


 ラドリエルも頷く。


「しかし、君の話を聞いて、私もフィンブリアのことに興味をもった。彼はホスフェの牢獄にいるんだね」


「はい。中央牢獄に入っているらしいです。刑期があと半年くらいあるみたいですが、そこはラドリエル様が手を回せば何とかなるかな、って」


「そういうわけにはいかんよ。私も次回元老議員に立候補する予定でね。悪事に手を染めることはできん」


「そんなことをしなくても、普通に早期釈放の話をすれば、残り半年くらい向こうの方で何とかしてくれませんかね? 知り合いなのだし、身元保証人になるくらい言えば」


「ふむ」


 ラドリエルが唐突に頷いたことに、セルフェイが「何ですか?」と首を傾げる。


「レファール将軍の交渉人というのも満更嘘ではないということだな」


「ああ、見た目で疑っていたということですか?」


「多少は、ね。私が狭量な男だったら、どうするつもりだったんだ?」


「その場合は一緒に酒でも飲めば、すぐに打ち解けますよ」


「酒……!?」


 まさかこんな少年が酒の話を持ち出してくるとは。ラドリエルは呆れた。



 ラドリエルはその日のうちに父に対して、しばらく外出する旨を伝え、セルフェイを伴って、首都オトゥケンイェルへと向かった。


 オトゥケンイェルにある中央牢獄は、ホスフェ最大の牢獄であり、重犯罪から軽犯罪、政治犯等五千人の犯罪者が収容されている。


「ナイヴァルの犯罪状況はどうなんだ?」


「一言では難しいですね。何せ、ナイヴァルでは犯罪であるかどうかもユマド神の意向によりますから。同じことをしても、神の機嫌が良ければ無罪になることもあるとかで」


「ハハハハ、そいつは参りましたな」


「ラドリエル様含めて、ホスフェの人にはユマド神も甘いと思います」


「覚えておこう」


 四日かけてオトゥケンイェルに着き、西の端にある中央牢獄へと向かう。


 ラドリエルが役人に対して、フィンブリアの名前を出すと、顔をしかめられた。


「あいつは態度の悪い奴でしてねぇ。三度目ということもありますし、あまり甘い顔をしたくないんですよ」


「しょっちゅう喧嘩をしているということは、半年後に出たとして、またすぐに戻ってくるということではないか?」


「……そうなんですよねぇ」


「当分は私が奴のことを引き受ける。そうすれば、お前達も多少負担が減るのではないかね?」


「うーむ、ちょっと掛け合ってきます」


 役人達が建物の中へ入っていった。


 待つこと、30分。


「本当にラドリエル・ビーリッツ様の方で引き受けていただけるということでよろしいのですね?」


 出てきた上役らしい人物が念を押してくる。


「大丈夫だ。奴とは16歳まで同窓だったからな」


「……分かりました。それでは、本日中に釈放する手続をとります。二時間ほど待っていてください」


 頷いて中に入っていった。


 ラドリエルとセルフェイは顔を見合わせて、お互いに笑みを浮かべる。


「しかし、奴が本当にどうしようもない状態になっていたら困るな」


「それは大丈夫ですよ」


 セルフェイが自信満々に答える。


「単なる暴れん坊の救いようのない状態なら、私の耳に入ってくるはずがないですから。惜しいと思う者がいるから、届いてきているんです。ま、ラドリエル様がいらないと言われるのならすぐにレファール将軍のところに連れていけますので、その方が有難いのですけれどね」


 セルフェイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

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