第11話 ジュスト将軍の華麗なる保身と改革の日々⑥

 夕方、家に戻るとジュストはナタニアを呼ぶ。


「お呼びでしょうか?」


 どことなく警戒しているような素振りで姿を現した。


「……資料見たよ。正直、全員、ピンと来なかった」


「はあ……、それでは別の候補についての資料を戴いてまいります」


「うーん、多分、そういう問題でもないと思うのだ。そこに立っていないで座って話してくれないか?」


 ジュストは居間に移動した。もっとも、下級将校ジュストの居間であって、おそらく改築が終われば倉庫かクローゼットになってしまうのだろう。


「は、はい……」


「俺はね、何だか知らない間に、期待の星にされてしまったが、数か月前までは将来の展望なんか描きようもない立場だった。偶々、ワー・シプラスで貧相な馬達が変な方向に走ったから、偶々アエリムの投げた投げ槍が敵軍の王に当たったから、こういう立場になっただけということだ」


 ナタニアは無言のままである。


「で、そんな立場なわけだから、俺としては特別目標も夢もなかった。戦場に出る以上命のやりとりをするのは仕方ないと思っていた。ただ、正直、誰かの尻ぬぐいで殺されるのはごめんだった。だからまあ、単に死ぬのが怖い。巻き添えは嫌だ。そんな感じの生き方をしていた」


 ジュストは息をつく。


「そういう立場から脱却したと分かったのはほんの数日前だ。つまり、勝手に俺の家が増築されていて、君が妻を探すみたいなことを言った時だね。で、言い訳っぽく聞こえるかもしれないけれど、君がここにいて、俺の帰りを待っていたという状況は、下級将校みたいな立場の俺からすると、まるで自分の妻のように思えた」


「はい。そのように誤解されるかもしれないとは思っておりました。ただ、私が一番見栄えがいいので、ひとまず行って関心をつなげてこいと言われまして」


 言い訳をしようとしているナタニアを、ジュストは片手で制する。


「その状況を認識して、俺はそれを悪いものだと思わなかった。まあ、簡単に言ってしまえば夢見心地になったというようなことかな。で、まあ、一度夢として見た光景がある中で、他の女性を見たとしても、それは非常に冷めたものとしてしか受け止められなくなる。このあたりは分かってもらえるかな?」


「……はい」


「君の状況については理解した。ただ、ここで認識齟齬が生まれる。とある聡明な王女は、スタート地点があって、目的地があって、そこに行くまでに色々修正せよと言った。俺にとっての目的地点に子供をつくるというものはない。つまり、考えなければならない要素ではあるけれど、最終的に決定するものではない。もちろん、将来的に不変である保証はない。コーション家の都合もあるだろう。ただ、それはその時になって考えればいいとも思う。あまり考えたくはないけれど、子供が是が非でも必要なら別の相手と子供だけ作るということも選択肢として取りうるし」


「そうですね……」


「ダメだな。何か変な話になってしまった。要はだ、好きな相手がいるとか俺が無理だという要素がないのなら、夢の続きを見せてほしいんだよ……」


 ジュストは懐から小箱を取り出した。


「一方的に話してすぐ返答させるのもフェアじゃないから、これをここに置いておくよ。もし構わないなら明日までに持っていってほしい。受け入れられないというのなら、ここに置いたまま家を出て行ってほしい。選んでくれない相手と同居するのは何とも惨めなんでね」


 小箱を床に置いて、部屋を出ようとする。


「……そんなに待っていただかなくても構いません」


 ナタニアはその場で両手をつき、頭を下げる。


「不束者ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」


「……あ、ありがとう!」


 ジュストもつられて、その場で両手をついて頭を下げる。


「明日、本家のアナイ様に伝えて参りますので、外出してもよろしいでしょうか?」


「もちろん。俺も行った方がいいかな? あ、とりあえずこれ」


 小箱を拾って、ナタニアに渡す。ナタニアも目を細めて、うっとりと見つめた後、やや不思議そうな顔をした。


「ですが、ジュスト様。私の指のサイズ、ご存じだったのですか?」


「……うん? あぁ、大・中・小で多分中くらいかなぁって」


「……ず、随分、大雑把な宝飾品商人ですね」


 ナタニアが苦笑しながら、小箱を開いた。中身を確認して目を見開く。


「ジュスト様……、これ、腕輪です」


 取り出したものは銀で出来た腕輪であった。


「あ、あれぇっ!?」


 ジュストは絶句した。記憶の糸を必死で手繰る。宝飾品商人の店に行き、指輪を頼んでいたはずなのであるが、いつのまに腕輪になってしまったのだろうか。


「……どうやら、ジュスト様には慣れないものを買わせない方がいいようですね」


 ナタニアが笑いながら言うのを、ジュストは小さくなって聞いていた。



 翌日。


 改めて二人で指輪を買いに行こうと街を歩く。


「あら、またまたジュスト将軍」


 やはり無意識にいつもの道を歩いていたらしく、レミリアとエレワの二人と鉢合わせになった。二人とも視線はすぐにナタニアに向かう。


「この人が?」


「ま、まあ……」


 照れ笑いするジュストに対して、エレワが「おめでとうございます」と笑顔で一礼する。ナタニアも「ありがとうございます」と応じた。


「いやぁ、ジュスト将軍には不釣り合いな綺麗な人ね。振られても頑張ったのね」


「ふ、振られたわけじゃないですよ」


「そ、そうです。私の側に問題が……」


「問題……?」


 ナタニアの弁解にレミリアはけげんな顔をする。


「実は……」


 ナタニアもレミリアのことは知っているらしく、あまり疑う様子もなく自分のことについて話をした。ジュストも本人が言う以上は止めることはない。あるいは治療法などでレミリアの世話になるかもしれないと思ったからだ。


「うーん。まあ、私は黙って聞いておくけれど、あまりそれは言わない方がいいと思うわね」


 レミリアの返事は予想外に冷たいものである。


「もちろん、誰彼ともなく言うことはないですよ」


「そういう問題じゃないわよ。将軍はそれなりの立場に今後就くことになるわけで、そういう人が弱点となりうる話をペラペラするものじゃないわよと言いたいわけ」


「弱点?」


「例えば私がコルネーのフェザート大臣の代理人として、『ジュスト将軍、名医がいて奥さんが子供を産めるようになるかもしれないから、コルネーに来なさいよ』と言ったらどうするわけ?」


「うっ。それは……」


「個人の弱みは話さない方がいいわよ。もちろん、私は聞かなかったことにしてあげるけれど、今後気を付けておいた方がいいんじゃないかしら。エレワ、行くわよ」


 レミリアはそういうとエレワを引き連れて東に向かった。おそらくは図書館に行くのであろう。


「ジュスト様……」


「そうだな。あまり公言はしない方が良さそうだ。そうやって釘を刺しておけば、コーション家も余計な口出しをしなくなるだろうしね」


 コーション家がナタニアの問題を理由に文句を言ってくる可能性は否定できない。しかし、それを公言してしまえばレミリアが言うように、ジュストというフォクゼーレ期待の公人の弱点を公にすることになり、国家として損失になりうることとなる。となれば、おおっぴらにそれを言うことはできなくなる。


 驚きはしたが、レミリアのおかげで反対されうる理由に対する効果的な反論を手に入れることができたのも事実である。悪い気分はしなかった。



 かくして、6月、ジュストはナタニアと婚礼をあげ、増築された新居で暮らすことになる。もちろん、新婚の身ということで自由などはない。ビルライフやアエリムとともに軍の強化に励むことになるのであった。

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