第3話 結婚式を前に

 マタリをイダリスに任せて、レファールはバシアンに戻り、そこでミーシャと合流して馬車でサンウマへと向かう。


「とうとう、あの二人も結婚かぁ。長かったわねぇ」


 と、感嘆の声をあげるミーシャに、セウレラ共々苦笑を向ける。


「総主教としては、結婚されると不味いのではなかったのですか?」


「総主教としては、ね。ただ、一個人としては、たいしたものだなとは思うわよ。あの二人、出会ってから六年でしょ。シェラビーはともかく、シルヴィアはそんなに若くもないわけだし、さ」


「確かにそうですね」


「妹分みたいな感じで可愛がっていたサリュフネーテやメリスフェールも私と変わらないくらい大きくなったしね~。ああ、メリスフェールは書類上も妹になったのか」


 ミーシャは「今後何回会えることやら」とおどけたような素振りを見せた。ネイド・サーディヤが急死したことと、母親がシェラビーと結婚することを受けてメリスフェールもサンウマに戻っている。恐らく、コレアルに派遣されるまでずっとサンウマで過ごすことになるであろう。


 ネイドが存命であれば、バシアンにいたはずであり、この点もミーシャにとっては痛い出来事であった。



 6月13日、サンウマに着くと、街のいたるところにも祝うような雰囲気があった。あちこちに式の紹介の掲示がなされており、木々に飾りもつけられていた。


「これは総主教とレファール枢機卿」


 出迎えに来たスメドアの言葉に、レファールは渋い顔をする。


「まだ枢機卿には……」


「なっていないのは事実であるが、既に決定的ではないか」


 スメドアがいつもの口調に戻り、ニヤッと笑いかけてくる。


「先日はマタリの見物にも行っていたしね」


 ミーシャもスメドアの意見を後押しする。


「ああ、確かに……。マタリですか……」


 スメドアが一転して「大変だな、頑張れよ」というような同情するような目つきを向けてきた。その顔に嫌気も差すが、実際大変そうな場所であることは否定できないので、レファールも反発はできない。



 サンウマの中央にあるカルーグ邸に到着したのは昼過ぎであった。


「これは総主教に、レファール次期枢機卿殿」


 出迎えたシェラビーが、弟同様に軽口をレファールに向ける。苦笑いしている横で、ミーシャがシェラビーの頭を眺めていた。


「カルーグ枢機卿、結婚式にはあれ被らないの?」


 意表を突く質問だったようで、シェラビーは一瞬目を丸くした後に「いや、あれは……」と苦笑する。


「あたし、どうしてもシェラビーっていうと、あの大きな帽子をイメージしてしまうのよね」


「私は帽子のおまけですか?」


「そうそう。シェラビー本体があの帽子」


「……それはまずいですので、今度、新しい枢機卿が選ばれたら帽子を譲ることにしましょう」


「げげっ!?」


 レファールが思わず声をあげ、一同が大笑いした。



 サリュフネーテがミーシャを自室に案内し、シェラビーとレファール、スメドアが部屋に残される。すぐにスメドアも部屋を出て、シェラビーと二人になった。


「マタリはどうだった?」


「いや、中々大変ですね。物の不足を宗教心で補いたいと思っている結果、物不足に拍車をかけていて、どう手をつければいいか迷います。正直、バシアンもかなり窮屈なところだと思いましたけれど、マタリの比ではなかったですね。よくネイド・サーディヤもあんなところで暮らしていたものですよ。いや、あんなところで暮らしていたから……」


 処女権などを、と言いそうになり、口をつぐむ。ネイド・サーディヤは病死したという扱いであり、わざわざメリスフェールの嫌がるようなことを口にする必要はない。


 レファールの意図に気づいたか、気づいていないか、シェラビーは特に表情を変えることなく、話を続けた。


「さて、そこで一つ提案があるのだが」


「何でしょうか?」


「おまえにその気があるのなら、バシアンを治めるという手もある」


「……!?」


「わざわざ説明する必要もないとは思うが、そろそろ総主教には民の信仰心に応える仕事に専念してもらっても構わんのではないか、と思っているのでね」


「確かに、私がシェラビー様につけば、総主教がどれだけ頑張っても覆すことはできませんね」


「ネイド・サーディヤとルベンス・ネオーペの二人は、総主教とおまえが結婚するようなことも進めていたらしい」


「噂としては聞きました」


「個人的にはサリュフネーテかリュインフェアを、と思っていたが、おまえが総主教を希望するのならそれでも構わないと思っている。いや、あるいはそれが一番いいかもしれない。総主教もおまえを憎からず思っているようだしな」


 シェラビーが立ち上がり、窓の外を眺めた。


「総主教に対して個人的に敵意はない。邪魔をしないのであれば今の体制のままの方がかえって都合がいいとも言える。おまえも俺を義父さんとは呼びたくないだろう?」


「……非常に興味深い提案ではありますが、個人的にはマタリの統治をしてみたいと思っております」


 レファールの答えに、シェラビーが意外そうな顔を向けた。


「私は四年前までコルネーの人間でした。今、幸運にもナイヴァルで枢機卿まで登ろうとしていますが、ナイヴァルという国のことをまだ詳しくは知りません。私はバシアンやサンウマのようなところだと思っていましたが、マタリがナイヴァルの本来の姿であれば、これをどうにかしないことにはいけないと考えています」


 シェラビーがニヤッと笑う。


「うまいこと、結論を回避する答えだな」


「はい。まだ正面から立ち向かうだけの踏ん切りがついておりません」


 レファールは息をつく。


「かつてシェラビー様は、このミベルサを変えると仰せでした。ついていくにしても、別の道を進むにしても私も覚悟を決める必要がありますが、まだ覚悟が決まっていません。あと一、二年、考えてさせていただければと思います」


「……いいだろう。仮に俺がミベルサ全土を統一できるとして、その条件にはおまえが心底から納得して俺についてきてくれることも入ってはいるだろうからな」


 頷いて、シェラビーはレファールの正面に戻ってきた。


「……時に先ほどの件だが、現時点では誰に傾いているのだ?」


「傾いている?」


「俺は男女のことには疎い部分もあるから、おまえの相手は総主教か、サリュフネーテか、と思っていたが、シルヴィアが面白いことを言っていた。レファールが本当の大器ならば、メリスフェールを選んで俺と敵対することもありうると」


「……」


「……」


「……何のことだか、さっぱり分かりませんね」


「……随分と棒読みな感じだが?」


 シェラビーは可笑しそうに応じる。


「メリスフェール様を選ぶというのは、シェラビー様と敵対し、かつコルネーとも敵対する選択です。本当に大器ならそんな選択を選ぶとは思えません」


「……なるほど。まあ、そういうことにしておくか」


 シェラビーは思わせぶりに言い、また立ち上がる。


「明日一日は自由だろう? 好きにしてもらって構わない」


 そう言って、振り返ることなく部屋を出た。


「好きに……? うぅむ、サリュフネーテかメリスフェールに会いに行くことを期待しているのだろうか」


 一人になった部屋で、しばらく腕組みをして考えるのであった。

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