第10話 ジュスト将軍の華麗なる保身と改革の日々⑤

 その夜、ジュストはナタニアから渡された資料を眺めていた。


 本人が作ったのか、コーション家が作ったのかは分からないが、縁者なり一族なりの女性が大勢載っている。


(みんな美人だが、こんなに美人揃いの家系なのかね?)


 アエリムは精悍だが、繊細なイメージは全くない。画家が殊更美人に描いているのではないかという疑問もある。


(うーむ……)


 ピンと来ない。ただ、美人である、ないという以上に、一度自分の中で「ナタニアで」と決めてしまったということが大きい。他の女性の絵を見てもどうにも乗り気にならない。


(すぐに決めなければいけないものではないし……)


 結局、ジュストはもっとも安易な手を採用する。先送りである。


 期限が決められているわけではない。数日してからまた見返そうと思い、資料を閉じた。



 翌朝。


 ジュストは軍司令部の建物へと向かった。こちらも不在の間に立て直していたらしい。


「うわっ」


 思わず声が出た。入れ口近くで数人の男が作業をしている。そのことではなく、彼らの作業内容を見て思わず声が出た。


「何なんだ、この絵は?」


 建物の外壁に大きな絵が描かれていた。


 戦場の絵であることは分かる。手前に二人の威厳のありそうな騎士がいて、一人の投げた投げ槍がいかにも極悪そうな敵将に突き刺さっている。


(まさかと思うが……)


「おっ、ジュストじゃないか」


 少し離れたところにアエリムがいた。指示を出していたらしい。


「これは……、おまえがアダワル王を討ち取った時の絵か?」


「そうだ。投げ槍をしているのが俺で、隣にいるのがお前だ。かっこいいだろう?」


「かっこいいのは認めるが、そもそも俺達はあの時徒歩だったし、馬もこんなにしっかりした奴らじゃなかったし、アダワル王もここまで邪悪な顔はしていなかったと思うが」


「細かいことはいいんだよ! フォクゼーレ軍はこんなに凄いんだ、と思わせるための絵なのだから」


(コーション家、御用画家が何人かいるんだな……)


 不意に昨日のお見合い候補の美人達のことを思い出した。


「こうやって、強さをアピールして新人を募集していくんだ。今度こそ、軍を変えて行かないといけないからな」


「ま、まあな……」


 アエリムの情熱の高さに押されながら、答えを返す。


「あの戦いは苦労をしたが、俺達の立場を飛躍的に上げてくれるものとなった。俺達の原点となるべき場所だ。少々カッコよくしても罰は当たらないさ」


「なるほどねぇ……」


 それは事実である。ただ、予想外の方向性に行ってしまいそうで、それがジュストに途方もつかない不安を与えているということも事実なのであるが。



 その後、二、三の会話をしてアエリムとは別れた。


 見合いの話も出されると思っていたが、この部分はナタニアに任せているのだろう。アエリムから特に言われることはない。


 更に中に入って、ビルライフと事務的な話をし、昼前には退出した。


 特にアテはない。ボグダノと食事でもしようかと通りを歩く。


「あら、ジュスト将軍」


 レミリアから声をかけられた。偶々ではあるが、ある程度の必然でもあるのだろう。ジュストが歩いていたのはレミリアが泊まっている宿の通りである。何度も会いに行っているうち、自然とその通りを歩いてしまう癖がついていたらしい。


「少しは立ち直れたの?」


 厳しい問いかけにジュストは苦笑する。今日は護衛のエレワもついており、エレワが「立ち直るというのは?」と不思議そうな顔をしていた。


(あ、むしろ、今の方が、殿下やアエリムの方向性について尋ねてみた方がいいかもしれないな)


 問題のありそうな改革の話をして、レミリアが熱くなったら、話題をナタニアのことに変えてしまえばうまくいくのではないか。そう考えて宿の中の方を向いた。


「軍改革のことについて、少し話をしてもいいでしょうか?」


「オッケー」


 レミリアも了承し、宿の中へと入っていった。



 宿のテーブルに二人と向かい合った。ジュストはそこでビルライフやアエリムの改革の方向性についても説明をする。


「……正直、私の考えていた改革の方向性とはかなり違いまして、ね。どうしたものかと迷っています」


 レミリアも頷いた。


「同感ね。かなり極端だし、危険な方向という感じもするわ」


 予想通り、反応は良くないのかと思いきや、肩をすくめて両手を開く。


「ただ、フォクゼーレ軍が非常に低い立場にあったことは確かだし、宰相ら政治一派に不審を抱くのもやむを得ないことでもある。それ自体を全くナンセンスだと切り捨てることもできないし、当面はそれで行くしかないのかもね」


「……意外ですね。反対するかと思いました」


「うーん、私が軍の中にいるのなら反対するかな。ただ、この改革は危険な方向を向いているけれど、その強引さによって何かしらの変革が起きる可能性もある。現状のフォクゼーレ軍を取り巻く環境を見ると微温的な態度では変革も難しいし、劇薬を投じるのはやむをえない気もするのも確かではある。ただし、その後、もう一つ思い切った措置が必要になるとは思うけど」


「思い切った措置? 何でしょう?」


「それはこの改革がどう転じるかによって変わってくると思うわ。現状、改革がどう進むか分からないんだし」


 レミリアはテーブルの上に紙を敷いて、図を書き始める。


「改革って、現状というスタート地点があって、こうしたいっていうゴールがあるわけじゃない。で、そこに向けてボールを思い切り転がすようなものだけれど、抵抗を受けたり、予想外の出来事とかあって曲がったり止まったりする」


「確かに……」


「現実というのは中々思うようには転がらない。途中で曲がったり、止まったりして目的地と違うところに向かう。だから、そうならないように押し直したりして、逸れたボールを目的地につくようにしないといけない」


「……なるほど」


「で、現状、ビルライフ殿下とアエリムが改革を始めようとしている。このボールの目指す方向自体は分かっているけれど、実際に転がり始めてどうなるかは分からない。どう曲がるのか、どこに向かってしまうのか、どこで止まりそうになるのか、それは今の段階では全く分からないわけ。だから、現時点では何が必要なのか分からないわ」


「よく分かりました。どんな形になっても、修正できる準備をしなければいけないわけですね」


「そう。そこの見極めと、どう方向修正するかをすぐに決めないといけないわけだからね。で、そこまでできるかというのは別として、場合によっては、中心人物を排除しなければならない可能性だってあるかもしれないわ」


 ジュストは苦笑した。「場合によってはビルライフやアエリムを排除しろ」とはっきり言えるのは、ヨン・パオ広しといえどもレミリアだけであろう。


「……としか言い様がないわね。私はフォクゼーレ軍には責任がある立場ではないから、ああしろ、こうしろとは言えない。だから、ダメというつもりはないけれど、取り扱いは要注意だと思うわ」


「では、その辺も今後お世話になります」


「うん。まあ、私にできることならば……。ところでどうしたの?」


「何が?」


「何だか顔が明るくなっているように思うけど?」


「ああ、分かりました?」


 ジュストは照れ笑いを浮かべた。


「いや、もう一つの悩みも何となくとっかかりのようなものが見えてきまして。相談して良かったです」


「……? そうなの? それなら、まあ、良かったんじゃない?」


 レミリアは何が何だか分からない様子で目を瞬かせている。


 ジュストはそんなレミリアに改めて礼を述べて、宿を出た。

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