第4話 統一構想
次の日、レファールはサンウマ城外を歩いていた。昨日、別れ際に「ボーザは何をしているんですか?」と尋ねたところ、ここで新人の訓練にあたっていると言われたためである。
(城外で訓練なんて、まるでレビェーデみたいなことをやっているな……。って、まあ、あいつも軍属ではあるから訓練に当たるのは仕事のうちか)
呑気なことを考えながら歩いていると、確かに少し先に五十人くらいの若者が訓練している様子が見えてきた。「あれか」と思って近づいていると。
「そんなことで勝てると思っているのかアッ!?」
とものすごい大声が聞こえてきて、思わず目が点になる。
(おっ、おっ? 今のボーザの声だよな? 随分とデカい声を出しているんだな)
レファールの認識としては、ボーザは調子のいい男である。あのような怒鳴り散らすような態度をとる姿は見たことがない。
意外なものだと思ったが、訓練ともなるとそういうことも必要になるかもしれない。一度はそう納得したが、次の一言は黙って聞いているわけにはいかなかった。
「何だっ!? そのやる気のない振りは! おまえ、もし、教官がレファール将軍だったら、倒れるまで走らされるぞ! 訓練を舐めるな!」
(走らせねーよ! 人の名前を自分の訓練に使うな!)
内心で抗議をあげるが、厄介なことに怒鳴られた側が「はい!」と元気よく答えている。どうやら、知らないうちに自分は猛烈な鬼教官にされているらしい。レファールは冗談ではないと足を速める。
「こら、ボーザ!」
「誰だ!? 教官に向かって……って、大将!?」
「誰が、倒れるまで走らせるんだ! 勝手なことを言うな」
「お、おおぅ。聞いていたんですか?」
「聞く気はなかったが、あんなデカイ声では勝手に聞こえてくるからな」
抗議をするレファールは、ふと自身に集まる視線に気づいた。
「あれがレファール様……?」
「すげえ。本当にボーザ様、レファール様と対等に話せる関係なんだ……」
訓練をしていた若い兵士達の敬意に満ちた視線が向けられる。レファールは思わず咳払いをして、少し離れたところに移動しようとする。
「お前達、見ていないからと言って、サボるんじゃないぞ!」
ボーザが木の棒でバシッと地面を叩きつけ、若者達が「はい!」と返事を返す。
「……随分とまあ、厳しい訓練をしているものだな。おまえがこんなタイプの訓練をするとは想像しなかったよ」
「いやぁ、こちらもやりたくないんですけどね。半年訓練したら、戦場に出るとなると、あまり適当にやらせるわけにもいかないじゃないですか。若い連中に死なれたくはないんでね」
「……戦場ってどこの戦場なのだ?」
嫌な予感が走る。
結婚式を挙げたシェラビーが、新妻に対するプレゼントとして、誰かしらの領土でも奪い取ろうとしているのではないか。
「ああ、いや、この辺りじゃないですよ」
「じゃ、どこなんだ?」
「アクルクアです」
「アクルクア?」
「はい。今年からあっちの方でデカい戦いが始まったみたいでして、こちらにも要請が来ているんですよ。それでシェラビーの旦那が、五千人くらい出すと大見得切ってしまいましてね。志願者を中心に鍛えている途中です」
「ううむ……」
シェラビーの意図は容易に読めた。
大陸統一という大目標がある以上、シェラビーには軍が必要となる。しかし、おおっぴらに軍を増強するというのも問題がある。ミーシャや他の枢機卿が足を引っ張るのは間違いないし、あまりにも手がつけられないようだと彼らがホスフェやイルーゼンといった外国と同盟を結んだりする可能性があるからだ。
そこで、隣の大陸の戦場に兵士を送り込んで鍛えることで、軍を強化する目標を果たそうとしているのであろう。
ハルメリカとの貿易による恩恵によって、もちろんサンウマが最も潤っているが、他の者にも付け届けなどは行っている。貿易の一環という名目であれば、他の者も容認せざるを得ない。
(アクルクアも、困ったタイミングで戦争してくれるものだ……)
近くに休憩所があり、そこに腰かけて話を続ける。
「向こうの戦争は何年くらいかかるんだ?」
シェラビーが兵士の訓練をアクルクアで行うつもりである以上、そこから戻ってきたタイミングで、彼の準備は完了すると考えて良さそうである。すなわち、その時点からミベルサ統一に向けた動きをしていくと見ていいだろう。
「多分三年くらいだろうという話です」
「おまえも行くのか?」
「大将と違って、私には妻も子供もいますんでね。行きませんよ。行くのはチカマイ・ダウダンですよ。あいつは大将に対抗意識持っていますんで、出世するために功績が欲しくて仕方がない」
「私を目標にされても、なぁ」
「大将は手柄の方から目の前に来る感じでしたからね。気づけばそういう流れになっていて、バッサバッサと」
「……表現が引っ掛かるが、概ね同意する」
「とにかく、対抗意識がすごいですよ。何なら会ってみますか?」
「勘弁してくれ」
対抗意識を持たれていると言っても、レファールはチカマイという男を全く知らない。会ってみてそりが合わない相手だと一騒動起きかねないことを考えれば、会わないに越したことはない。君主危うきに近寄らずである。
と考えた時、君主という言葉でハッと別のことを思い出す。
「そうか、向こうの戦争が終わった後には、向こうからの助っ人も来るのかもしれないわけか」
「向こうからの助っ人?」
「ほら、シェローナの見目麗しい王子様とか、リヒラテラで指揮をとった少年とか」
「おお、なるほど。アクルクアに兵士を派遣して恩を売って、終わったら向こうから指揮官を借りてくるってわけですか。シェラビーの旦那、やることがえげつない」
「……正直、フォクゼーレは軍というよりお笑い軍団だし、イルーゼンもアレウト族以外はたいしたことがないだろう。ホスフェもかなり微妙で、ノルベルファールンがシェラビー様についたら勝ち目はない」
「コルネーもダメでしょうねぇ」
「コルネーの場合、メリスフェールが次期王妃だからナイヴァルにつく可能性の方が高いからな」
「ということは、大将の考えだと、シェラビー様の準備が完了した暁には、統一はかなり濃厚であるということですか?」
「うーん……」
濃厚である、というボーザの言葉はまさに適当だと思った。そう、濃厚である。しかし、その瞬間、二人の顔が思い浮かんだ。敵としても味方としても戦ったことのある長身の青年と、鮮やかな金髪と冴えない顔立ちが対照的な少女、その二人の顔が。
「そうか。意外と外より中の方が大変かもしれませんね。あの連中にしてもそうですが、大将を慕う連中は多くいますし、ミーシャ様も飾らない態度なので下級層には人気がありますからね」
「むっ……」
ボーザの言葉が頭の中に刺さった。返事を迷っていると、ボーザは棒で地面を叩いた。
「ま、どちらにしても、今はあいつらが一人でも多く生き残れるように厳しく鍛えないといけませんや」
と言って、若者達のところに戻っていった。「なるほど」と頷いたレファールであったが。
「こらぁ、たるんでいるんじゃないぞ! レファール様に顔面百回しばかれたいのか!?」
「だから、人の名前を出すんじゃない!」
自分の名前の下に体罰がなされることには、どうしても納得いかないレファールであった。
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