13.新枢機卿
第1話 招待状
「レファールの大将―」
ナイヴァル国の都バシアン。
その私邸で声をかけられ、レファール・セグメントはうんざりとした顔で振り返る。
「何でおまえまで大将って呼んでくるんだよ」
そこにいたのはボーザ・インデグレスではなく、セルフェイ・ニアリッチであった。
「細かいことは気にしない。ちょっとお願いがあるんだ」
「何だ? 期限を延長しろっていうのか?」
四月に一か月限定で採用してみたセルフェイであったが、彼の酒繋がりとの人脈は恐ろしいものがあり、二人の武官と二人の文官を連れてきていた。実際に見てみると「ミーシャもネイドも何故起用しなかったのだろう」と思うくらいの能力は持ち合わせており、十日ほど前に期限を三か月延長している。
「うーん、近いけれどちょっと違うかな。正直、バシアンにはこの前の四人と似たようなクラスはいるけれども、これを超えるようなものはいない、と見た」
「スーセンやらティモと同じくらいなら大歓迎だが?」
「いや、彼らは大将の下働きはできるけれど、大将の片腕となるには物足りないと見た」
(12歳の子供にそんなこと言われるのも可哀相だな……)
と思ったものの、セルフェイの言葉にも一理はある。レビェーデとサラーヴィーと別れて以降、別動隊を任せられる存在とは会ったことがない。
(仮にもう一度、サンウマ・トリフタのような事態になったとして、ああまでうまくは行かないだろうな)
「で、隣国くらいまで範囲を広げれば候補がいるかと探った時に、二人候補となりそうな人材がいると、このウィスキーが記憶している」
「このウィスキーが、ね……」
真顔で出されたウィスキーを見て、レファールは反応に困る。確かに酒を飲んでいる時に聞いたことをほぼ全て記憶しているらしいので、酒が記憶していると言えなくもない。
(一体、どういう頭になっているんだろうな?)
セウレラが以前語っていた魔導と酩酊の関係も、分かるのなら調べてみたいような気分にもなる。
セルフェイはレファールの思惑は無視して、話を続ける。
「まずはホスフェにいるフィンブリア・ラングロークという男。この男は山賊との戦いとかディンギアの部族との戦いとか小規模な戦いに何度も参戦していて、かなり不可解な勝ち方をしている。不可解というのは誉め言葉だからね」
「……負けそうな戦いなのに勝ったということか?」
「そう。非常に興味のある逸材だと思う」
「しかし、そんな強い奴なら、何でホスフェの要人にならないんだろう? リヒラテラにそいつがいたら勝てたんじゃないか?」
レビェーデも、サラーヴィーも、今は故郷に帰った当時の指揮官のノルベルファールンも、もう少しまともな連中がいたら勝てたとぼやいていたことを思い出す。
「ふむふむ、コルネー人のレファール・セグメントがナイヴァルの枢機卿になったのは、どうしてだろう?」
「……分かったよ」
「あと、もう一つ、単純に粗暴な奴みたいだね。三回か四回くらい捕まって、牢屋に入ったりしているみたい。要は素行に目をつぶって使うか、我慢できずにクビにするか」
「……なるほど。粗暴なのは困るが、それと能力を天秤にかけろということだな?」
「そうだね。で、僕は彼に会いに行ってみたいんで、しばらく時間的な猶予が欲しいんだ」
「なるほど……」
迷う話である。セルフェイのこれまでの働きぶりを見る限り、彼が言う言葉に大きな嘘はなさそうである。しかし、有能でも問題が大きい男のために、彼の雇用期間を割り当てることが適切か、否か。
ただし、本人は間違いなく行きたいという顔をしている。
(……現在の私の陣営で一番頼れるのは、多少不本意だが、彼だろう。となると、彼のやりたいようにやらせるしかないか)
レファールはそう考えて、「分かった。任せよう」と回答した。
すぐに出発の準備をしているセルフェイを眺めながら、レファールはふと気づく。
「さっき二人と言っていたな? もう一人くらい連れてこられそうな奴がいるのか?」
「うん」
「そっちよりも、フィンブリアという男の方が私に向いているということなのか?」
「もう一人はねぇ、あちこち移動していて居場所を掴みづらいというのがもう一つ。あと、本人の環境からして能力がありそうなのだけれど具体的に戦場で何をしたという事績がないから、引っ張ってきたら意外とダメだった可能性もあるんだよね。僕の中で四:六、三:七くらいの博打になる。僕、酒は好きだけど賭け事はさっぱりだからね。大将から数か月分金を貰って、連れてきたらダメでしたでは悲しいでしょ?」
「なるほど」
「資料は置いておくよ。気になったら、フィンブリアの次どうするか考えてみて。それでは行ってくるよ」
セルフェイは気楽な足取りで外に出て行った。連れもいないし、結構な額の金を持っているわけで危険そうな気もするが、当のセルフェイは「僕は世界一の酒飲みだからね。悪人にしても酒を飲んだら同じさ」と意に介するところがない。
机の上にセルフェイが置いていった紙があるので確認してみる。
「ユードルッカ・ギルセア・フィアネン、略してユッカ。勝手に略していいのか? 六つ上というのは年齢のことかな、セルフェイが12だから18か。父親はガルスクス大陸の名将だが戦死。寄る辺がないので放浪していて、各地で有能な軍幹部などから教えを受けている。血筋が良く、教育面も良さそうで課題は実績の無さ。とても美男子。最後のこれはいるのか?」
資料に突っ込みを入れたところで、ドアがノックされた。
「レファール様、います?」
サリュフネーテの声であった。
「あ、はいはい」
「招待状を持ってきました」
サリュフネーテが持ってきたのは六月十五日に予定されているシェラビーとシルヴィアの結婚式の招待状であった。去る五月に事実上離婚状態だったヨハンナとの離婚が正式に成立し、いよいよ踏み出すことになったのである。
「レファール様なら、そんなものなくても入れるんじゃないかと思いますけれどね」
と言いながら差し出された招待状を受け取る。特別なことが書かれているわけではなく、当たり障りのないことが書かれてあるだけであった。
「ありがとう。他はどういう人が来るのかな?」
「総主教様はもちろん来られますね。ネオーペ枢機卿はさすがに来ないですが、他は来るみたいです」
「となると、賑やかになりそうだな。バシアンでやるのか?」
「まさか。エルミーズのこともありますし、サンウマのトムザ教会です」
「そうか。バシアンにいると、サンウマの空気が懐かしいよ」
「ここは重苦しいですものね。でも、しばらくしたらマタリに赴任するのでしょう?」
「マタリ?」
「ネイド・サーディヤ枢機卿の根拠地だった」
「……言われてみれば」
ネイドの代わりに枢機卿になるという話は聞いていて、そうなるものだと理解している。となると、ネイド・サーディヤの領地となっていた北西部のマタリを自分が譲り受けるという可能性がある。
「どんどん北に派遣されているな……。来年はイルーゼンにいるんじゃないだろうか?」
「それは困りますね。シェラビー様から直接聞いたわけではないですが、レファールの任地どうこうという話はありましたし、近々移動することになるのではないかと思います」
「そうか……」
レファールは地図を見た。
「……自分の領地を持つことになったのか……」
これまでも出世しているという認識はあったが、サンウマにしろ、バシアンにしろ、あるいは大使活動にしろ、人の下にいるという認識であった。しかし、これからは自らが統治する領地がある。自分の考え一つで多くの人間が良くもなり、悪くもなる。
その事実は、今までとは違った重みとしてのしかかってきた。
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