第2話 任地へ
次の日、レファールは大聖堂に向かい、ミーシャと面会した。
「一つ確認したいのですが……」
「何かしら?」
「私が枢機卿になることで、ネイド・サーディヤ枢機卿が領有していたマタリを有することになるのではないかという話が出ています」
「当然、そうなるんじゃないの?」
そんなことをわざわざ聞くのか、と言わんばかりである。
「ああ、訴訟とかが進んでいてそういう話を落ち着いてしていなかったかもしれないわね。でも、そういう形で考えてもらって構わないわよ」
「一度行ってもいいでしょうか? どういうところなのか、見てみたいのですが」
「それはどうぞご自由に、としか言いようがないわね」
「分かりました」
出ようとするレファールを、ミーシャが呼び止める。
「この前の一連の事件でシェラビーが一気に強くなった。父さんは色々問題があったことが分かったけれど、シェラビーを食い止める一番手でもあったからその不在は痛いし、シルヴィアと結婚することで将来のコルネー王妃が義理の娘になったという事実もあるしね。今後、基本的にナイヴァルはシェラビーの希望をはねつけることはできない」
「……はい」
「それは仕方のないことではあるけれど、ナイヴァルとしてどうしても譲れないということはあるわけで、それが何であるか。今すぐに、とは言わないけれど、考えておいてもらえるかしら?」
「シェラビー枢機卿であっても、動かしてはならない部分ということですね」
「ええ」
「分かりました。考えておきます」
レファールは一礼をして大聖堂を出た。私邸に戻ろうとすると、セウレラと顔を会わせる。
「やあ、爺さん」
「レファールか……」
あからさまに浮かない顔つきをしていた。
「何だ? 随分と暗いな?」
「暗いというのはそなたの考えすぎだと思うが……」
「まさかディンギアに戻りたいとか考えているのか?」
「いや、それはもう考えておらんよ。ただ、現状を考えるとどうにも厳しいので、な」
「シェラビー様が、ということか?」
「それもあるのだが、ホスフェとの関係が気になる。元々は宗教と民主主義ということで仲が良かったのであるが」
レファールも頷いた。
宗教と民主主義の相性がいいのかは分からないが、ホスフェは、フェルディスにしろ、コルネーにしろ、王国や帝国とは相いれない。消去法的な理由でナイヴァルとは長らく良好な関係を築いていた。レファールもかつてサンウマ・トリフタで活躍したことで大いにもてはやされた記憶がある。
それがリヒラテラ以降、首都オトゥケンイェルの一部議員が敵対意識を露骨に表していて、これまで通りの良好な一派と対立しているという話がある。
「現状、総主教とカルーグ枢機卿との間にはそれほど大きな隔たりはないはずであるのだが、ホスフェが混乱してフェルディスが露骨に介入してくるようになると、色々ややこしいことになる可能性がある」
「……」
昨日出発したセルフェイのことを思い出す。
「爺さん、あんた、フィンブリア・ラングローブという男を知っているか?」
「フィンブリア? 誰だ、そいつは?」
「知らないか。最近情報屋になってくれている者から聞いた名前で、ホスフェの武官らしい。素行は悪いが有能らしいという話を聞いている」
「ふむ、残念だが知らないな。ただ、ホスフェは人気も影響するから素行の悪い奴は苦労するだろうな」
「なるほど……」
問題児を重宝するような者は、市民からの信任を得られるかという疑問はある。ましてや、粗暴ということは市民に対して暴力を振るっているかもしれないから、猶更だ。
「最悪の展開は、ホスフェを巡る意見で国内が分かれて、シェラビー・カルーグが国内の意見を強行的にまとめようとすることだ。この場合は流血の事態になる恐れがある。そなたも注意しておいてほしい。今後は枢機卿としてナイヴァルを指導していく立場になるのだから、な」
「希望した覚えはないんだけれどね。心しておくよ」
セウレラと別れて、レファールはやれやれと大きく息を吐いた。
私邸で準備をすると、早速マタリに向かう。
途中、イダリスを拾って二人で向かうことにした。レファールはマタリのことを何も知らないので、知識がある者が欲しかったのである。
「どんなところなんだ?」
「一言で言ってしまえば、田舎です」
「田舎か……」
「バシアンやサンウマのようなものを想定していると驚くことになると思います」
「それは大丈夫だろう。各地を回ってきているし、建物から満足にない場所も見てきているからな」
レファールはそんな余裕も見せていたが、実際に数日かけてマタリに着くと……
「……」
唖然となっているレファールの横で、イダリスがクスクスと笑っている。
「だから、驚くことになると言ったでしょう?」
「いや、田舎だと想像していたからで、建築物がないところを想像していたのだが」
マタリ市内では建築物がいたるところに作られていた。もっとも、建物などではない。全てユマド神を祀るための、レファールにしてみれば不要な施設である。
「かつてシェラビー様も、大変だったと言っていたが、こういうことだったのか」
しかも、数少ない隙間には市民達が別の施設を作っている。
「石を削るのも簡単ではなかろうに、この労力をもう少し別の方向に向けられないものなのだろうか」
思わずそんなことを口にしてしまうが、それが容易にできるのであれば、ネイド・サーディヤがやっていたであろう。枢機卿という立場になる以上、「神の施設などいらない」と言うわけにもいかない。
「これは中々大変そうだ」
と思った時、不意に閃くことがあった。
(フィンブリア・ラングロークという男は粗暴だと言っていたな。もし、セルフェイが連れてくることができれば、何かのきっかけで暴れて破壊させて、跡地にまともなものを作るということはできないだろうか? いや、いくら何でも為政者としては問題か)
そんな発想をしてしまうほど、どうにかしなければいけないと思わせる状態であった。
街を一周しているうちに市内には最低ラインの工業もないらしいということも分かってくる。街の外に農地は多く、その作業に従事している人間達が、たまに拾った大きな石などを市内に持ち込み、組み合わせて建造物を作っていた。
(彼らとしてみると、生活を少しでも良くしたいくらいの気持ちがあるのだろうが、街の機能を停止させるような形で作ってしまえば、かえって良くならないということが理解できないのだろうか……、理解できないのだろうな……)
道は長そうであるが、進むしかない。
「イダリス、私は一回バシアンに帰る。二、三か月後くらいに戻ってくるつもりなので、まずここで私が拠点とできる建物を用意してもらえないだろうか?」
「分かりました」
「私が戻ってくるまでの間、街のことは任せる。まあ、大変だろうとは思うが、これ以上街の建造物を増やさない方向でお願いしたい」
レファールは大雑把な指示を与えると、単身、バシアンへと戻っていった。どうすれば、マタリの街の建造物を減らせるかを考えながら。
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